1972年頃岐阜といえば岐阜城、柳ヶ瀬
勤務先は柳ヶ瀬にほど近い場所にあり便利なところでした。男子寮に入ったので朝は先輩の車に便乗して出勤、会社の裏口の向かいが喫茶店だったので毎日寄ってから出勤です。最初はみんな商品課に配属され商品の出庫、検品、出荷作業で仕事や店を覚えたりします。昼は近所の食堂で食べますが夜は基本的には寮の食事です。生活に慣れてくると帰りには先輩が飲みに誘ってくれ結構な頻度でご馳走してくれます。柳ヶ瀬には居酒屋もたくさんあるので不自由はしません。岐阜といえばまず思い浮かぶのが柳ヶ瀬と岐阜城ですが、「柳ヶ瀬ブルース」に歌われている柳ヶ瀬は「西柳ヶ瀬」の歓楽街で新入社員には敷居が高いところです。岐阜の街からは岐阜城がよく見えて方向はいつもお城の場所を頼りにすれば間違えません。岐阜は少し怖い街でもありましたが社会人一年生には魅力的な街です。
1972年 社会人1年生岐阜販売に赴任
大学生まで東京ぐらしだったので岐阜は初めての生活、食事は寮生活なので不便なく暮らしにはすぐ慣れました。ただ岐阜の言葉には驚くことばかり、若い女子に「たわけ」と言われたり自転車は「ケッタ」「ケッタマシーン」、机を動かす時は「ツル」、ゴミは「ホカス」熱々は「ちんちん」硬いは「カンカン」両替は「コワス」水っぽいのは「シャビシャビ」隙間があるのは「スカスカ」など繰り返す言葉が多いですね。他にも尖ってるのは「トキントキン」少しづつは「チョットチョット」などもあり慣れてくると思わず使ってしまいます。私の奥さんは岐阜の人なのでお米を研ぐのも「米をカス」と言います。名古屋弁に近いのですが全く一緒でもなく関西弁とも違う言葉ですね。飛騨地方と美濃地方でも違うので面白いものです。私が標準語で話すと怒っているように聞こえるらしいので話し方には特に気をつけたものです。



