昭和生まれのチャレンジ日記 -10ページ目

最初の社有車は配達用のミニエースバン

会社で始めて乗ったのは配達用の「トヨタミニエースバン」、ネットの情報には軽と書いてあるものもありますがパブリカのエンジンなので800CCの空冷エンジンのバンです。3585ミリの全長は今の軽より185ミリ長いですが非力なエンジンと相まって荷物を満載するとトロトロ走るのでみんなに抜かされます。この車で岐阜市内を走り回り柳ヶ瀬のアーケード街も許可証を取って走ります。昔はクラーもついていないので夏の配達は地獄でした。デパートに配達に行くと美容部員さんが暑いおしぼりをだしてくれるので生き返ったようになります。昼休憩は長良川の河原で涼むのがルーティンになっていました。昔は配達時に1品づつ検品するので荷物の多い店やデパートは大変でしたがそうやって商品を覚えるのも仕事の内。市内配達は新入社員が交代で担当するのでまだセールスに回れない時は配達が楽しみでした。

1972年岐阜のB級グルメ 味噌煮込みうどん田毎

味噌煮込みうどんといえば名古屋が有名ですが岐阜県も味噌煮込みうどんの店はたくさんあります。私のお気に入りは当時から有名だった岐阜市の「田毎」今は六条に移転しましたが当時は美殿町のあたりにあったと思います。岐阜にいる間はいつも通っていましたし、転勤してからも機会があれば寄っていました。夏は「冷やしたぬき」や「うどんころ」もよく食べました。岐阜に来て初めて食べた味噌煮込みうどん今でも忘れられません。

 

1972年頃岐阜といえば岐阜城、柳ヶ瀬

勤務先は柳ヶ瀬にほど近い場所にあり便利なところでした。男子寮に入ったので朝は先輩の車に便乗して出勤、会社の裏口の向かいが喫茶店だったので毎日寄ってから出勤です。最初はみんな商品課に配属され商品の出庫、検品、出荷作業で仕事や店を覚えたりします。昼は近所の食堂で食べますが夜は基本的には寮の食事です。生活に慣れてくると帰りには先輩が飲みに誘ってくれ結構な頻度でご馳走してくれます。柳ヶ瀬には居酒屋もたくさんあるので不自由はしません。岐阜といえばまず思い浮かぶのが柳ヶ瀬と岐阜城ですが、「柳ヶ瀬ブルース」に歌われている柳ヶ瀬は「西柳ヶ瀬」の歓楽街で新入社員には敷居が高いところです。岐阜の街からは岐阜城がよく見えて方向はいつもお城の場所を頼りにすれば間違えません。岐阜は少し怖い街でもありましたが社会人一年生には魅力的な街です。