役者と物語が一つに溶け合ったときの、作品世界にとじこめられる喜びを久しぶりに味わった気がしました。
細かな話の筋については異論はあるでしょうが、演出家の美意識が装置に、衣装に、台詞の隅々にまで行き届いてて、繊細で叙情的でそこはかとないエロチシズムをたたえた物語世界にどっぷりと浸りきれました。
そこから戻ってきたくないほど。
※内容・結末に触れてあります
■人と、人でなくなったものと、人でないもの
瀬央ゆりあのヘタレで純真な書生役、冷たい近づきがたい美しさを持つ珠姫のくらっち(有紗瞳)、そして竜神の天寿さん(天寿光希)。
人間と、人間でなくなったものと、人智の及ばない存在、この3者に絶対的な説得力があるので、物語がくっきりと際立ちました。
瀬央さん、ビュアネス全開のはまり役でした。
野の花一輪の美しさに目をとめる柔らかな感性の文系男子。
ちらりと日露戦争の話も出てくるけれど、軍国主義には反対する派でしょう。
あのまま夜叉ヶ池に行くことなく生きてたら、婚約者に指一本も触れぬまま出兵し、曇りのない笑顔で遺影で飾られるのが見えてしまうような爽やかな好青年ぶり。
自分から動くより巻き込まれていく受け身の役だけれど、自ら動く所がもう一度珠姫に会いに行くことと、恋しい人を救うために刀を手に取るところであることが泣かせる。
へたれだから自らの手では殺せないのも、とことん清彦らしくて切ない。
二幕、人間の世界に戻ってしまってからの瀬央さんの歌が素晴らしかった。
1幕は感じやすい青年そのままの歌だったが、2幕の憂いを含んだ低い声の響きは、清彦がひとつ大人になってしまったのだと理解させる。ラストシーンの表情も、明らかに無垢だった青年ではなく、失うことを知った男の顔になっていました。
くらっちはかつて雨乞いのための人身御供として夜叉ヶ池に沈められた人間の娘で、今は池の底で龍神の妻・珠姫となり、かつて自分を見殺しにした恋人の子孫を祟り殺している物の怪の役。
姿こそ人の姿だけど、この世のならぬものの妖気を冷然とした美しさと儚さで見事に演じてました。
鎌足の額田も素晴らしかったし、くらっちは気高さと情念のある位の高い役が本当によく似合う。
声高く呼ばわる凛とした声や、クラシック歌唱とはまた違う張り詰めた歌声に切実感があって、ぐいぐいと物語にひきこまれる。
どこのシーンだったか前後がおぼろげなのだが、水底の宮殿の階段でただ一人佇むシーンがあって、バウとはいえあの空間を一人で染めあげる存在感が素晴らしかった。
くらっちの魔がなければ成立しえない作品だったと思います。
水底を滑るようなスカートさばきも素晴らしかった。
天寿さんは、私の中ではちなつさんと共に月影千草と同じ引き出しに入ってますが、今回も天寿さんの龍神が絶句ものでした。
竜神様がいるだけで冷気を感じるので、この世でない世界の日常感がすごい。
地上と水下の世界のコントラストも激烈に見える。
この竜神の愛ならさぞ強く重かろうと、納得させるほどの絶対王者感。
清彦を殺そうとするときの声なんて、完全に幽界からの声でぞくりとした。
思惑が破れたときのたじろぎ方も、退治された物の怪とか怨霊のたぐいのそれです、ほんとうに。
己の呪いが破られたことに対する魔物の怯えでした。
ちなみに、どうでもいいことですが、私は椅子の腕に身を傾けてよりかかる姿がピンポイントに性癖に突き刺さるのですが、(例:壬生の凪様土方、コンサバののちなつジャハンギール)、龍宮で玉座の椅子にもたれかかる竜神様に釘付けだったことを謹んでご報告申し上げます。
珠姫を人の心に戻し、業から解き放とうとする清彦と、人によって傷つけられた珠姫が二度と傷つかぬよう物の怪の世界にとどめおこうとする竜神とのパラドキシカルな愛の世界が、珠姫自身の心の揺らぎともつれあい、水底を思わせる光の靄と不穏さをたたえた楽曲で彩られていく様は、遠く理の及ばぬ世界の破壊的な美しさがありました。素晴らしかった。
■キャスト
もしかして、最下のお二方以外、全員役ついてます? (違ってたらすみません)
芝居の中でも何かしら喋ったり名前を呼ぶ場面があって、一人ひとりが印象に残る。
個人的にぶっ飛んだのは朱紫令真君のうまさでした。
エリートだけどなんとなくいけ好かない押し出しの強い青年役から、落ちぶれた中年男まで隙がない。お見事。
もうひとりのヒロインの水乃 ゆりちゃん、大正浪漫の令嬢、大変お似合いでした。このままはいからさん出張してほしい。
学生さんたちもキャラ立ちしてましたわー。
隼玲央君のガリ勉メガネ書生も、がに股で下駄の音ガランガランさせてそうな竹雄(鳳真 斗愛)も、いるいるって感じ。
豪放な雰囲気の山彦(天華えま)もよく似合ってました。
みんなが足袋はいてるなか、山彦だけ素足なのは、OOだから?ってのはうがちすぎか。
それと竜宮城の面々が華やか。で、その華やかさが怖いんだ。
りらちゃんのお化粧かわいいこわい。コロコロと笑う笑い声がかわいいこわい。さすが。
源五郎(夕陽 真輝) 、弥五郎(蒼舞 咲歩) 、男前の素顔の原型を全くとどめていないお調子者の道化ぶり見事だし、タクティー、確か龍宮城も出てたと想うんだけど、ずっと手を3本みたいにくっつけたまま演じてましたね。
瑠璃法師の七星美妃ちゃんもちょっとの出番なんだけど強烈なインパクトだった。
そして紫月音寧ねーさんの美しさ、眼福です。年のしまった綺麗どころの必要性を体感しました。
天飛華音君は美形がいかされててとても綺麗。
やや人間っぽかったが、弟っぽさがなんだか愛おしく、あれがなかったら竜宮城が怖すぎたから大変よかったです。
神霊のもう一つの顔・・人間の存在を肯定しない荒ぶる神の側面を表しているようにも見えて興味深い。
皆で「麦つみ」遊びしている途中、(この歌も怖い。とおりゃんせの不気味さを思い出しました)、清彦に好意をもっている笹丸が震えて酒をこぼし、遊戯が中断したときの皆様の真顔、冷たーい目、その真中でなーんも気づかずとろんとしてる清彦、全てが怖いったらなかった。夢に出そう。
星組もここ数年たいがいど派手な扮装してると想うけど、今回は派手さが怖いという見事な化けっぷりでした。
■音楽
この作品で印象的だったのが、舞台全体を覆う音色の美しさ。
楽曲はもちろん、清彦の無垢な声、場に緊張感を強いる珠姫の張り詰めた声色、竜神の沼底から這うような響きなど、演者の声色が素晴らしくて、沈黙の場面すら無音の音楽に聞こえる。
お隣でやってたハポンだと、「はい登場!ここ見せ場よ!」ってなると、銅鑼はなるわ、ジャジャジャーンって金管入るわ、SE &オケさんフル活躍だったのだが(マカロニウエスタンだからね)、龍の宮では、人工的な効果音は丁寧に取り除いてあるような印象を受けた。
不穏な雰囲気を表すときは、バイオリンの不協和音や柱時計の音が響く。夜の湿度を感じさせるような鈴虫の鳴き声やかすれた蓄音器の音色なども耳懐かしい。そして雨音の優しく悲しげな響きも忘れがたい。
そして清彦らの歌う楽曲群が、美しい。
清彦も、珠姫様も、竜神のうたも、メロディの旋律のほとんどが下行形で、なだらかにゆっくりと沈んでいく。
語尾だけ伸びて上がることはあっても、通常の劇場音楽のように、不穏で低音の序盤からテンポが早く長調となり、クライマックスで高らかに頂点に達するようなメロディーは全くなかったと思う。
音と言葉の連なりが詩の朗読を聞いているようになめらかで、作品のモチーフでもある水が、高い所からゆっくり落下していくような透明な青い感覚を覚えた。
音楽奇譚、というその名の通り、作品を包む音全てが幻影の色を描いていたと思う。
舞台装置もシンプルで、それ故に想像力が広がるような美しさでした。
青い月とまばらに生茂る野の草、石の階段は、簡素だが、地上にもその写し鏡である水底にも見える繊細さ。
山々の稜線や、下宿先の整然とした格子戸など、左右対称で余白のある空間に情感がある。
装置は新宮有紀先生。
花より男子でも階段とシンメトリーの使い方がとても印象的でした。
特に好きだったのは序奏(オープニング)。
平面的に開かれた空間を、龍の宮の絢爛たる魍魎がゆっくり横切っていく。
無言で歩んでいるだけなのに、百鬼夜行のような妖しさと幾千年の時の流れを思わせるような浮遊感があって、またたく間に劇中世界にとりこまれた。
■業の精算
清彦が珠姫に向ける思いは間違いなく慕情で、恋だったと思うが、台詞でそういう決定的な言葉を言わせないところがとても好みでした。
清彦の先祖と珠姫の恋が何千年に渡っても続いていて、血で惹かれあっているような、そうでないような、説明をせずに想像力にゆだねているような余地がとてもよかった。
清彦の祖父は決して恋人をわざと見捨てたわけではないのに、なぜ珠姫は祟り続けているのかと考えたのだが、清彦の祖父は、再び夜叉ヶ池に行ったとき、もののけ(龍)の姿になった恋人の姿を見て、逃げ出したのではないかと想像する。
それならば正体を表した珠姫の「こんな姿で恐ろしかろう、逃げ出したいだろう」 という言葉に納得するし、見殺しにしただけでなく、心代わりした男への悲しさや恨みが募ったのかと。
それと、玉手箱を開けてどうなったのか。
これは正直、よくわからない。
浦島太郎では、箱を開ける=年をとる=竜宮城のことをすべて忘れる、という意味だと思うので、やはり珠姫が清彦に授けた玉手箱の「呪い」は、記憶をなくすことなのかな、と思う。
清彦が開けた時点では、すでに珠姫は消滅していて、玉手箱にかけた念が消えているから、開けても清彦の記憶が消えることはなく、思い出としてとどまったのだと私は思った。
清彦が箱をあけてもなお珠姫のことを思い出せた事自体が、珠姫が救われた証であり、珠姫が本当にこの世から消えた証でもあるから、あれほどに清彦は涙を流したのかな、と。
あるいは、箱を開けると洪水が起こって村ごと飲み込まれてしまう呪いならば、雨が降り出すのはあう。 (鏡花の夜叉物語にも近い)
ただ、本編では日照りは問題になってても、あまり洪水のモチーフはない。
いずれにしても、明快に答えが書き込まれていないことが、未消化感より、解きたくない謎をもらったような余韻として感じられる。
それはそこにいたるまで、作品世界がとても綿密に作られていたからこそだと思う。
愛した男を殺し、愛した男に殺されたいと願った珠姫が、珠姫を愛したこの世ならぬものに殺されるのも、また一つの業の終わり、救済の形だと思う。
いつも歌舞伎ものや民話を読むと、妖怪になった女の側に同情してしまうので、業が断たれるお話を見れたことが嬉しかった。
たとえそれが痛みでも。
かなしいと美しいがおなじ意味をもつような、痛いと愛しいがおなじであるような、そんな類の物語世界を緻密に完成させた瀬央さん達に、心からの拍手を贈ります。