琥珀色の雨に濡れて② | 百花繚乱

百花繚乱

駆け出し東宝組。宙から花のように降る雪多めに鑑賞。

■アラベスク  

婚約者のフランソワーズ(星蘭のぞみ) が、クロードを追って宿泊先のホテルまでやってきた。

疲労困憊で具合の悪くなったフランソワーズを、偶然通りかかったシャロンが助ける。

シャロンに気付いたフランソワーズは、「彼を汚さないで」 とシャロンを罵る。

 

ここの真彩シャロンの女王っぷりが見事。

威厳があって優雅でこれぞマダムという感じ。

フランソワーズも、大人のシャロンに嫉妬を募らせたのだろう。

「汚さないで」とはひどい言葉だが、そういう言葉を放ってしまう上品な無神経さが上流階級にはある。

 

そこへクロードとルイがやってくる。

シャロンもそれを知っていて、フロンソワーズにわざと 「結婚の申し込みを受けた。あなたの言葉を聞いて「ウィ」ということを決めたわ」 と言い放つ。

クロードは、 「ほかにやり方はなかったのか・・」 と呟いて、 「さようなら」 とその場でシャロンと別れてしまう。

 

シャロンなら、その場を受け流したりとりつくろったりすることぐらい簡単だったはずだ。

でもそうしなかった。

シャロンは戦ったのだ。

自分を汚れ呼ばわりする人種に対して、負けはしない、と。

 

と同時に、シャロンは自分が思うよりクロードを愛していたのだと思う。

いつもは 「自由にしたいようにするの」 と言い張っていても、自分にはないものを持つフランソワーズを見て、かすかに自分を卑下したかもしれない。

恋した故に傷を負ったし、傷を振り払うべく、強い言葉に出た。

 

けれど、クロードにはそれがわからなかった。

シャロンが負った傷も、シャロンの恋も。

 

残酷な女だ、と思ったのだろう。

夢の女ではなく、現実の、エレガントでない女だと思ったのかもしれない。

ぼっちゃんは、優しいしマナーがあるが、自分や他人を傷つけるものには敏感だ。

 

ルイはわかっていた。

シャロンが欲したもの = 家族、安心、育ちのよさ  こそが、シャロンを傷つけたことを。

初めから、それが彼女を傷つけることになるだろうことをも知っていた。

ルイは、このやりとりの間中、彼らを見ていてない。背中を向けている。

その背中が 「ああ、予想していたことがおこってしまった」 と語っていた。

 

「俺にしとけよ」 定番の台詞を呟くルイを見て、シャロンにルイがいてくれてよかった、と完全にシャロン目線で思った。

「君の負けだ」 というとき、「好きだったから傷ついたんだろ」とは言わず、「セラヴィ」と流してくれるルイはさすがプロである。

いい男だな、ルイ。 

 

「愛の言葉のつもりなの、あなたらしいわね」 とルイの手を取ってからの後のシャロンの表情が全く違う。

物の分かった女、ちょっと蓮っ葉で熟れているいい女、「私はこれで生きていくの」と 仮面をかぶったシャロンの表情をしていて、真彩ちゃんの演技に舌を巻いた。 

ルイとシャロンは、駆け落ちをする。

 

 

■再会

フランソワーズと結婚したクロードは、2年後に酒場でシャロンに再会する。

再会したときシャロンが、その場から逃げたことに驚いた。

 

女王、魔性の女シャロンなら艶然微笑むはずだ。

「かわいい奥様ね」 のひとことぐらいかけ、フランソワーズの兄に流し目の一つでもくれてフランソワーズを凍らせたかもしれない。

でも、シャロンは、その場から逃げだした。

感情を出したシャロンに戻った。

愛してしまったのだろう。理屈ではなく。

 

だいもんの歌う二度目の 「恋してしまった」 がすごい。

一面真紅の舞台の、真紅の長椅子の上で抱き合う真紅のクロードとシャロン。

もうそうするしかないという、怒涛のシーン。

美しすぎて哀しくなるほど圧倒的なシーン。

だいもんの、硬さを残しながらもダダ洩れの滴る色気に言葉を失う。

 

全く脈絡もないのに、壮さんの心中・恋の大和路 のラストシーン、の白一色の世界を思い出した。

舞台装置と世界観、演者が溶け合った時に生まれる唯一無二の空間。

 

 

■敗北のルイ

ルイはシャロンと別れてパリに戻っている。

そこで、ジゴロクラブのオーナーので、手ほどきをしてくれた女主人エヴァ (沙月愛奈) とその恋人 (桜路薫) に挨拶する。

エヴァの台詞から推察するに、ルイはおそらくダンサーとしてデビュー寸前で、そのパトロンがいたのだろう。

「あと少しだったのに (シャロンと駆け落ちなんて) あんな馬鹿なまねをして」 と責める彼らに対して、ルイはさわやかに言う。

「一人の女を命がけで愛せたことは幸せだった」

「シャロンは本当にいい女だった」と。

 

エヴァたちが教えようとしたのは、欲しいものを手に入れるための手段としての偽りの愛だったけれど、ルイが学んだのは、欲しいものを捨てても構わないと思える愛ということだった。

ルイ・・・いい男すぎやしないか。

 

ルイとシャロンの二人の物語も、ぜひスピンオフ希望。

なぜ二人が駄目になったか、大人同士の二人の恋の始まりと終わり。

 

「あいつはもう大丈夫」 「もう少し見守っていたかった」 と呟くエヴァたちの温かさ。

ジゴロをただの女たらしとして描くのでなく、夢をかなえるための支援、という形で描くのがいかにも宝塚らしい優しさだと思った。

 

 

■心変わり

マジョレ湖で琥珀色の雨を見るために、クロードとシャロンはオリエント急行へ乗り込む。

「琥珀色の雨を見れるのね」 とシャロンが少女のように喜ぶとき、浮世を忘れる夢の場所についに行ける、という真実の喜びがある。

そこへ妻であるフランソワーズが駅へ追いかけてくる。

妻に別れの言葉もとりつくろう言葉もかけることができないクロードに、シャロンは 「こういうことは人に知られたときにやめるものよ」 と、別れを告げて一人オリエント急行に乗る。

 

修羅場ではあるけれど、不倫旅行なら機会を変えてまた行けばいい。

けれど、シャロンは別れた。

 

「みんな自由に生きるとこうなるのね。私はどうやって自由に生きたらいいの」 というフランソワーズの絶叫を目にして、自由につきものの高い代償を知らない種族、その社会へしっかり繋ぎ止められているクロードから、また絶望的な孤独を味わったのではないか。

 

私はそっちには行けない、行かない。

それがシャロンの結論だったと思う。

クロードの暖かさ、純粋さの根を、今度こそ理解したのだと思う。

それが超えられないものであること、それが自分を傷つけ続けるだろうことを。

 

フランソワーズの言葉もまた、別の女の真実の孤独だった。

傷に精通したシャロンはもちろんそのことも悟ったのだろう。

フランソワーズのりさちゃんは全体的に少女らしさが残る演技で、だからこそ少女からそのまま妻になってしまった彼女の未熟さがよく出ていた。

 

シャロンがクロードに向ける 「さようなら、世間知らずのお坊ちゃん」 は、彼女の強がりでもあり、嫌みでもあり、だから愛したのだという告白に聞こえた。

つばの広い真紅の帽子の影で涙を抑え、強がり、毅然と立ち去る孤独な真彩ちゃんの演技に涙が出た。

 

列車を見送るクロードの背中のすごさ。

虚脱感、喪失感、混乱、孤独、トレンチコートの平らな背中に、それが全部出てる。

クロードもまた、シャロンに去られて、初めて孤独の片鱗を知ったのだろう。

その心に空いた穴から、自分が決定的にシャロンを傷つけたことも悟ったのだろう。

二人の恋が終わったことを知ったのだ。

 

 

■別れ マジョレ湖

クロードはフランソワーズの兄と話し合ったのち、数日後にまた一人でオリエント急行に乗り、シャロンの後をおいかけてマジョレ湖へと向かう。

「もう終わってるのはわかっていたが、恋の結末を見届けたかった」 とクロードの独白が入る。

 

シャロンは、クロードの姿を認めて束の間足をとめるが、声をかけずにそのまま歩み去る。

茜色のマジョレ湖に、雨が降りそそぐ。  (舞台背景の美しさよ・・・)

「わあ雨よ」 の声に、クロードとシャロンはしばし息をとめる。

 

「琥珀色の雨ね、美しい思い出のよう」 とシャロンは言い、クロードに背を向けたまま、立ち去る。

シャロンが、二人の恋を 「美しい」思い出、と呼んだことに胸をつかれた。

自分の孤独を、負った傷を、それでも美しいと語れるシャロン。

傘の影で、真彩ちゃんシャロンの目尻から、涙がこぼれていた。

 

舞台の中央で、だいもんクロードが空を見上げる。

一瞬の間がある。

その間、確かに、クロードの顔に雨がかかったのが見えた。

 

そして、歌いだす。

 

「誰の涙が雨に 雨に変わったのか」      

    

それは確かにシャロンの涙、それを理解したクロードの、傷とやるせなさを抱えた、うつくしい大人たちの涙だった。

 

 

だいもんクロードの真面目さ、紳士さ、それ故の残酷さと、孤独な真彩シャロンの恋が見事に絡み合って、繊細で複雑な心の陰影がはっきり見えた。

「宝塚を見たなーーって気になる」とナウオンでまなはる達がいっていたけど、本当にそう。

だいもんの「恋してしまった」は、だいもんの歌の中でも屈指の名唱に数えられるだろう。

 

ちなみに、だいもんのハットの使い方がさすがだった。

ハットを握ったときの、トップクラウンの窪みが完璧。

どんなに強く握り締めても、絶対に型が崩れない。

だいもんの指自体は細いのに、多分手が大きいからなのだと思うが、帽子をばっとつかむときの安定感といい、ツバをなでるときのゆったりしたしぐさといい、惚れ惚れする。

 

期待をはるかに上回る、余韻を残す絶品の「琥珀」でした。

 

 

 

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