マレーシア人4人組は言った「君は超超ビンボー旅行だね(笑)」
7月18日(土) くもり SiemReap@カンボジア
前日は遅くに寝たため10時すぎに起床
タケオゲストハウスへトゥクトゥクで移動 ※トゥクトゥクとはバイクの後ろが席になってて2人乗れる観光客が利用する乗り物
そんな時間に宿泊者はいるはずもなく
トゥクトゥクに乗り一人でアンコールワット遺跡群へ
3日チケットを買い入場料40ドルを払う 高っ
最初はアンコールワット
とにかく凄いの一言に尽きます
絶対見たほうがいいです
中を見ていると
現地の若い兄ちゃんが案内を開始
英語でかなり詳しく説明してくれるのでまぁあとでチップあげればいいかなということで話を聞く
たくさんの仏像には頭だけがなかった
ポル・ポトが切り刻み、外国に売った
一般市民、先生や医者など何十万人もの人たちを虐殺した
こんな残虐者がいたのかと
歴史を知らなすぎて恥ずかしくなった
自分の無知さに腹が立った
KUM君は二十歳。近くの大学で歴史を学んでいる。
「アンコールワットのこおとなら何でも知ってるよ」
8歳のときからガイドをやって12年間も続けているそうだ。
将来はツアーガイドになりたいと言っていた。
「もう大学の授業に行かなくちゃいけないんだ」
僕は仲良くなったお礼に扇子をあげた
KUM君は申し訳なさそうな顔をして
「これは僕の仕事なんだ。大学の先生がタイ人でバーツを持っていたらうれしいんだけど」と言う。
財布に入っていた200バーツを渡そうとしたら
「これでは全然足りない。お寺の修復の寄付に先生はお金を充てているから、1000バーツ必要だ」と言った。
「同じ大学生同士、今日は会えて本当によかった。
またもしカンボジアに来ることがあったら、家の番号に電話して」
握手をして彼と別れた。
あとから考えたら1000バーツはかなり高い授業料だったけど
カンボジアの大学生に会えてよかった。
アンコールワットは1000年以上前に造られ
当時は11この建築物があったが、今はアンコールワット1つしかないらしい
戦争の銃跡があったり、ところどころを修復している
日本人ボランティアが多数いる
僕はこれまでボランティアという響きに違和感を覚えていたのだけれど、
今回来てみたらその感情は一変した。
何かをすることが先進国で生まれた者としての最低限の義務なのではないか
方法は何でもいい
欧米人のように稼ぎの何%かを寄付することだって
JICAやJOVCのように直接ボランティアとして現地で働くことも可能だ
まぁ僕がそう思っただけでみんなにそうしてほしいとは思わない
それぞれの考えがあっていい
僕はボランティアなんて偽善だと思ってたこともあるくらいだから
遺跡を巡っていると有名な場所の前には小さい子や物売り人たちがいて
みんながウォーターだのブレスレット1ダラーと叫んでいる
遊んでいる子供の輪に入っていっても
女の子はお金お金
男の子は無邪気に遊んでいて何故だかホッとした
アメをあげたら喜んでいてよかった
ただ、米軍を思い出した
自分があげる方の立場になるなんて考えたことなかったけど
アンコール・ワット、アンコール・トム、タ・プローム、タ・ケウと観光し
16時過ぎになり、夕日がきれいだというプノン・バケンへ行く
山道を一人で虚しく歩く
途中でっかい緑の糞のようなものがあり、何かと思っていたら
象が下ってきた 4頭も ドスンドスンドスン
始めて見た象はめちゃくちゃでかかった(動物園で見たことあるかもしれないけど覚えてない)
山頂のブノン・バケンで一休みしていると
この日初めての日本人がいた
結局天気が悪く、大勢の観光客が降りる前に階段を降り、一緒に山道を下った。
出版社で働く社会人3年目の方で
シンガポールに8年間いて帰国子女の女性だった
最初、日本の大学に来たときは「何だこのつまらない人たちだ」
と思ったらしい。
休みのたびに世界中を旅行し、今年の冬には友達に会いにアルジェリアに行くそうだ。
マイナーな国が好きで、イスラエルがよかった
クロアチアは魔女の宅急便の舞台でディズニーのような街
チリは美人ばかり
日本人でも僕の知らない世界を知っている人はごまんといる
異国の人と話すように楽しかった。
「いい出会いがたくさんあるといいね。本当にうらやましいよ」
前日は遅くに寝たため10時すぎに起床
タケオゲストハウスへトゥクトゥクで移動 ※トゥクトゥクとはバイクの後ろが席になってて2人乗れる観光客が利用する乗り物
そんな時間に宿泊者はいるはずもなく
トゥクトゥクに乗り一人でアンコールワット遺跡群へ
3日チケットを買い入場料40ドルを払う 高っ
最初はアンコールワット
とにかく凄いの一言に尽きます
絶対見たほうがいいです
中を見ていると
現地の若い兄ちゃんが案内を開始
英語でかなり詳しく説明してくれるのでまぁあとでチップあげればいいかなということで話を聞く
たくさんの仏像には頭だけがなかった
ポル・ポトが切り刻み、外国に売った
一般市民、先生や医者など何十万人もの人たちを虐殺した
こんな残虐者がいたのかと
歴史を知らなすぎて恥ずかしくなった
自分の無知さに腹が立った
KUM君は二十歳。近くの大学で歴史を学んでいる。
「アンコールワットのこおとなら何でも知ってるよ」
8歳のときからガイドをやって12年間も続けているそうだ。
将来はツアーガイドになりたいと言っていた。
「もう大学の授業に行かなくちゃいけないんだ」
僕は仲良くなったお礼に扇子をあげた
KUM君は申し訳なさそうな顔をして
「これは僕の仕事なんだ。大学の先生がタイ人でバーツを持っていたらうれしいんだけど」と言う。
財布に入っていた200バーツを渡そうとしたら
「これでは全然足りない。お寺の修復の寄付に先生はお金を充てているから、1000バーツ必要だ」と言った。
「同じ大学生同士、今日は会えて本当によかった。
またもしカンボジアに来ることがあったら、家の番号に電話して」
握手をして彼と別れた。
あとから考えたら1000バーツはかなり高い授業料だったけど
カンボジアの大学生に会えてよかった。
アンコールワットは1000年以上前に造られ
当時は11この建築物があったが、今はアンコールワット1つしかないらしい
戦争の銃跡があったり、ところどころを修復している
日本人ボランティアが多数いる
僕はこれまでボランティアという響きに違和感を覚えていたのだけれど、
今回来てみたらその感情は一変した。
何かをすることが先進国で生まれた者としての最低限の義務なのではないか
方法は何でもいい
欧米人のように稼ぎの何%かを寄付することだって
JICAやJOVCのように直接ボランティアとして現地で働くことも可能だ
まぁ僕がそう思っただけでみんなにそうしてほしいとは思わない
それぞれの考えがあっていい
僕はボランティアなんて偽善だと思ってたこともあるくらいだから
遺跡を巡っていると有名な場所の前には小さい子や物売り人たちがいて
みんながウォーターだのブレスレット1ダラーと叫んでいる
遊んでいる子供の輪に入っていっても
女の子はお金お金
男の子は無邪気に遊んでいて何故だかホッとした
アメをあげたら喜んでいてよかった
ただ、米軍を思い出した
自分があげる方の立場になるなんて考えたことなかったけど
アンコール・ワット、アンコール・トム、タ・プローム、タ・ケウと観光し
16時過ぎになり、夕日がきれいだというプノン・バケンへ行く
山道を一人で虚しく歩く
途中でっかい緑の糞のようなものがあり、何かと思っていたら
象が下ってきた 4頭も ドスンドスンドスン
始めて見た象はめちゃくちゃでかかった(動物園で見たことあるかもしれないけど覚えてない)
山頂のブノン・バケンで一休みしていると
この日初めての日本人がいた
結局天気が悪く、大勢の観光客が降りる前に階段を降り、一緒に山道を下った。
出版社で働く社会人3年目の方で
シンガポールに8年間いて帰国子女の女性だった
最初、日本の大学に来たときは「何だこのつまらない人たちだ」
と思ったらしい。
休みのたびに世界中を旅行し、今年の冬には友達に会いにアルジェリアに行くそうだ。
マイナーな国が好きで、イスラエルがよかった
クロアチアは魔女の宅急便の舞台でディズニーのような街
チリは美人ばかり
日本人でも僕の知らない世界を知っている人はごまんといる
異国の人と話すように楽しかった。
「いい出会いがたくさんあるといいね。本当にうらやましいよ」
今日学んだこと
カリブ海北東に浮かぶ島・プエルトリコには世界中の美人が集まっている。
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