アーシングエブリナイト -37ページ目

アーシングエブリナイト

10年間、夜は導電性シートを使ってアーシングをしながら寝ています。目覚めた時、ゼロボルトの脳とカラダは純正の私そのもの。紡ぐ言葉も私そのものでありたい。

 

世の中には誹謗中傷を得意とする人がいる。

SNSというツールを使いこなして、

誹謗中傷が得意になってしまった、ともいえる、と思う。

他者に向かう、関心ややっかみは、誰にでもあって、

大概の人は、胸の内に封印している。封印できるものだから。

でも、一旦、相手にダメージを与えたという手ごたえにカタルシス(スッキリ感)を感じると、

その行為が、止まらなくなる。きっと。

氏素性が知られずに済むということは、

自分の日常はいつも通りに守られているわけで、いい人、普通の人で暮らせる。

これほど、美味しいストレス解消術はないのかもしれない。

なぜこんな話をするかというと、

誹謗中傷を得意とする人にアーシングを勧めたい、と思うからだ。

私の場合。

アーシングを続けて、疲れやすさや鬱っぽさなどの生きづらさから解放されると、

「自分とは何だろう」という思いに行きついた。

そして、本来の自分が枝分かれを繰り返して、

どんどん不健康な自分に変化していった歴史を振り返るようになる。

体の変化は、心が関係していたことに気付く。自己分析だ。

自己分析中は自身のことで手一杯で、他者は二の次になる。

自己分析は苦しい。

真摯で真面目で正直でなければ何も見えてこないからだ。

自己分析の最終地点は、不完全な自分を認めて愛することだと思う。

そこに向かっている者にとって、

他者を誹謗中傷するという行為は、あまりに薄っぺらで時間の浪費に思えないだろうか。

 

野生動物が、他者を攻撃するのは、

生きるためであり、、愛するものを守るためだ。

誹謗中傷といった隙だらけの怠慢な戦い方はしない。

アーシングは、きっと、そのことにも気づかせてくれる。

 

 

 

最近、寝入りばなで、アーシングシーツに触れる肌に痒みを感じることがあった。

そんな日は、痒みに神経がいって、心地良いじんじん感もなかった。

普段、アーシングをしている時は、痒みは感じないので、?な感じがしていた。

今日、何気にシーツに触れて、痒みの原因が分かった。

就寝時に使用しているのは、

85%の綿に、15%の銀糸が織り込まれているアーシング専用の導電性シート。

洗濯を繰り返すうちに、綿部分が縮んで、銀糸が持ち上がっていた。

銀糸の部分は、体に溜まった電気を大地に逃がし、

大地から自由電子を供給する要の通路だ。

それが、素肌に触れた時、ざらざらと刺激になったようだ。

私の場合、夏場は手足のあちこちが、毛虫の毛や蚊に刺されていて、

ちょっとした刺激で、痒みが増す。

Dさん(電磁波測定器を持つ電気工事士)に頼んで、

同じタイプのもの(150cm×150cm)を2枚新調した。(本来のシーツの上にのせて使っている)

これで今夜は、ぐっすり眠れます。

このアーシングシーツは、肌触りはいいが、銀メッキの銀糸が結構もろい。

体がこすれる部分は、銀糸がほつれてくる。

洗濯機の手洗いモードで洗い、日陰干しをしても、肌触りにこだわるなら、

半年くらいで、点検見直しした方がいいかも、です。

冬場は、肌が触れるのは素足の部分だけだし(素足の部分だけで充分)、

シーツのように大きく使うことはないから、切って、スペアをつくった方が、持ちがいいかも、です。

 

 

友人から電話があった。

事前にラインで電話入れていいか通告があり、

話が長くなることを想定して、家電にかけてもらった。

(スマホの長時間通話は無理なので)

2時間友人の話を聞いた。私はほとんど言葉を発しなかった。

いい話ではなかった。

兄弟との遺産問題だった。

その背景には、今年亡くなった実父の孤独死があった。

悲しい死に方に対する兄弟各々の自責、言い訳が、

いつしか相手を攻撃する言葉に変わってしまったようだった。

友人が作成した書面を、私の身内に確認してもらうことで、電話は切れた。

ところで、友人の話の中盤あたりで、私は軽い貧血のような気分になった。

息が上がって、視界が白っぽくなった。寝室の電話だったので、ベッドは脇にあった。

ベッドヘッドに背中を付けて、素足をアーシングシーツ(導電性シート)に投げた。

と、しばらくして、呼吸が普通に戻った。

友人は話し続けていたので、私の異変とその後の行動について気付かなかった。

 

この夜、私は早く布団に入った。

連日早朝から2時間、草取りをしていることもあって、

アーシングで筋肉の疲れを確実に回復させなければならなかった。

それと、先刻の電話の最中、精神的ダメージを救われた思いが鮮明に残っていた。

大地に身を投げて、すがりたい気持ちがあった。

 

私の友人たちは、皆、親と仲がいい。

件の友人も、孤独死は間が悪かったと思うくらい、日頃は連絡を取り合っていた。

明るく愉快な父親の日常を、何度も面白おかしく聞いていた。

私は、会ったこともない、この父親のことは、特に好いていた。

いつしか友人と自分をすり替えて、話に耳を傾けることも多かった。

だから、頭の中で、何度も、この父親と一緒にドライブしたり、山菜採りをしたり、食卓を共にしていた。

 

就寝しながらのアーシングは、日中の社会的活動で傷付いた細胞を修復してくれる。

目覚めて、再び細胞は傷付き始めるわけで、

この修復作業は賽の河原の石積み、のようだけれど、

私が電磁波に耐性ができたように、生きづらさに変化をもたらしてくれる。

アーシングは、本来自分が持っていた負の環境因子に立ち向かえる強さを取り戻してくれる、

ということだと思う。

 

 

以前、時差のある国に住む知人からの連絡待ちで、

寝室にスマホを持ち込んだことがある。

電源の入ったスマホを寝室に持ち込むのは、

就寝しながらのアーシング生活で、数えるほどしかない。

でも。

この日感じたダメージは、電磁波よりも画面のブルーライトだった。

画面を見る度に、脳よりも、目の奥が覚醒する感じで、

暗闇で目を閉じても、白っぽい残像がずっと、残っている。

結局、朝まで、寝た感じがしなかった。

正直、アーシングの効果を心もとなく感じた。

人は時に、あらゆるダメージ(精神的なものも含む)を抱えて布団に入るわけで、

それでも、就寝しながらのアーシングは、

大体において、深い眠りへと誘ってくれる。はずだったから。

が、気付いた。

野生動物は、夜にブルーライトなど見たことはない。

日中の空が青く見えるブルーライトしか知らない。

改めて思ったのは、大地の恩恵にあずかるには、

安易に負の環境因子を寝室に持ち込んではいけない、ということだ。

就寝しながらのアーシングで、基本のルールだ。

 

新しい生活様式で、オンライン生活が当たり前になりつつある。

一日中、スイッチの入った状態では、脳も心も体も疲れてしまう。

布団に入る時間、すべての電源をオフにしたなら、健康は守れるかもしれない。

何事にも、大ごとになる手前のボーダーラインがあると思う。

「家」で、そのボーダーラインを、子供が自分で気付くことは難しいと思う。

大人の気付きが大事だと思う。

 

 

コロナ禍のテレワークで、肩こりに悩む人が増えた、と報道番組で言っていた。

同じ姿勢でいたら、血流もリンパも滞る。

端末の画面からブルーライトは浴びているし、

ネットワークを無線で繋いでいたら、高周波も浴びている。

体に良いことはあまりなさそうだ。

 

携帯基地局の高周波で、健康被害を訴える住民の多い地域の整骨院の先生が、

患者さんは、みんな肩こりがひどく、みんな同じようながちがちに固まった肩をしている、と言っていた。

スマホをよくいじる若い人からも、肩がこる、と聞いたことがある。

脳と目を使えば、当たり前に肩がこるけれど、

新しい生活様式でテレワークが日常化するとなれば、

疑わしい負の環境因子からは距離を置いた方がいい、と思う。

ネットワークは有線で繋いだ方がいい。

それが不可能ならば、ルーターに高周波をカットするシートを、

微調整しながら(繋がり具合をみながら)かぶせて、出力を抑えるのも手だ。

調理用のステンレスのザルをかぶせてもカットできる。(ザルを持ち上げながら微調整)

肩こりがひどい方は、試してみて下さい。

ネットワークの環境は、子供にも影響する。

電波が蜘蛛の巣状に飛び交う家が、子供の発育に良いとは思えない。

 

コロナ禍。

誰もが、鬱々とストレスを溜めている。

負の環境因子が、見逃されやすい。

気が付かないで、時間が経って、なかったことになるならいいけれど、

確実に健康を蝕んでいる、ということもある、と思う。