世の中には誹謗中傷を得意とする人がいる。
SNSというツールを使いこなして、
誹謗中傷が得意になってしまった、ともいえる、と思う。
他者に向かう、関心ややっかみは、誰にでもあって、
大概の人は、胸の内に封印している。封印できるものだから。
でも、一旦、相手にダメージを与えたという手ごたえにカタルシス(スッキリ感)を感じると、
その行為が、止まらなくなる。きっと。
氏素性が知られずに済むということは、
自分の日常はいつも通りに守られているわけで、いい人、普通の人で暮らせる。
これほど、美味しいストレス解消術はないのかもしれない。
なぜこんな話をするかというと、
誹謗中傷を得意とする人にアーシングを勧めたい、と思うからだ。
私の場合。
アーシングを続けて、疲れやすさや鬱っぽさなどの生きづらさから解放されると、
「自分とは何だろう」という思いに行きついた。
そして、本来の自分が枝分かれを繰り返して、
どんどん不健康な自分に変化していった歴史を振り返るようになる。
体の変化は、心が関係していたことに気付く。自己分析だ。
自己分析中は自身のことで手一杯で、他者は二の次になる。
自己分析は苦しい。
真摯で真面目で正直でなければ何も見えてこないからだ。
自己分析の最終地点は、不完全な自分を認めて愛することだと思う。
そこに向かっている者にとって、
他者を誹謗中傷するという行為は、あまりに薄っぺらで時間の浪費に思えないだろうか。
野生動物が、他者を攻撃するのは、
生きるためであり、、愛するものを守るためだ。
誹謗中傷といった隙だらけの怠慢な戦い方はしない。
アーシングは、きっと、そのことにも気づかせてくれる。




