『マンチェスター・バイ・ザ・シー』。 | アーシングエブリナイト

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10年間、夜は導電性シートを使ってアーシングをしながら寝ています。目覚めた時、ゼロボルトの脳とカラダは純正の私そのもの。紡ぐ言葉も私そのものでありたい。

映画『マンチェスター・バイ・ザ・シー』。

自分の酔ったはずみの火の不始末で、3人の幼子を失ったリーは、生まれ育ったマンチェスター・バイ・ザ・シーから逃げるようにボストンで、便利屋業で暮らしている。

が、突然の兄の死で、甥パトリックの後見人となったリーは、故郷で暮らさなくてはならない。

故郷の海も街並みも住民も、リーにとっては暗い過去そのものである。

どうしても故郷には戻りたくない。

リーは、後見人の任から逃れるべく、粛々と事を進めようとするが、うまくいかない。

街で偶然出会った元妻には「子供を失くした時は、ひどい言葉を浴びせた。許して欲しい。愛してる」と涙ながら訴えられ、観る側も、いよいよ故郷で暮らすことになるだろう、過去を乗り越えて、と思う。

が、結局、リーは、パトリックを兄の親友の養子にすることで、後見人からも故郷からも逃れる。

観終わって、リーの負った心の傷の深さに気付く。

リー自身も、映画のラストでパトリックに「やっぱり乗り越えられない」と吐露する。

リーの心の機微が、リアルタイムでに伝わった。

以前読んだ本に、映画鑑賞は受動的で、読書は能動的とあった。

映画は、作り手の意図に引っ張られるように鑑賞し、読書は、読み手の意思で、物語をつかんでいく、という意味だったと思う。

映像とはそれほど強烈で、観る側をストーリーの上に乗せてしまう。

その点、『マンチェスター・バイ・ザ・シー』は、小説的な映画だと思う。

エンディングと同時に本を閉じた感がある。ため息と共に。

 

話はそれるが、私は、日常生活でへまばかりすると、本を読む。

へまばかりするのは決まって、他人に依頼心が強い時で、

本を読むと、自立心が強くなる。気がするのだ。集中力のなせるわざ、かもしれない。

先述の読書は能動的、にも通づるところがあると思う。

 

映画の中で元妻役はミシェル・ウィリアムズ。

『ブロークバック・マウンテン』でヒース・レジャーの妻役。

彼女の笑わない目がいい。