映画『マンチェスター・バイ・ザ・シー』。
自分の酔ったはずみの火の不始末で、3人の幼子を失ったリーは、生まれ育ったマンチェスター・バイ・ザ・シーから逃げるようにボストンで、便利屋業で暮らしている。
が、突然の兄の死で、甥パトリックの後見人となったリーは、故郷で暮らさなくてはならない。
故郷の海も街並みも住民も、リーにとっては暗い過去そのものである。
どうしても故郷には戻りたくない。
リーは、後見人の任から逃れるべく、粛々と事を進めようとするが、うまくいかない。
街で偶然出会った元妻には「子供を失くした時は、ひどい言葉を浴びせた。許して欲しい。愛してる」と涙ながら訴えられ、観る側も、いよいよ故郷で暮らすことになるだろう、過去を乗り越えて、と思う。
が、結局、リーは、パトリックを兄の親友の養子にすることで、後見人からも故郷からも逃れる。
観終わって、リーの負った心の傷の深さに気付く。
リー自身も、映画のラストでパトリックに「やっぱり乗り越えられない」と吐露する。
リーの心の機微が、リアルタイムでに伝わった。
以前読んだ本に、映画鑑賞は受動的で、読書は能動的とあった。
映画は、作り手の意図に引っ張られるように鑑賞し、読書は、読み手の意思で、物語をつかんでいく、という意味だったと思う。
映像とはそれほど強烈で、観る側をストーリーの上に乗せてしまう。
その点、『マンチェスター・バイ・ザ・シー』は、小説的な映画だと思う。
エンディングと同時に本を閉じた感がある。ため息と共に。
話はそれるが、私は、日常生活でへまばかりすると、本を読む。
へまばかりするのは決まって、他人に依頼心が強い時で、
本を読むと、自立心が強くなる。気がするのだ。集中力のなせるわざ、かもしれない。
先述の読書は能動的、にも通づるところがあると思う。
映画の中で元妻役はミシェル・ウィリアムズ。
『ブロークバック・マウンテン』でヒース・レジャーの妻役。
彼女の笑わない目がいい。
