私が囚われているのは「働かない事」かも知れない | 魂の世界に生きる

魂の世界に生きる

私が内なる世界と呼んでいたものは魂の世界だった。

・生きる事

 

・死ぬ事

 

・お金の事

 

・労働

 

 

 

私が囚われている可能性が有りそうなものは、上記の4つの内に含まれているのはほぼ間違い無いと思います。

 

「この4つを突き詰めて行けば、真の自由と解放を得られる」と信じ、今に至ります。

 

しかしここ数日、解脱と労働の事以外を考える事はありませんでしたが、その先に踏み込む事が敵いませんでした。

 

 

 

明らかに煮詰まっている事を自覚した私は、藁にもすがる気持ちで今の職場…正確には職場の有る場所について、もう一度考えてみる事にしました。

 

「あの場所には何が在るのか?」という疑問も解決していない事もあり、「多少なりとも手掛かりを得られたら…」という思いも有りました。

 

やっぱりあの場所には良いものを感じられないのですが、どういう訳か「独立しようが転職しようが何も変わらない」という確信とも単なる事実とも言えるものも同時に有りました。

 

つまり、私が目指す解脱を成さない限り、「そのまま居続けようが、独立しようが、転職しようが、何の意味も無いという事を私自身が分かっている」という事です。

 

嫌でも私が囚われているものを見付ける以外に、私自身を解放する術は無いのです。

 

 

 

その中で、「私は一度も考えた事は無いが、言われてみると納得出来る」と思える事を見付けました。

 

それは「働かない事」です。

 

「私は働かない事に囚われているかも知れない」という事です。

 

働かない事によって自由を得ようとし続ける事それ自体が、私を縛って自由を奪っている原因だ。

 

私は「働かずに済ませようゲーム」をしている。

 

…と考えると、非常に多くの点で辻褄が合います。

 

 

 

内的反応は微妙です。

 

「正しい」という確証は有りません。

 

しかし、「間違っている」という確証も有りません。

 

今でも「働きたくない」というのは紛れも無い本音ですが、改めて見詰めるとさらにその奥が在りそうな気配を感じます。

 

今まで踏み込めなかった領域に、「働きたくない」で止まっていたものからさらにその先へ、歩みを進める時が来たのかも知れません。