それは自分から見ると価値は無く、他人から見るとそこそこ価値が有るもの | 魂の世界に生きる

魂の世界に生きる

私が内なる世界と呼んでいたものは魂の世界だった。

“経営”を理解するのはそう容易い事では無さそうです。

 

「それが欠ければ経営は成り立たず、むしろ経営とはそれ自体を言う」と思われるものは既に私の中に在りますが、これを言葉で表現する事はまだ出来ません。

 

経営の本質は私の中に在ります。

 

そして、その経営の本質は私自身が何者であるのかを端的に示します。

 

経営を通して知り得る私自身を知る事。

 

それがカルマを精算する方法であり、輪廻転生の終わりに近付く方法である事でしょう。

 

私が魂の世界に居ると自覚しなければ、輪廻転生を私の代で終わらせる事を目標にしなければ、「この世で最も無駄な事の1つ」として、そこに潜むであろう自身と向き合う価値を見出だせなかった事でしょう。

 

何故、周囲は私に働くように仕向けるのか。

 

それは今感じている私自身に気付かせる為だったに違いありません。

 

 

 

この人なら仕事を任せても大丈夫。

 

自分の意図や事情を汲んで、頼めば確りやってくれる。

 

そういう一種の信頼のようなものではないかと思います。

 

私からすると望まぬ厄介事が増え兼ねないので無い方が良い性質なのですが、残念な事に私はこの性質を持つようです。

 

人からは「あなたは○○だから仕事をしなさい」と言われ、私は「自分が○○なせいで仕事をする羽目になる」と思うような事。

 

今の私が探しているのは、そのようなものなのです。

 

 

 

どうやら、他人から見ると私が思うよりは価値が有るらしいですね。

 

「人の為にどうこう」という性質なのでしょう。

 

今でもあまり…いや、全く気の進まない話です。

 

しかし、輪廻転生を終わらせる為に用意されるような命題なら、こんな感じのものになるのも分かります。

 

それは今もしきりに「ここだ。こうだ」と私にアピールしています。

 

もうしばらく耳を傾け続ける必要が有るでしょう。