これは“セックス”ではないか? | 魂の世界に生きる

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私が内なる世界と呼んでいたものは魂の世界だった。

私の知っている外の世界のそれとは大分違いますが、強く感じていたのは“セックス”かも知れません。

 

その割には性欲が伴っていません。

 

性欲に依らないセックスが有るのでしょうか?

 

ちょっとこれは考察と自己議論の余地が大有りです。

 

 

 

私の中に“セックス”が在るなら、私はもうそれをしています。

 

いわば自分としているのです。

 

「そんな事が有り得るか」というと、十中八九「それ以外に無い」という結論になると予想されます。

 

自己完結出来ないものが有るとしたら、それは外の世界にも存在していないか、私の前には絶対に現れないはずだからです。

 

私が外の世界で見聞きした以上は、それが何であっても私のみで自己完結出来るのです。

 

外の世界では複数人必要な事でも関係ありません。

 

 

 

“セックス”という言葉を受けたか、感じているものは昨日とは違います。

 

これは一体何を意味しているのでしょう。

 

「女性から見た“セックス”ではないか」と考えているのですが、どうでしょうか。

 

それなら私の知っているセックスと違っていてもおかしくはありません。

 

“女性のセックス”だとしたら、それは何と言っているのでしょう。

 

それを知る為には「これは自分のものである」、あるいは「私はこれを受け取る」という意識と共にこのまま感じ続けるしかありません。