性は愛よりも高次元である可能性があります | 魂の世界に生きる

魂の世界に生きる

私が内なる世界と呼んでいたものは魂の世界だった。

私にとっての願望実現とは、私が感じている通りに自由に振る舞える事です。

現象を求める地球人に対し、スターシードである(地球人ではない)私は本質を求めるのです。

私の本質は肉体でもなければ心でもありません。

エネルギーです。

「エネルギー的にどうなのか?」が今の私の基準になっているので、もはや現象はおろか心さえ私には大して意味が無いものになっています。

今は魂とエネルギーは同一のものとして捉えていますが、もし「エネルギーの方がより本質的だ」と判明した場合、私は魂をも手放す事になります。

私は魂からも自由になるのです。

それは私が魂の次元よりも更に高い次元へとシフトする事を意味します。

魂は「それ自体が成長」と言って良いほど成長の要素が濃く感じられますが、エネルギーには成長という要素が全く感じられません。

私がエネルギーならば、成長をする必要すら無くなるのです。

どんなエネルギーを求めるか?

自分がどんなエネルギーなのか?

そのエネルギーとして如何に振る舞えるのか?

それだけが価値を持つ世界になるでしょう。



感じる限りにおいて、性はエネルギーの次元に属すると思われます。

「エネルギーの次元に至らないと理解出来ない概念である可能性がある」という事です。

恋も愛もその本質はエネルギーと言えど、魂以下の次元で理解が叶う分、性よりも次元的には下だったと言えるでしょう。

そう考えれば、「人は何故浮気や不倫に走るのか?」も理解出来そうに思えます。

「本当に愛しているはずの人が居るのに、その愛は本物であるはずなのに、それでも別の人を求めるその理由は、性は愛を超えているから」とすれば、矛盾しないどころか「むしろ当然だ」と言えます。

逆なら、愛が性よりも高次元ならば、絶対に浮気や不倫は起こらないはずですよね。

聖者と呼ばれたガンジーも性欲に悩まされたという話は聞きますが、私の考えている事が正しければ彼は悩むどころか自分の性を素直に謳歌していたと思いす。



地球人が性を半ばタブー化しているのは、簡単に言えば「手に負えないから」でしょう。

性が何次元か分かりませんが、仮に5次元だとするならば、3次元がようやくの地球人に理解出来る代物ではない事は明白です。

地球人に支配もコントロールも出来ないわけで、それは支配者になりたい側の地球人からすると非常に都合が悪い事でしょうね。