情緒不安定パーソナリティ障害、解離性障害な私 -48ページ目

情緒不安定パーソナリティ障害、解離性障害な私

愛着障害、高次脳機能障害、情緒不安定パーソナリティ障害、解離性障害、左手指の麻痺

生きることは簡単ではありませんが、それでも生きていきたい。
そんな前向きな日々を過ごしていきたい。



つかれやすくなってる。

朝は眠くて、目覚まし後から1時間かけてやっとおきる感じだし。

家事も、自分を奮い立たせてやる感じ。

気分転換と、教養を身に付けたくて、本屋にも行ってみたけど、頭痛くなって気持ち悪くなっちゃって帰ってきた。

ただ、収穫もあった。
色彩心理学と、ドストエフスキーの白痴と、日本史、世界史についてまとめた本とか。



なんかこうやって、具合悪くなって物事に取り組めなかったりすると、「普通の人だったら出来るんだろうなあ」とか、ネガティブに考えてしまう。

ただでさえ、右脳が少し壊死している私は、体力やら集中力やら、消耗が激しいので、そんな事を考えてしまいます。

いくら筋トレしても、左は筋肉つかないし、固いし。

とりあえずのストレスを嘆いてみました。

社会的なハンデは大きいけど、頑張りたいなあ。

 

 

記事にするような目ぼしい変化もなく精神の波も安定しています。

 

夜も眠れているし・・。

 

私の中の躁と鬱という二つの存在は、落ち着いてくれています。

 

この二つが暴れ出すと、今この「フラット」な私は疲れ果て、失踪状態になります。

 

双極性障害というのは、私の中では三つの人格があると捉えています。

 

多重人格という訳ではありませんが、フラットな私は常にちんまりと存在していて、いつも躁と鬱の手綱を握っています。

 

24時間気を遣っているので、段々疲れてきたときにどちらかが逃げて心を荒らし始めます。

 

疲労困憊なフラットな私は、その場から動けず傍観するのみです。

 

落ち着くまで好き放題するのを止められず「フラット」が消失する。

 

どちらかが私を支配しているとき、そういったイメージを持ちます。

 

本当に心の底から落ち着いた今の状態に戻るのに、結構時間掛かります。

 

寛解という目標は長く険しい道のりだろうなあ。

 

サインバルタ服用前の鬱、服用後の躁鬱、どちらの状態も困窮しているなあ。

 

というか、私の精神状態が健常だったのは小学生が最後だから、「健常」が何かとか忘れたなあ。

 

こんな事書いているとネガティブになっちゃう。

 

人間の脳は単純だからプラスに考えれば、笑っていればセロトニン出るからなるたけそうしなきゃな。

 

 

入院中医師に言われた「寝るだけ」の休息をとることも人間には必要、の言葉。

 

流石にごろごろ食っちゃ寝はしませんが、少し「~しなきゃ」から頭を切り離し、こうして大好きなPCに触れる。

 

大好きな高橋優さんを聞き、元気をもらい、少し散歩したりして。

 

精神的に休める時間を作る。

 

こうした時間に癒されていると、私は一生一人でもいいかもしれないと思う。

 

誰かと一緒になってしまえば、気を遣い、常に「~しなきゃ」と頭をフル稼働させなきゃいけないし。

 

他人に波を左右されるのも嫌だし。

 

この、湯船に浸かった時のようなホッとした空間が好き。

 

ただでさえ、私の中には二つの人格的なもの(躁と鬱)が存在しているのに、これ以上は手いっぱい。

 

何はともあれ、こんな時間もたまにはいいなあ~。