女性専用のジムに通い始めて1年以上がたつ。
お腹周りがスッキリしたり、体重や体脂肪が減ったり、少しずつ成果が表れている。
また、運動して血流が良くなるので、体の張りが軽減されて疲れにくくなった。
私は、いつもだいたい同じ時間帯に行っているので、一緒にトレーニングするメンバーもほとんど同じ顔ぶれだ。
そこで、気がついたことがある。
みんなと顔見知りという感じで、待ち時間も含めて常に誰かとおしゃべりをしている人と、あまりしゃべらないで黙々とトレーニングをしている人がいるということだ。
通っている年数にもよるのだろうけど、私などまだまだ新参者でそんなにしゃべる人もいない。
いろんな方と話しているのは、とてもコミュ力が高い人だと感心してしまう。
そして、そんな人がうらやましくもある。
で、『早く馴染んで、顔見知りというか、話のできる人を増やさなければ!』という私の中の思考が発動してしまった。
元々、そんなに社交的でもなく、雑談が苦手で、慣れるまでに時間のかかる私なのだが
女性は、笑顔で愛想のよい人がマル(『男は度胸、女は愛嬌』と言われていた…)
みんなと仲良しで、友達が多い人がマル(『友達100人できるかな』という歌があったなぁ…)
という子どもの頃から刷り込まれた価値観が根っこにある。
この歳になって、無理してまで人付き合いしなくてもいい、自分が心地よいと感じられる人と繋がっていこうと思えるようになってきた。
けれども、大勢の人の中に行くと、妙に取り繕って振る舞おうとしてしまう。
自分から話しかけてみたり、挨拶をしてみたり…
特に、10年以上通い続けている大御所みたいな人には、気を遣っている自分がいた。
でも、緊張するのか、なんだかしんどい💦
どこか不自然で無理をしていて、自分を偽っている感じが否めない。
そこで、ふと我に返る。
あ〜、また、他人軸で行動しようとしている。
ありのままでいたい、と言いながら、人からどう見られるか評価されるかを気にしているじゃん。
無理をすることなく、自然にしておけばいいよ。
おしゃべりするためではなく、トレーニングするために通ってるんでしょ。
と、自分に声をかけてみる。
そもそも、社交的に振る舞おうとするのは、ボッチになりたくない、誰からも好かれる自分でいたいという意識があるからだ。
息子が幼稚園の頃、ママ友を作らなければと必死になっていた苦い思い出が蘇ってくる。
自分を取り繕ってよく見せようとしなくていいよ。
自然に振る舞っていれば、そのうち顔なじみも増えてくるよ。
その場を楽しむ気持ちで参加しよう。
そんなところに落ち着いたら、気が楽になった。
つい、不登校になった息子のことが思い浮かんだ。
コミュニケーションが苦手な子が学校という集団の中にいるということは、想像以上にしんどいことなのだろうなぁ。
コミュ力の高い子にとっては何でもないことが、そうでない子にとっては、どう振る舞えばよいのか分からず困惑してしまうだろう。
人として気配りが必要な時と場はたしかにある。
けれども、世の中にはコミュ力の高い人もそうでない人も、いろいろな人がいていいのだと思う。
人付き合いも無理なく、自分らしくいられることを心がけていきたいものだ![]()