名作の楽しみ‐566 田辺聖子「新源氏物語 霧深き宇治の恋」 | 松尾文化研究所

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名作の楽しみ‐566 田辺聖子「新源氏物語 霧深き宇治の恋」

 薫の大将と八宮の二人の娘大君と中の君の恋の物語。とは言っても薫はどちらとも恋は成就せず、彼の幼馴染であの明石の上の娘で中宮となった明石の中宮の息子の匂宮が中の君と結婚し、大君は亡くなってしまう。大君は薫を恋するが、妹の中の君の幸せを願い、董と結びつけようとするが、薫は大君との恋を何よりも大事にし、匂宮に中の君を譲ってしまう。その間の薫と大君の苦しい恋は切々たるものであり、読者の心を揺さぶるものがある。結局、匂宮と中の君は結ばれ、男の子が誕生する。もっとも匂宮はほぼ同じ頃、夕霧大臣の娘の六の宮とも結婚し、二人の間を行き来することになる。一方薫は帝の娘を押し付けられ、結婚するが、大君のことは忘れられない。そこに八宮の異母姉妹が現れる。浮舟である。薫は浮舟を垣間見、大君に似ていることからそちらへ傾いていく。匂宮も彼女が中の君を頼ってきた時に、偶然見初め心を通わせていく。薫は彼女を宇治へ隠し、時折通っていることを匂宮も知り、訪ねていく。浮舟は普段は薫を好ましく思うのであるが、匂宮に言い寄られるとそちらに靡いてしまう。そして、その立場に苦しみぬいて、遂に入水してしまうが、僧都に助けられ、一命をとりとめ、生きながらえる。しかし、中将という新たな男に言い寄られ、薫や匂宮に知れることも時間の問題と憂い、出家を断行する。その事を薫は知り、使いを出すが会うことも返事もしない浮舟であった。「新源氏物語」の多彩な人物に比べて薫、匂宮、大君、中の君、浮舟と登場人物が絞られ、その代わり、濃密な物語が展開される。田辺聖子が言っているように、それはあのアンドレ・ジッドの「狭き門」にも通じる優れた恋愛劇であり、また心理描写も一級品という、千年も前に描かれたことが信じられない文学なのであった。「源氏物語」が複数の著者の合作だという説もあるようだが、私は全面的に否定したい。これは文豪紫式部の紛れもない傑作なのだと心から思っている。