松尾文化研究所

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名作の楽しみ‐617 夏目漱石 「三四郎」「こころ」

 「三四郎」読み始めからわくわくする文章だった。明治時代の青年が熊本から東京にやってくる。その心持がずっしりと胸に伝わってくる。路面電車のゴーっという響き、三四郎池の風の梵、菊人形を見物する客のざわめきなどが耳に響いて、臨場感がものすごい。そして、美禰子という女性の存在が三四郎を覆いつくす。私も7年間通った場所が遠い昔ではなく、今そこに存在して刺激を与えてくれる。結局、三四郎の性格から美禰子には踏み込めず、彼女は少しずつ遠ざかっていき、他の男と結婚してしまう。淡い失恋の雰囲気が漂う。「Stray sheep」美禰子が三四郎に言った言葉。その言葉が読後も心に残った。

「こころ」「私はその人を常に先生と呼んでいた。」に始まるこの小説。何度も読んだが、この始まりはやはり心に響く。鎌倉の海岸で出会った先生。影があるが何か惹かれるものがあり、近づく主人公の学生。その後、東京で先生の家に入りびたりになる。先生は月一度友人の墓に詣でる。その理由は教えてくれない。美しい夫人との間に子供はいないでひっそりと暮らしていて、主人公以外はほとんど付き合いがなく遊民生活を送っている。彼は遺産相続で叔父の裏切りにあった。それ故に主人公には遺産のことはきっちりとしておけと言う。そういう世間的なことも踏まえながら先生の謎の部分へと物語を盛り上げていく。何度も読んでいるので結末は分かっているが、その圧倒的な筆力の前にまたまた興奮させられている自分を見出す。名作というものはそういうものだとつくづく思わされた。