名作の楽しみ‐563 第170回芥川賞受賞作 九段理恵「東京都同情塔」 | 松尾文化研究所

松尾文化研究所

ブログの説明を入力します。

名作の楽しみ‐563 第170回芥川賞受賞作 九段理恵「東京都同情塔」

 久しぶりに芥川賞受賞作品を読んだ。このところ、余り感心する作品がなかったのでしばらく敬遠していたが、力作だとの評判を聞いて、文芸春秋を買い求め読んだ。

 読み始めてしばらくはついていけないほど内容が理解できなかった。これは大変なものに首を突っ込んでしまったと少々後悔の念が起きるほどだった。しかし、読み進むうちに霧が晴れていくように視界が鮮明になっていった。それは喜びに近かった。何といっても文章が重々しく、知性に溢れていて、思考の深さは並大抵のものではなかった。本当に久しぶりに文学に浸った感触であり、大変な充実感を覚えた。

「シンパシータワートーキョー」という刑務所を新宿御苑の中に建設するという奇想天外なストーリー。主人公はその設計を担当した女建築士。新国立競技場の建設と対の形で2026年から建設し、2030年に完了したという70階の塔。受刑者の罪を犯すまでの環境をあくまでも追求し、罪を罰するのではなく、罪を忘れさせる環境を用意するといった考えのもとにこの塔を計画し実行したという話。推進した人物は完成後に殺されたがその死は必ずしも善意の人物の死ではなかったことをほのめかせる。女建築士は脅迫される日々をホテルで暮らす。彼女が好意を持つ十五歳年下の美しい若者の存在感が半端でなかった。今までの芥川賞で最高のレベルに位置付けられる作品であると言っても過言でない。大いに彼女の今後に期待したい。