視床痛熟女の行ったり来たり -37ページ目

視床痛熟女の行ったり来たり

視床痛の痛み・痺れと闘う女のブログです。


今日は昨日よりも増して痛いです…。

こんな時はブログを書いて、気を紛らわすのが一番です。

お暇でしたらちょっとお付き合いを…



私にとって怖いものといえば、

なんといっても病気です。

この体になってしまったからでしょう。

私にとっての恐怖の対象が、がらりと変わったのです。


誰でも何かしら怖いものがあると思います。

お化け、幽霊、宇宙人、虫、蛇…。

皆さんは、何が怖いですか?(σ・∀・)σ

なんて。(笑)



私って小さい頃から、ものすごい怖がりだったのですよ。

「だった」。そう、過去形です。


それでは、恐怖(笑)のエピソードをいくつか書いてみることにします。



私が覚えていない幼児の頃です。

親戚のおじさんが、

空気で膨らます、ビニールの大きな可愛いウサギちゃんの人形を、

私を喜ばせようと買ってきました。

さっそく、汗をたらしながら、おじさんは一生懸命に膨らまします。

だんだん膨らんでいくうちに、それを見た私は、

怖かったのでしょう、突然火がついたように泣き叫び、

お母さんは大変ばつの悪い思いをしたそうです。


また、人のおうちに連れて行くときのことですが、

玄関に、昔によく魔除けとかで飾る鬼とかのあのお面、

あれをじーっと見つめて、じわじわ泣きから火が付いた泣きへと…。

これもまた、お母さんの悩みの種だったらしいのです。

勿論うちには私が怖がるので飾りませんよ。

でも人の家はねぇ~。

そりゃあ困ったでしょうね。お母さん。(^o^;)


幼児の事なので私は覚えてませんが、そうとう困ったことなのでしょう…。

耳にタコです。何回も聞かされてますわ。



小学生に入ってからは、うちは引っ越しが多いので、

いじめられないように、友達に怖がりを隠していました。

絶対お化け屋敷には入りませんでした。

その頃はやっていた、吸血鬼や狼男の映画!

あれは、困ったです~。

家の人が見始めたら、すぐに2階へ。

終わるまで布団かぶってましたよー。

そしてあくる日の学校では、見もしないのに、

「あ~あれねー見た見た~おもしろかったよね~」

などと嘘まいていたもんですーーー。



中学生の頃です。

よく行くデパートに何故か一人で行ったとき、

1館と2館の渡り廊下を歩いていました。

その時期に始まったのでしょうね、

『スターウォーズ』の“ダースベーダー”が通路にいるではありませんか!

ゆっくりとこっちに来るではありませんか!

避けて横をすり抜けたいのですが、

横には、あの家来みたいな白いやつがずずずいーっと並んでいて、

通れないではありませんか!!


身動きひとつとれず、ついに私はまじ泣き…。

周りの人たち笑う笑う。

赤っ恥です…。

『スターウォーズ・フェア』だったんですね…。

迷惑きわまりないデパートです。

それ以来、その渡り廊下は使いませんでした。

トラウマです。



高校生になりました。

私はその頃付き合っていた彼氏に、

無理やり恐怖映画に連れて行かれました。

本当に無理やりなんです。

手を引っ張られ、背中を押され…。

仕方なく座った私は、最初から最後までずっと下を向き耳をふさいでいました。

何の映画かは覚えていません。というか知りません。

2時間ですから本当に疲れました。

ぐったりです。

酷いことしますよね。


中学の時もそうですが、修学旅行で必ず行われる、怖い話大会?

あれも迷惑です。

始まったら、部屋の隅により、耳に指を入れその指を動かしながら、

「あーーーー」と言い続けるのです。

あれも疲れます。しんどいです。



大学生に入りました。

家を離れたのですが、一人暮らしなんて、とんでもできません。

それで、私同様怖がりの友達を見つけ、二人暮らしを始めました。

まぁなかなかいい感じで暮らせそうでした。


それが…。

ある夜、私は聞いてしまったのです!

女の人のすすり泣くような声を…。((>д<))

最初は怖くて怖くて布団をかぶり耳をふさぎました。

やっぱり言わなければと思い、友達に言いました。

友達も、もの凄い怖がっていましたが、次に私がまた聞いてしまったときは、

起こすよう言われました。


そしてその時がやってきたのです。

女の人のすすり泣くような声です!((>д<))

怖いけどすぐに隣の部屋で寝ている友達を起こしました!

友達の布団にもぐりこみ「聞こえる聞こえる!あれあれあれ!」

友達にも聞こえたのか、「キャーキャーキャー!!」

二人で大騒ぎです!

そのうち聞こえなくなり朝になりましたが、二人とも一睡もできませんでした。


そして、二人で何人かの男の子の友達に相談しました。

男子3人が、その声が聞こえるまでいてくれることになりました。

何日かしてついにその時が!

前に聞いたあの声です!

男子たちは、初めは焦っていました。

でも勇気を出したのか、一人がベランダに出て、もう一人は玄関を出て…。

私たち二人は布団をかぶって様子を見ていました。

すると、玄関を出た一人が、笑みを浮かべ帰ってきました。

男子たちはお互いの顔を見合わせて、言いました。

「大丈夫だよ。幽霊じゃないよ。」

「ラグビー部の先輩が隣に住んでるんだけど、いま彼女が来てるみたいだよ。」

「あの時のあの声だよ~~~」と…。


な、な、なんという展開!なんという幕引き…

私たち二人はなんて恥ずかしい思いをしたか!

勉強不足としか言えませんね。。。


べつに言っておきますが、ぶりっ子ではないんです。

大学の文化祭でお化け屋敷のかっこうで脅かされましたが、

可愛いとは言い難い、

「やめろっつってんだよー!こらー!てめー!ころすぞー!」と

なんとも聞くに堪えないセリフを吐きながら逃げ惑うのです。

しかも、涙、鼻水をたらしながら…。



そして、大人になり子供ができました。

可哀そうに…私の怖がりが遺伝してしまい、なんと娘二人ともが、

究極の怖がりになってしまったのです。


長女が幼稚園の時、二人で怖がりを克服しようと、

ある遊園地で、お化け屋敷に挑戦することにしたのです。

1時間ぐらいでしたか、二人で並んで話をしていました。

「頑張ろうね!」と…。

だんだん迫ってくるにつれて、口数が少なくなってくる二人です。

とうとう入口が!目の前に!

「はい。どーぞー。」

お兄さんの声!


気が付いたら、

二人は無理やりそこから逃げ出していたのです。

どっちから逃げようと言ったのかはわかりませんが…


たぶん私だったのでしょう。(笑)




てことでそろそろお話はやめます。

今はたと気づきました!


すみません…。

つまらないブログに付き合わせてしまって…。








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今日は、リハビリ初日の恐怖のあくる日でした。

恐怖というのは、俗に言う筋肉痛のことです。

視床痛側の筋肉痛って普通のじゃないんですー!

もう泣きそや…

(iДi)


確かに健常側の左は普通の筋肉痛です。

ふくらはぎ、もも、おしり…と。

関節も足首が痛いし、腰も痛い…。

普通ですよね。


だから本当ならば、視床痛側も同じように痛いのでしょう。

でも違うんやぁーーーーー!!


それに、リハビリをしてないはずの手も腕から全部が痛いんです…。

何故だかさっきわかりました!

リハビリ午前の部をやっている最中です。


私は歩くとき、右足のつま先は意識しないと上がってくれないので、

右足をかかとから床につける為に、いちいち心の中で、

『上、上、上、上…』って言わないとダメなんです。

そうしないとつま先から床についてこけるんです。

だから、誰かと話しながらとか、何か考えながらとかで歩くのは、

めちゃくちゃ危険なんです!


その時に気付きました。

なんと、右の手首も自然に手首から上にあげてたんです。

しかも、そんなことをしたら痛いのに手のひらを広げようとしてたんです!


歩く訓練は、もう右がとにかく全て痛いので、わかんなかったですわ。

まあ、右手のグーパーのリハビリを一緒にやっているんだと思えば、

いいですよね。


いや~それにしても酷い痛みや…。

筋肉痛って、頑張って無理に動かして治していくものじゃないですかぁ。

それなら、この酷い視床痛も頑張って動かしたら軽くなっていきますよねぇ…。



この酷い体に気付いたのは朝でした。

目覚めた時、体がピクリとも動かなかったです。

でもそのうちオシッコに行きたくなって…

辛かったっす~~(。>0<。)


そして左の歯が浮いていてめっちゃくちゃ痛くて、ロキソニン飲みました…

(ノДT)


私の左の奥歯なんですけど、なんと歯根が骨についちゃっているんです。


食べられるようになってからの事ですが、

初めのころは、食べ物を両方の歯で噛んでいると、すぐに血だらけでした。

右側は感覚がないので、知らないうちにほっぺの内側の肉を一緒に噛んでいて、

しかも傷の痛みがないので、あららら状態なのです。

それが嫌だし、味はしないしで左だけで食べていました。


視床痛を発症してからは尚更です。

視床痛の痛みはほっぺもベロも歯茎もですし、

もっぱら、というか完全に左だけで噛んでいました。


何年か左だけで噛む生活や、痛いときには歯を食いしばったり、

夜中に嫌な夢とか見るとギリギリしてたりとかが重なったからなのか、

左の奥歯が痛くて痛くて使えなくなってしまいました。


最初は、この左の奥歯が痛いのって、

歯槽膿漏かなぁって思い、歯医者さんに行ったのです。

歯医者さん大っ嫌いですが、痛みが酷くて行かずにはいられませんでした。

レントゲンを撮った結果、歯根が骨にくっついていて、

それが原因で炎症がおき、痛むのだということがわかりました。

治療法は?と聞くと、奥歯を全て抜いて入れ歯にするしかないと言われました。

そうじゃなければ、使わないで下さいとのことでした。


『そんな~~~(:_;)』ですよ……。


で、今は右で上手に噛む練習をしたので、ほっぺの肉を噛まずに食べれます。

痛いし味はしないしで嫌だけど、泣く泣く右で食べてますー!

( ̄ヘ ̄)


でも、時々歯を食いしばったりするようなことがあると、

左の奥歯が浮いて凄く痛くなります。

そんな時はロキソニン登場です!




こんな風に、色んな痛みとつきあってまーす。








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朝の100メートル歩行…。

やっぱりいっきには無理だったー。

しょうがないよね。。。


昨日は、鍼灸の後は生協でした。

毎週セットです。

もちろん、いつもゆきちゃん(義妹)が来てくれるので助かります!

来るとすぐに鍼灸の結果と私の様子を聞いてきます。

昨日は、リハビリのOKが出たこととメニューを言いました。

まぁー心配の嵐でした。

一人でやるんだからと、

絶対無理はしないこと、気を付けてやることを約束させられた次第です。


ホントゆきちゃんに心配かけてますね…私って…


では今日は、

そのゆきちゃんの事を中心に、家族と私の様子を記録していきます。





~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

私の意識は飛び、オーナーはうろうろしていたそうだ。


救急隊員のお兄さん?

何人かバタバタと入ってきた。

一人が私の前にしゃがみ、何かしゃべっている。

私は何を言っているのか意味がわからない。

そして意識がなくなったようだ。


次の意識。

何やらエッサホイサと風呂敷みたいな物に包まれて、

店内を移動している。



次の意識。

たくさん機械のある狭いところに寝ていて、口に何か被せられている。

息苦しい。

お兄さんたちの、電話で病院を探しているような声が聞こえる。

足元に誰かいた。

ゆきちゃんだ!

私は、確認したくて「ゆきちゃん?」と口にしてみた。

聞こえたのか聞こえなかったのか…それはわからない。



次の意識。

なんだか暗い倉庫のイメージと、重い扉が「ギィ~」と開くような音がする。

錆びついたシャッターを上げる時の音にも似ている。


また、口に何か被せられていて息苦しい。

薄目を開けてみた。

母と父の顔が見える。

母は泣いていた。



私が目を開いたその時は、倒れてから何日か経っていたという。

そこの病院は、生死をさまよう患者を専門に受け入れるところであった。

とりあえず命が繋がり手術等の処置が済めば、

即次、病院を探すというところであった。


私の場合は、運ばれたとき緊急の手術はできなかったそうだ。

その状態での意思回復しか手がなかったらしい。

先生に、名前を呼ぶよう言われ、

母と父と弟、そしてゆきちゃんはずっと声掛けをしていたという。




最初、ゆきちゃんが母を迎えに帰った時、

母は、「いやいやいやいや!死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!一緒に死ぬー!」

と気が狂ったように泣きじゃくり、

病院に行くのを嫌がっていて大変だったらしい。


それというのも、私が大好きだった祖父、つまり母のお父さんを、

私と同じ脳出血で亡くしていて、その最期を看取ったのが母だったのである。

その時と全く同じ状態である私は、絶対に死ぬものだと思っていたそうだ。

母の気持ちはわかる。

それと同時に、

母をそんなに悲しませて本当に申し訳ないことをしたという、

深い深い後悔を今でも感じている。

私と母はとても仲が良いのだ。


その母の様子を見たゆきちゃんは、これじゃいけないと、

大きな声でだだっ子を叱りつけるように、

「もうお姉ちゃんに会えなくなるかもしれないんだよ!行くよ!」

と、引っ張った。

弟も泣きながらではあるが、

「あんな根性ある姉貴が死ぬわけない!」

と、一生懸命母をなだめた。


そして、なんとか引きずるように病院のICUに連れて行った。

着いても私の横に泣き崩れていて手に負えなかったそうだ。

弟も実際に私を見たときは、私の足元にしゃがみ込み泣いていたという。


そんな時ゆきちゃんは、『ここで自分が踏ん張らないと!』と、

大きな声で「お姉ちゃん!お姉ちゃん!」と呼び続けたそうだ。


ゆきちゃんは、私を助けなければという強い意志を持って、

必死で声掛けをしてくれていたのだなと、大変だっただろうなと…。

思う。。。

救急車の付き添いから始まって、先生の話を聞き、

母と弟を迎えに行って…。

気をしっかり持たなければできない事だっただろう。

そのあとも、

私の子供への知らせや、保険会社への知らせ等、

おそらく一人で全てやったのだろう。

子供たちだが、救急車の音を聞いていたのだそうだ。

私からのメールの文章が変だったので、

嫌な予感はしていたらしい…



そしてその後、しばらくして父が来た…。

想像はつくと思う。



という数日間、私は時々意識が戻り、また深い眠り…。

というのを繰り返していた。

この、予断を許せない状態から命に別状はないというところまでの間は、

ずっと声掛けを続けていたそうだ。



その間の私の記憶はあるのだ。

意識とは言えない、夢なのか臨死体験というものなのか…。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~






私は、それが臨死体験であると確信したのは大分経ってからなのですが、

そのことについてと、ICUを出てからの体験談は、

次の記録に綴っていこうと思います。





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