現在の視床痛生活になるまでの記録6(義妹) | 視床痛熟女の行ったり来たり

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視床痛の痛み・痺れと闘う女のブログです。


朝の100メートル歩行…。

やっぱりいっきには無理だったー。

しょうがないよね。。。


昨日は、鍼灸の後は生協でした。

毎週セットです。

もちろん、いつもゆきちゃん(義妹)が来てくれるので助かります!

来るとすぐに鍼灸の結果と私の様子を聞いてきます。

昨日は、リハビリのOKが出たこととメニューを言いました。

まぁー心配の嵐でした。

一人でやるんだからと、

絶対無理はしないこと、気を付けてやることを約束させられた次第です。


ホントゆきちゃんに心配かけてますね…私って…


では今日は、

そのゆきちゃんの事を中心に、家族と私の様子を記録していきます。





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私の意識は飛び、オーナーはうろうろしていたそうだ。


救急隊員のお兄さん?

何人かバタバタと入ってきた。

一人が私の前にしゃがみ、何かしゃべっている。

私は何を言っているのか意味がわからない。

そして意識がなくなったようだ。


次の意識。

何やらエッサホイサと風呂敷みたいな物に包まれて、

店内を移動している。



次の意識。

たくさん機械のある狭いところに寝ていて、口に何か被せられている。

息苦しい。

お兄さんたちの、電話で病院を探しているような声が聞こえる。

足元に誰かいた。

ゆきちゃんだ!

私は、確認したくて「ゆきちゃん?」と口にしてみた。

聞こえたのか聞こえなかったのか…それはわからない。



次の意識。

なんだか暗い倉庫のイメージと、重い扉が「ギィ~」と開くような音がする。

錆びついたシャッターを上げる時の音にも似ている。


また、口に何か被せられていて息苦しい。

薄目を開けてみた。

母と父の顔が見える。

母は泣いていた。



私が目を開いたその時は、倒れてから何日か経っていたという。

そこの病院は、生死をさまよう患者を専門に受け入れるところであった。

とりあえず命が繋がり手術等の処置が済めば、

即次、病院を探すというところであった。


私の場合は、運ばれたとき緊急の手術はできなかったそうだ。

その状態での意思回復しか手がなかったらしい。

先生に、名前を呼ぶよう言われ、

母と父と弟、そしてゆきちゃんはずっと声掛けをしていたという。




最初、ゆきちゃんが母を迎えに帰った時、

母は、「いやいやいやいや!死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!一緒に死ぬー!」

と気が狂ったように泣きじゃくり、

病院に行くのを嫌がっていて大変だったらしい。


それというのも、私が大好きだった祖父、つまり母のお父さんを、

私と同じ脳出血で亡くしていて、その最期を看取ったのが母だったのである。

その時と全く同じ状態である私は、絶対に死ぬものだと思っていたそうだ。

母の気持ちはわかる。

それと同時に、

母をそんなに悲しませて本当に申し訳ないことをしたという、

深い深い後悔を今でも感じている。

私と母はとても仲が良いのだ。


その母の様子を見たゆきちゃんは、これじゃいけないと、

大きな声でだだっ子を叱りつけるように、

「もうお姉ちゃんに会えなくなるかもしれないんだよ!行くよ!」

と、引っ張った。

弟も泣きながらではあるが、

「あんな根性ある姉貴が死ぬわけない!」

と、一生懸命母をなだめた。


そして、なんとか引きずるように病院のICUに連れて行った。

着いても私の横に泣き崩れていて手に負えなかったそうだ。

弟も実際に私を見たときは、私の足元にしゃがみ込み泣いていたという。


そんな時ゆきちゃんは、『ここで自分が踏ん張らないと!』と、

大きな声で「お姉ちゃん!お姉ちゃん!」と呼び続けたそうだ。


ゆきちゃんは、私を助けなければという強い意志を持って、

必死で声掛けをしてくれていたのだなと、大変だっただろうなと…。

思う。。。

救急車の付き添いから始まって、先生の話を聞き、

母と弟を迎えに行って…。

気をしっかり持たなければできない事だっただろう。

そのあとも、

私の子供への知らせや、保険会社への知らせ等、

おそらく一人で全てやったのだろう。

子供たちだが、救急車の音を聞いていたのだそうだ。

私からのメールの文章が変だったので、

嫌な予感はしていたらしい…



そしてその後、しばらくして父が来た…。

想像はつくと思う。



という数日間、私は時々意識が戻り、また深い眠り…。

というのを繰り返していた。

この、予断を許せない状態から命に別状はないというところまでの間は、

ずっと声掛けを続けていたそうだ。



その間の私の記憶はあるのだ。

意識とは言えない、夢なのか臨死体験というものなのか…。



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私は、それが臨死体験であると確信したのは大分経ってからなのですが、

そのことについてと、ICUを出てからの体験談は、

次の記録に綴っていこうと思います。





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