モラトリアムの延命 -47ページ目

夢を見ることに執着する


吐き出したいと思うことも、最近は減った感覚が強い。


しかし僕が好きな人達やなりたい人は、精神的に代謝の良い人達なのだと思う。




時々強さを感じることはあるものの、大体は対等だと思っていた友人は僕のはるかうえにいることにブログを見せてもらって気付かされた。


同時にこんなに隠し持ってやがったのかという思いも生じたものの笑、爽快な気分だ。


彼女はやはり、代謝がいいのだろう、なあ。


弱弱しくも、素敵に大人になっているんだろう。


僕はどうだ。


まあはっきりいって元々自分が綺麗だとは思っていないので、あまりに酷かった時期を認めて反省出来ているだけましには思う。


無理やりに余裕を生み出すことは良くなかったようだ。


まあ自分に甘いのだろうけど、夏の僕が人としてダメだったことには多少自分を許す気すらしている。


反省はしているが、今になって思えば、そりゃそうなるわな、という変な納得がある。


サークル、本当に行くの嫌だったものなあ。


そう考えると今も回復とは言えない状態なのだろう。


なんというか、あまり大きく傷つくのがいやだから、膜を1枚貼って自分をごまかしている、とでもいうのか。


周りが僕を人間関係に深くかかわらせないのは、優しさからか、それとも軽蔑からか。


身勝手になりたくはないから押し殺すけど、子供じみた不満はゆっくりと注がれていく。



関わりたくないことは嫌と言うほど飛び込んでくるくせになあ。


好きな人がいることが主だった救いだろう。



最近の喉の張りはやはりストレスもあるのかしら。


医者と言葉は乱暴だ。4文字で片づけるな。



最終的には、僕のことを嫌いな人にも感動を与えるくらいの音楽をしたい。



モラトリアムの余命は、成長のタイムリミット。

僕は、欠如している。

鳥たちの

綺麗な人間じゃないしなりたいとも思ってない。最近は。


エゴで不満も覚えるし善だろうとなんだろうと嫌いになったりもする。


愛のない否定はぐさりとくる。だから多分大学生っぽいことはあんまり好きじゃない。


子供っぽい。


綺麗なものを綺麗にしておくためになら自分は多少汚れてもいいきがしてきた。


きらきらするのはまぼろしか



懐かしいね笑

人間的にもマシになり

音楽の趣味も変わり

ブラウザもクローム使ってたり

変わるなあ笑


見られるのがやな幼稚なことばっかり書いてるけど

消すのももったいない気がするので

昔のは放置しておきます。

続くか、知らんけど、ただいま。