武経七書ー12六韜 ー龍韜 | 覚書き

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六韜 龍韜
第三章 龍韜
第十八篇 王翼
【解説】
王翼とは、王の補佐役のことです。いわゆる腹心・謀士・天文・地理・兵法・通糧・奮威・
伏金鼓・股肱・通才・権士・耳目・爪牙・羽翼・遊士・術士・方士・法算の十八種類で、全員
で七十二人です。これはただ戦争のときに将軍の参謀となる人を言っているだけです。七十二
人は、名称は同じでないけれども、王者を補佐する点では一つです。ですから、まとめて「王
翼」と命名されたのです。
【本文】
武王が尋ねました。
「王者が軍隊を統率して出陣するときには、必ず補佐してくれる臣下がいて、王者の威厳を成
り立たせるといいますが、そのためにはどうすればよいのでしょうか?」
太公望は答えました。
「およそ開戦し出兵するときには、将軍に全権がゆだねられます。全権をゆだねられた者は、
あらゆることに通じていなければならず、一つのやり方にとらわれていてはいけません。そし
て、能力に応じて役職を与え、それぞれの長所をいかんなく発揮させ、臨機応変に行動するよ
うにします。これが基本原則です。そこで、将軍は、七十二人の補佐役を任命して、天道の七
十二候に対応させます。このようにして人数をそろえ、根本のところをわきまえれば、あらゆ
る方法を使えるようになって、あらゆる事態をうまく処理できます」
武王が尋ねました。
「その七十二人の補佐役とは、どんなものなのですか?」
太公望は答えました。
「まず『腹心』を一人おきます。この者は、主として、計画の立案を補助し、突然の事件に対
応し、天運を測定し、異変を解消し、策略を統括して、人民の生命を保全します。
次に『謀士』を五人おきます。この者は、どうすれば安全となり、どうすれば危険となるか
を計算し、事前に対策をねり、善行のあった人や才能のある人を評価し、賞すべき功績や罰す
べき罪悪があったかどうかを判断し、官位を授けてそれぞれの仕事にあたらせ、物事の真偽を
明らかにし、物事の是非を定めます。
次に『天文』を三人おきます。この者は、天文暦数をつかさどり、風向の順逆を判断し、日
時の吉凶を推測し、兆候を考察し、異変を測定して、天がどちらに味方しようとしているのか
を察知します。
次に『地利』を三人おきます。この者は、軍隊にとって、どこを行軍し、どこに駐屯すべき
か、そして、どこが有利で、どこが不利か、距離が遠いか、近いか、地形が険しいか、なだら
かか、水場が不足しているのか、山地が険阻であるのかなどを明らかにして、地の利を失わな
いようにします。
次に『兵法』を五人おきます。この者は、形勢が異なっているのか、同じなのか、作戦が成
功するのか、失敗するのかを考察し、兵器を使いなれている者をえりすぐり、軍法に違反した
六韜 龍韜
者を処罰します。
次に『通糧』を四人おきます。この者は、必要な食料を計算し、物資を備蓄し、補給路を確
保し、主食を輸送し、全軍の命をつなぎ、苦しまずにすむようにします。
次に『奮威』を四人おきます。この者は、才能と力量のある人材を選出し、武器と防具を選
定し、風のようにすばやく移動し、雷のように激しく攻撃し、神出鬼没に行動します。
次に『伏旗鼓』を三人おきます。この者は、太鼓や旗をもってふせ、だれの耳にも聞こえる
ように太鼓をうち、だれの目にも見えるように旗をふって、全軍に指示を伝達します。場合に
よっては、ウソの通信によって相手に本当のところを察知できなくさせたり、ニセの命令によ
って相手に本当のところを判断できなくさせたりします。闇にまぎれて行動するため、まるで
神霊のように、相手にとっては、つかみどころがありません。
次に『股肱』を四人おきます。この者は、重要な役職に就任し、困難な任務を担当し、堀や
塹壕を修理し、城壁や土塁を整備して、防衛体制をきづきます。
次に『通才』を二人おきます。君主の不足をおぎない、君主の過失のあとしまつをし、外国
の使節に応対し、話し合って問題を解決します。
次に『権士』を三人おきます。この者は、奇策や詭計を用い、あらゆる手段を用いて、人の
思いもよらないことをし、変幻自在に策をろうします。
次に『耳目』を七人おきます。あちこちを行ったり来たりして、人々のあいだに広まってい
る話を聞き、その動向を見たり、外国の事情や軍中の実情を監視したりします。
次に『爪牙』を五人おきます。この者は、士気を鼓舞し、全軍を激励し、困難に立ち向かわ
せ、強敵に攻めかからせて、ためらわないようにさせます。
次に『羽翼』を四人おきます。この者は、自国のすごさを宣伝し、遠方の国々を恐れさせ、
近隣の諸国を動揺させて、敵の士気をくじきます。
次に『遊士』を八人おきます。この者は、敵中の悪者をさぐり、相手の異変をうかがい、人
心の動向を操作し、敵側の心理を観察し、こうして諜報活動をします。
次に『術士』を二人おきます。この者は、トリックを使い、神様のお告げをいつわって、敵
国の人民の心を惑わし乱します。
次に『方士』を三人おきます。この者は、いろんな薬で、ケガを治療したり、あらゆる病気
を癒したりします。
最後に『法算』を二人おきます。この者は、陣地の規模、兵糧の数量、そして必要な物資の
収支を管理します」
六韜 龍韜
第十九篇 論将
【解説】
論将とは、将軍の良否を評論することです。武王が「論将」を尋ねているので、このように
命名されたのです。
【本文】
武王が尋ねました。
「将軍の正しいあり方とは、いかなるものでしょうか?」
太公望は答えました。
「将軍には、五材と十過があります」
武王が尋ねました。
「それは、どのようなものですか?」
太公望は答えました。
「五材とは、勇・智・仁・信・忠の五つの長所を言います。勇であれば、なめられません。智
であれば、乱せません。仁であれば、人を愛せます。信であれば、あざむけません。忠であれ
ば、裏切りません。
十過とは、勇ましいけれど命知らずなこと、気が短くてなにをするにも早くしようとするこ
と、欲ばりで利益に目のないこと、やさしいけれど厳しい処置のとれないこと、知恵はあるけ
れど臆病なこと、信義はあるけれどすぐに人を信じること、清廉潔白だけれど他人をかわいが
ろうとしないこと、知恵はあれけれど優柔不断なこと、強気で自己主張の強いこと、弱気で人
任せであること、以上の十の短所です。
勇ましいけれど命知らずな人は、挑発にのせて殺します。気が短くてなにをするにも早くし
ようとする人は、持久戦にひきずりこみます。欲ばりで利益に目のない人は、買収してこちら
のいいようにあやつります。やさしいけれど厳しい処置のとれない人は、気苦労をかけさせま
す。知恵はあるけれど臆病な人は、ゆきづまらせて恥をかかせます。信義はあるけれどすぐに
人を信じる人は、ウソをついてだまします。清廉潔白だけれど他人をかわいがろうとしない人
は、バカにします。知恵はあれけれど優柔不断な人は、襲いかかってやっつけます。強気でワ
ンマンな人は、過労させます。弱気で人任せな人は、ワナにひっかけます。
それで、戦争は国家にとって重大なことであり、国の存亡と軍隊の運命はすべて将軍にかか
っているのです。将軍は、国の支えであり、むかしの名君が重んじたものです。ですから、将
軍を任命するときには、人選を慎重にしなければいけないのです。
それで、『戦争は、両方が勝つこともなければ、両方が負けることもなく、敵地に攻め込んだ
として、十日以内に敵国を降伏させられなければ、必ずこちらの軍隊が破れ、こちらの将軍は
殺される』と言われるのです」
武王は言いました。
「先生の言うことは、もっともです」
六韜 龍韜
第二十篇 選将
【解説】
選将とは、優秀な人材を選抜して将軍に任命することです。思うに、本文の内容にもとづい
て命名されました。
【本文】
武王が尋ねました。
「王者が挙兵するにあたり、優秀で有能な人物をえりすぐり、人材の優劣を知ろうとするとき
には、どのようにすればよいのでしょうか?」
太公望は答えました。
「そもそも人材の外見と中身は一致しない場合が、十五あります。賢そうに見えても、実はで
きの悪い人がいます。
温和で良好な性格だけど、盗みをはたらく人がいます。見た目はしっかりし、きちんとして
いているけれど、心はだらけている人がいます。見た目はまじめそうだけれど、中身はだらし
ない人がいます。細やかだけれど、心ない人がいます。さっぱりしているけれど、誠意のない
人がいます。
策略をめぐらすのが得意だけど、決断のできない人がいます。見た目は果敢そうだけど、内
実はなにもできない人がいます。外見は誠実そうだけど、実際は信用できない人がいます。ぼ
んやりしているけれど、本当はかえって忠実である人がいます。
はったりが好きだけれど、なにかするときにはかえって大きな成果をあげる人がいます。見
た目は勇敢だけれど、内実は臆病な人がいます。謙虚そうに見えるけれど、かえって人をこば
かにしている人がいます。いかめしいけれど、かえって冷静で誠実な人がいます。勢いは乏し
く、見た目は弱々しいけれど、外国に行かせれば、到達しないところはなく、使者として達成
できないことはない人がいます。これらの人を、世の人々はその表面だけを見てバカにします
が、すぐれた人物はその真価を見ぬいて大切にします。およそ人が相手の真価を見ぬけないの
は、人を見る目がなくて、その長所に気づけないからです。これが、人材の外見と中身が一致
しないということです」
武王が尋ねました。
「どうすれば、相手が有能かどうかをみぬけるのですか?」
太公望は答えました。
「相手が有能かどうかを見ぬくには、八つの観点から見るようにします。第一に、質問してみ
て、どれだけ詳しく知っているかをみます。第二に、糾問してみて、どうきりぬけるかをみま
す。第三に、スパイを使って裏切るようにそそのかしてみて、どれだけ誠実であるかをみます。
第四に、目立たないところでなにをしているのかを調査してみて、相手がどれだけ道徳的であ
るかをみます。第五に、お金を管理させてみて、どれだけ清廉であるかをみます。第六に、美
女に誘惑させてみて、どれだけしっかりしているかをみます。第七に、困難なことを言いつけ
てみて、どれだけ勇敢であるかをみます。第八に、美酒を飲ませてみて、酔ったときの相手の
態度をみます。この八つの観点すべてから見れば、相手が有能かどうかを判断できます」
六韜 龍韜
第二十一篇 立将
【解説】
立将とは、大将を擁立することです。武王が「立将」を尋ねたので、このように命名されま
した。
【本文】
武王が尋ねました。
「将軍を任命する正しいやり方とは、どんなものなのですか?」
太公望は答えました。
「およそ国家が危険にさらされたなら、君主は正殿を出て、将軍を呼び寄せ、こう告げます。
『我が国の安危は、まったく将軍の肩にかかっている。今、A国は命令に従わないでいる。そ
こで、将軍よ、軍隊を指揮して、その国をこらしめてもらいたい』と。
将軍は、出動命令を受けたなら、歴史を担当する役人を呼んで、作戦が成功するかどうかを
占います。いっぽう王は、三日間にわたり身を清めたうえで、先祖の霊廟に入り、吉日を占っ
て、将軍に軍隊の指揮権を象徴するオノとマサカリの授与を行います。
霊廟の門の中に入ったとき、君主は西に向かって立ち、将軍は北に向かって立ちます。君主
はみずからマサカリの刃の部分をもって、その柄の部分を将軍のほうに差し出し、そこをもた
せて、それを授与します。そして、『これより上、天に至るまで、すべて将軍が制する』と言い
ます。
それから、君主は、同じようにしてオノを将軍に手渡し、『これより下、淵に至るまで、すべ
て将軍が制する』と言います。
さらに続けて、言います。『敵が虚弱であるとわかれば、前進せよ。敵が充実しているとわか
れば、しばらく待機せよ。こちらが大軍だからと言って敵をあなどるようなまねをしてはなら
ない。君主の命令が重要だからと言って死を覚悟して無謀な戦いをしかけてはならない。自分
の地位が高いからと言って他人をさげすんではならない。自分個人の見解にとらわれてみんな
の思いを無視してはならない。言葉たくみな口先だけの話を確かなものとしてその意見だけ聞
くようなことをしてはならない。
まだ兵士たちが休憩していないのに将軍が先に休憩などしてはならない。まだ兵士たちが食
事をとっていないのに将軍が先に食事をとったりなどしてはならない。いくら寒くても将軍だ
けが厚着をしたり、いくら暑くても将軍だけが日よけを使ったりなどしてはならず、兵士たち
と苦楽を共にしなければならない。このうであってこそ、兵士たちは死力をつくして戦うもの
である』と。
将軍は、こうして命令を受けたなら、君主に敬礼して言います。『わたくしは、このように聞
いております。国は外側から治めることはできず、軍は中央から動かすことはできず、二心を
いだいては君主に仕えられず、疑念をもっていては敵国と戦えない、と。わたくしは、今、陛
下のご命令を受け、軍権のシンボルたるオノとマサカリをいただきました以上は、身命をとし
て任務を遂行する覚悟でおります。そこで、陛下よ、戦場での指揮について、まったく干渉し
ないことをお約束ください。この願いを聞き入れていただけないなら、将軍を辞職させていた
だきたい』と。
六韜 龍韜
君主が願いを聞き入れたなら、将軍は退出します。以後、軍事については、君主の命令を聞
かず、すべて将軍の命令によって動くようになります。そして、敵と向かい合い、戦いを決す
るとき、このように雑念がなければ、上は天に制されることもなく、下は地に制されることも
なく、前線にいる敵軍に制されることもなく、銃後にいる君主に制されることもありません。
そういうわけで、智者は将軍のために策謀し、勇者は将軍のために奮闘し、気迫は天空をこ
え、速さは駿馬のようです。それで、軍隊が武力を行使せずとも、敵はおのずと降伏します。
こうして、外国に対しては戦争に勝ち、自国に対しては功績をあげ、軍人は過分の恩賞を与
えられ、人々は大いに喜び、将軍はとがめをうけません。そういうわけで、気象は正常に推移
し、穀物はすべて豊かに実り、国は安泰となります」
武王が言いました。
「すばらしいです」
六韜 龍韜
第二十二篇 将威
【解説】
将威とは、将軍には威厳がなくてはならないことを言っています。威厳があって畏怖すべき
こと、これを威厳と言います。人が将軍の威厳を恐れ、そうして守れば堅固ですし、そうして
戦えば勝利します。武王が「将軍にとっての威厳とは何か」について尋ねているので、このよ
うに命名されました。
【本文】
武王が尋ねました。
「将軍は、どうやって威厳を身につけ、どうやって聡明さを発揮し、どうやって禁令を守らせ
ればよいのでしょうか?」
太公望は答えました。
「将軍は、地位に高い者を罰することで威厳を確立でき、地位の低い者を賞することで聡明さ
を発揮でき、違反行為をした者にきちんと刑罰を適用することで禁令を守らせることができま
す。
そこで、一人を殺して全軍が恐れおののくなら、その一人を殺しますし、一人を賞して万人
が喜ぶなら、その一人を賞します。罰せられるのが地位の高い人であればあるほど、その効果
があがり、賞せられるのが地位の低い人であればあるほど、その効果があがります。重要な人
物を殺すことで、いくら上の人間でも罰せられることを示せますし、牛を飼ったり、馬を洗っ
たり、厩舎の管理をしたりする役人を賞することで、いくら下の人間でも賞されることを示せ
ます。上の人間でも罪過があれば例外なく罰せられ、下の人間でも功績があれば例外なく賞さ
れるようにすることで、将軍の威信が確立します」
六韜 龍韜
第二十三篇 励軍
【解説】
励軍とは、軍人を激励して前進させることです。武王は全軍が攻城時には先を争って城壁を
よじ登り、野戦時には先を争って敵陣に突き進むことを臨んだのですが、軍隊を激励しないこ
とには、そのようにできません。そのようなことが述べられているので「励軍」と命名されま
した。
【本文】
武王が尋ねました。
「わたしは、全軍の兵士たちが、城を攻めるときには先を争って城壁によじ登り、野で戦うと
きには先を争って敵に突進し、進軍停止を合図するドラの音を聞けば怒り、進軍開始を合図す
る太鼓の音を聞けば喜ぶようにさせたいのですけれど、どうすればよいでしょうか?」
太公望は答えました。
「将軍には、三つの勝てる要素があります」
武王が尋ねました。
「それらについて聞かせてください」
太公望は言いました。
「将軍は、厳寒の冬にも厚着をせず、兵士たちと寒さを共にし、猛暑の夏にもうちわを使わず、
兵士たちと暑さを共にし、大雨のときにも傘をささず、兵士たちと共にぬれるようにします。
これを『礼にかなった将軍』と言います。将軍でありながら身をもって礼にかなった行いをし
なければ、兵士の寒暑をわかりようがありません。
また、険阻なところに出て行ったり、足もとのわるい泥沼をあえて進んだりするとき、将軍
は一番に車や馬から降りて歩くようにします。これを『力のある将軍』と言います。将軍であ
りながら身をもって力を使わなければ、兵士の苦労をわかりようがありません。
さらに、全軍がおちつき、テントを張り終えてから、はじめて将軍は休みます。兵士たちの
食事が全員にゆきわたってから、はじめて将軍は食事をとります。全軍が火を使わないうちは、
将軍も火を使わないようにします。これを『私欲をおさえられる将軍』と言います。将軍とな
って、身をもって欲望をおさえられなければ、兵士の腹ぐあいをわかりようがありません。
将軍が兵士と寒暑、苦労、腹ぐあいを共にするので、全軍の兵士は太鼓の音を聞けば喜び、
ドラの音を聞けば怒り、城は高く、堀は深く、矢や石がふりそそいでも、兵士たちは先を争っ
て城壁をよじ登り、白兵戦が始まっても、兵士たちは先を争って敵に突進するのです。
兵士は、死ぬのが好きで傷つくのが楽しいわけではありません。将軍が兵士の苦労をよく知
っていて、兵士の苦労にきちんと目を向けているからです。(だからこそ、兵士たちは将軍のた
めに頑張るのです)」
六韜 龍韜
第二十四篇 陰符
【解説】
陰符とは、ひそかに主将の考えを割符を使って通知し、他人に知られないようにすることで
す。
【本文】
武王が尋ねました。
「兵を率いて他国に深く入り、全軍をとりまく状況がめまぐるしく変化し、有利になったり、
危険になったりをくりかえしているとき、将軍が遠近の連絡を緊密にし、内外の連携を強化す
るには、どのようにすればよいのですか?」
太公望は答えました。
「君主は、暗号となる割符を将軍とやりとりして、意思を疎通します。その暗号となる割符に
は、八種類があります。敵に圧勝したときには、一尺の長さの割符を用います。敵軍を破り、
敵将を殺したときには、九寸の長さの割符を用います。敵の城を陥落させ、敵の街を占領した
ときには、八寸の長さの割符を用います。敵を迎撃して遠くへ追いやったときには、七寸の長
さの割符を用います。全軍に警戒させて守りを固めさせるときには、六寸の長さの割符を用い
ます。食料の補給と兵員の増強を要請するときには、五寸の長さの割符を用います。敗北して
将軍が戦死したときには、四寸の長さの割符を用います。不利になって兵士を失ったときには、
三寸の長さの割符を用います。
いろいろと割符を配達するにあたり、配達が遅れた場合、もしくは内容がもれて知られた場
合、それを人に言った場合、それら遅らせた人、内容を知った人、それを言った人をすべて処
刑します。
以上、八つの割符は、君主と将軍がひそかに知っていることで、互いにこっそりと意思を通
じ合い、内外に知られないようにするためのわざです。敵がいくらすぐれた知性をもっていて
も、知ることができません」
武王は言いました。
「すばらしいです」
六韜 龍韜
第二十五篇 陰書
【解説】
陰書とは、ひそかに主将の言葉を通知して、他人に知られないようにすることです。
【本文】
武王が尋ねました。
「兵を率いて敵地に深く入り、君主と将軍が部隊を合わせ、臨機応変の作戦を展開し、奇策に
よってこちらを有利にしたいのですけれど、戦況がどたばたしていて、割符では十分な連絡が
とれず、また、互いに遠く離れていて、じかに話し合うこともできない場合、どうすればよい
のでしょうか?」
太公望は答えました。
「極秘の事項と重大な策略がいろいろとあるときには、秘密の手紙を用いるようにして、秘密
の割符は用いません。君主は手紙で将軍に指示を出し、将軍は手紙で君主に指示を請います。
手紙は、まず一つに集めたうえで切り離し、三つに分かれて送り出して一つにまとめて理解で
きるようにします。切り離すとは、手紙を三つに分けることです。三つに分かれて送り出して
一つにまとめて理解できるようにするとは、三人の使者にそれぞれ一通の手紙を持たせ、三つ
の手紙が集まらなければ内容が理解できないようにすることです。これを『秘密の手紙』と言
います。このようにすれば、敵がいくらすぐれた知性をもっていても、知ることができません」
武王が言いました。
「すばらしいです」
六韜 龍韜
第二十六篇 軍勢
【解説】
軍勢とは、軍隊を動かし、敵軍を撃破する勢いのことです。孫子は、「兵勢」を論じ、高い山
から転がり落ちる石で、その険しくて止まるところを知らないことに例えました。太公望は、
「軍勢」を論じ、雷鳴には耳をおおうことができず、雷光には目をふさぐことができないこと
で、その速くて防ぎようがないことに例えました。表現は違いますが内容は同じです。
【本文】
武王が尋ねました。
「敵を攻撃する方法は、どんなものでしょうか?」
太公望は答えました。
「軍隊のありようは、敵の動きに応じて決まり、その場に適した作戦は、戦局に応じて定まり、
奇策と正攻法の使い分けは、無限のパターンがあります。ですから、重要な事柄は、どうなる
かを先に語れませんし、用兵は、どうするかをあらかじめ言えません。
かりに戦争の推移についてなにか語ったとしても、その言葉は信じられるものではありませ
んし、軍隊の動向についてなにか言ったとしても、その見解は確かなものではありません。い
きなり進軍したり、にわかに撤退したりし、思いのままに動けて相手に左右されないのが、軍
隊というものです。
こちらの事情を敵に聞かれたら、必ず敵はこちらの動静を予測します。こちらの形勢を敵に
見られたら、必ず敵はこちらの長短を推測します。こちらの動静を敵に知られたら、必ず苦境
に立たされます。こちらの長短を敵に知られたら、必ず危機におちいります。
ですから、戦争のうまい人は、陰謀をめぐらして戦う前から勝ち、危機管理のうまい人は、
わざわいを未然に防ぎ、敵に勝てる人は、敵情を洞察して目立たないやり方で勝利をおさめま
す。つまり、最高の戦い方とは、戦わずして勝つことです。
ですから、実際に武力を行使して勝つようでは、よい将軍とは言えませんし、負けてから備
えを固めるようでは、すぐれた人物とは言えませんし、ふつうの人と同じような知謀しかない
ようでは、国を導ける参謀とは言えませんし、ふつうの人と同じような技術しかないようでは、
国を支える技師とは言えません。
戦争をするにあたっては、敵に必ず勝つことよりも大切なことはありません。軍隊を動かす
にあたっては、巧妙で秘密であることよりも大切なことはありません。行動を起こすにあたっ
ては、敵の不意をつくことよりも大切なことはありません。策謀をめぐらすにあたっては、敵
に知られないようにすることよりも大切なことはありません。
そもそも戦う前から勝っている者は、まず弱いふりをして、敵を油断させ、そのスキにワナ
をしかけ、それから戦います。ですから、ふつうの半分の兵力でふつうの二倍の成果をあげら
れるのです。
すぐれた人物は天地の動きに応じて行動するわけですが、その極意をだれも知りません。陰
陽の道に応じて、そのあらわれである四季のうつりかわりに従い、天地の伸縮を基準にします。
万物には生死がありますが、それらはすべて天地のありようによってそうなるようになってい
ます。(天地の動きとは、陰陽の道のことで、陰陽の道とは、天地の伸縮のことです。夏至には
六韜 龍韜
陰が生じて十月には陰気がたれこめ、冬至には陽が生じて四月には陽気が満ちあふれるわけで
すが、これが天地の動きです。陽気は上昇してのびのびし、陰気は下降してちぢこまり、こう
して天地は伸び縮みするわけですが、これが天地の伸縮です。春と夏には万物が生まれるわけ
ですが、これは陽気のありようで、秋や冬には万物が死ぬわけですが、これは陰気のありよう
です。以上のように陰陽が往来して天地の変化が形成されます)。
ですから、古人は『相手の強いところと弱いところがまだよく分かっていないのに戦いをし
かければ、いくら兵力が強大でも必ず敗北する。戦いのうまい者は、みだりに動かず、形勢が
有利と見れば進軍し、形勢が不利とみれば待機する』と言っているのです。
ですから、『恐れるな。ためらうな。軍隊を動かすにあたって最も害となるのは、ためらって
グズグズすることだ。全軍にとっての災難は、まったく疑心暗鬼になることから生じる』と言
われているのです。
軍隊を動かすのがうまい人は、有利と見れば、しっかりつかんで活用し、チャンスに出会え
ば、ためらわずに行動します。有利でなくなり、チャンスも終わってから動くようでは、かえ
って災禍にみまわれます。ですから、知恵のある人は、チャンスにのって有利な状況を見過ご
さず、うまい人は、いったん決めたらためらわずに行動するのです。
そういうわけで、雷鳴が鳴ったときに耳をふさぐ暇がないほど急激で、雷光が光ったときに
目をつぶる暇がないほど迅速で、怒涛のように進軍し、狂ったように戦います。この軍隊に出
会った者は壊滅し、この軍隊に近づいた者は滅亡します。だれもたちうちできません。
そもそも人が気づけなくても先に準備できるのは『神』ですし、人に見えなくても先に見抜
けられるのは『明』です。ですから、こういった神明の道をわきまえている人には、どんな敵
も歯向かえませんし、どんな国も対抗できません」
武王は言いました。
「すばらしいです」
六韜 龍韜
第二十七篇 奇兵
【解説】
奇兵とは、奇策を用いて勝利を収め、臨機応変に千変万化の作戦をくりだすことです。太公
望は、武王の質問に答えて、その方法について語りました。そういうわけで、このように命名
されました。
【解説】
武王が尋ねました。
「用兵の原則の要点とは、どんなものでしょうか?」
太公望は答えました。
「むかしの戦争のうまかった人は、天の上で戦ったのでもなければ、地の下で戦ったのでもあ
りません。勝敗はすべて用兵の巧妙さによって決まります。ですから、用兵を巧妙にできてい
る国は繁栄しますが、用兵を巧妙にできていない国は滅亡します。
そもそも戦場において、兵器を出し、兵隊を配置したとき、兵士に好き勝手させたり、隊列
を乱れさせたりするのは、相手をだますための方法です。
軍隊が必ず草木の生い茂った場所に布陣するのは、退却するときに有利になるようにする方
法です。
水が流れ、山間の谷になっている険阻なところにたてこもるのは、戦車の進撃をはばみ、騎
馬の進攻をふせぐ方法です。
せまくて山林になっているところに布陣するのは、少ない兵力で大軍を迎え撃つ方法です。
水がたまり、くぼみ、見えにくいところに布陣するのは、軍隊を隠す方法です。
だれの目にも見えるところにいて、軍隊がいることを隠そうとしないのは、決戦を挑む方法
です。
矢のようにすばやく動き、石弓のように勢いよく攻めるのは、敵の精巧な作戦を打破する方
法です。
伏兵をひそませ、奇襲部隊を配置し、遠くに本隊を布陣して敵を誘い出す計略は、敵軍を破
り、敵将を捕虜にする方法です。
自軍をばらばらにして、まとまりがないかのようにするのは、敵の円陣を撃破し、敵の方陣
を粉砕する方法です。
敵軍がパニックになっているところを襲うのは、一の力で十の敵を撃破する方法で、敵軍が
疲れて休んでいるところを襲うのは、十の力で百の敵を撃破する方法です。
奇抜で巧妙な技を用いて軍船や早舟を造るのは、深い湖をこえ、広い川を渡るための方法で
す。
大石弓などの飛び道具や大槍などの長い武器を使うのは、川をはさんで戦うための方法です。
陣地をあわただしく引き払い、斥候をあわただしく引き上げ、退却しているように見せかけ
るのは、相手をおびき出し、相手の城を陥落させ、相手の町を降伏させるための方法です。
太鼓を打ち鳴らして前進し、兵士にやかましく騒がせるのは、こちらがくりだそうとしてい
る奇策を隠すための方法です。
強い風や激しい雨に乗じて出撃するのは、敵の前軍を撃破し、敵の後軍を捕虜にするための
六韜 龍韜
方法です。
敵国の使者をよそおって敵地に潜入するのは、相手の補給路を断つための方法で、敵側にウ
ソの命令を流し、さらに自軍の兵士に敵軍と同じ軍服を着させるのは、敵軍の敗走に備えるた
めの方法です。
必ず大義名分をたててから戦争するのは、兵士と民衆の戦意を高め、そうして敵にうち勝つ
ための方法です。
出世や恩賞を約束することは、兵士にやる気を出させるための方法で、刑罰を使って厳しく
することは、兵士をなまけさせないための方法です。
ほめたり怒ったり、与えたり奪ったり、文徳を使ったり武威を使ったり、ゆったりしたり急
いだりするのは、全軍の心を一つにまとめ、臣下の力を一つに合わせるための方法です。(ほめ
たり怒ったりとは、人情の観点から言っています。ほめれば人は喜びますし、怒れば人は恐れ
ます。ほめるべきをほめ、怒るべきを怒るようにします。みだりにほめたり、怒ったりしては
いけません。与えたり奪ったりとは、爵位の観点から言っています。功績のあった者には爵位
を与え、罪過のあった者からは爵位を奪います。みだりに与えたり、奪ったりしてはいけませ
ん。文徳を使ったり武威を使ったりとは、政策の観点から言っています。文徳によって懐柔し、
武威によって威嚇します。寛大さと獰猛さをあわせもつようにします。ゆったりしたり急いだ
りとは、任務の観点から言っています。ゆったりやっていけば、疲れませんが、だらだらやっ
ていると、なまけ癖がつきます。急いでやっていれば、丁寧にできず、せかせかやっていると、
うまくいかなくなります。ゆったりさせて好きにさせることと、急がせてひきしめるようにす
ることを、適度にバランスよくやっていくことが大切です)。
高くて攻めにくいところに布陣するのは、敵の攻撃を警戒するための方法で、険阻な場所に
たてこもるのは、守りを固めるための方法で、山林がうっそうとしていて見えにくいところを
行軍するのは、こちらの動きを知られないようにするための方法で、堀を深くし、塀を高くし、
多くの食料を備蓄するのは、持久戦を行うための方法です。
ですから、『戦術について知らなければ、敵について語る資格はない。部隊を分けて別々に行
動させることについて知らなければ、奇策や奇襲について語る資格はない。治乱興亡のメカニ
ズムについて知らなければ、臨機応変のやり方について語る資格はない』と言われるのです。
ですから、『将軍にやさしさがなければ、全軍は将軍についていかない。将軍に勇敢さがなけ
れば、全軍は勢いがにぶる。将軍に知略がなければ、全軍に疑念がまんえんする。将軍に正確
な状況判断能力がなければ、全軍はピンチにおいこまれる。将軍に洞察力がなければ、全軍は
チャンスを失う。将軍に慎重さがなければ、全軍は守りがおろそかになる。将軍に強い力がな
ければ、全軍の将兵はだれもが仕事をなまけるようになる』と言われるのです。
ですから、将軍は人の生死をにぎっていて、軍隊が治まるも、乱れるも、すべては将軍しだ
いです。すぐれた将軍を得られたら、軍隊は強くなり、国は栄えますが、すぐれた将軍を得ら
れなければ、軍隊は弱くなり、国は滅びます」
武王は言いました。
「すばらしいです」
六韜 龍韜
第二十八篇 五音
【解説】
五音とは、宮・商・角・徴・羽の音階のことです。その発する音に従ってこれを制すること
もまた自軍の勝利に貢献します。
【本文】
武王が尋ねました。
「律管(音階を定める道具)を使って全軍の命運や勝敗を知ることができるでしょうか?」
太公望は答えました。
「王様の質問は、なかなか深遠で神妙なものです。そもそも音階には六呂と六律をあわせた十
二段階がありまして、その主たるものは宮・商・角・徴・羽の五音にまとめられます。この五
音が正調であり、永遠に変わらない五行に対応しています。その五行には相克の関係がありま
す。それを実戦に応用できます。
むかし、伏羲・神農・軒轅といった三人の名君がかわるがわる天下を治めていたとき、心を
むなしくして剛強な相手をおさえましたが、当時は政治の参考になる文献もなく、すべて五行
にもとづいていました。五行の道理こそは、天地自然の理法でありまして、暦をあらわす十干
と十二支も五行にもとづいておりまして、微妙のきわみです。この法則を実戦に応用しますと、
天気が晴れていて、暗雲も風雨もない日、夜中に軽装の騎馬隊をひそかに敵の陣地に向かわせ、
敵陣から九百歩ほど離れたところで、律管に耳をあててから、大声を出して敵を驚かせます。
すると、敵陣から聞こえてくる音や声が律管に響いてくるわけですが、角の音色が強ければ
白虎を用い、徴の音色が強ければ玄武を用い、商の音色が強ければ朱雀を用い、羽の音色が強
ければ勾金を用い、それ以外は宮であり、その音色のときには青龍を用います。これが五行を
戦闘に活用し、勝敗を予測するとういことです」
武王は言いました。
「すばらしいです」
太公望は話を続けました。
「これらの音色はなかなか判別しづらいものですが、他にも判別する方法があります」
武王は尋ねました。
「どうすれば判別できるのですか?」
太公望は言いました。
「敵が驚きあわてているとき、それに耳をすませ、太鼓のバチをたたく音が聞こえたら、それ
は角です。火の光が見えたら、それは徴です。刀や槍がガチャガチャとぶつかりあう音が聞こ
えたら、それは商です。人が呼び合う声が聞こえたら、それは羽です。ひっそりとしてなにも
聞こえなければ、それは宮です。これが五行に対応している五音を判別する方法です」
六韜 龍韜
第二十九編 兵徴
【解説】
兵徴とは、軍事にたずさわる者による勝敗のきざしのことです。凶となるか、吉となるか、
それを予見することについて、将軍たる者は知っておかねばなりません。ですから、武王はそ
れについて尋ねて、太公望はそれについて答えたのです。
【本文】
武王が尋ねました。
「わたしは、戦う前から敵の強弱を知り、勝敗を予見したいのだけれど、どうしたらよいでし
ょうか?」
太公望は答えました。
「勝ち負けのきざしは、まず精神にあらわれます。ただ賢明な将軍だけが、それを察知できま
す。勝ち負けは人の行動の結果ですから、勝ち負けのきざしを知るためには、きちんと敵の動
向をさぐり、その行動と言動のよしあし、そして敵兵の間で話題になっていることを詳しく知
ることが重要です。
全軍が喜びにあふれ、兵士が法を恐れ、将軍の命令をしっかり守り、相手の目的を撃破する
ことを互いに喜び、勇敢であることを互いに誇り、武威を誇示することを互いに尊んでいるな
ら、これはその軍隊が強い証拠です。
全軍の兵士がなにかとざわつき、兵士の心が一つにまとまっておらず、相手が強力であるこ
とを互いに恐れ、戦争をするのは不利だと互いに語り、互いに聞き耳をたてたり盗み見をした
りし、あやしげな話がやまず、うわさが互いに惑わし、法令が守られず、将軍が軽んじられて
いるなら、これはその軍隊が弱い証拠です。
全軍の行動や隊列がきちんとしており、布陣の仕方がしっかりしており、深い堀と高い柵で
守り、さらに暴風や豪雨が有利にはたらいており、全軍に事故もなく、旗を前につらねて、鐘
の音が清く澄みわたり、太鼓の音が強く響きわたっているなら、それはその軍隊が天佑神助を
得て、大いに勝利する証拠です。
隊列も陣形もしっかりしておらず、旗は乱れてふらつき、暴風や豪雨が不利にはたらき、兵
士はびくついて、気力は尽きてふるわず、軍馬はさわいで落ち着かず、戦車の車軸も折れたり
しており、鐘の音は濁って、たたいても清く響きわたらず、太鼓の音は湿って、うっても強く
響きわたらないなら、それはその軍隊が大敗する証拠です。
そもそも城を攻撃し、街を包囲するにあたり、城の気が灰のように元気がなければ、城を落
とせます。城の気が北に流れていれば、城を勝ち取れますし、城の気が西に流れていれば、城
を降伏させられます。(北と西は陰に属し、陰は死をつかさどっているので、陥落させて奪取で
きるのです)。城の気が南に流れていれば、城を落とせませんし、城の気が東に流れていれば、
城を攻められません。(南と東は陽に属し、陽は生をつかさどっているので、攻撃して撃破する
ことができないのです)。
城の気が出てまた城に戻るなら、城主は逃亡します。城の気が出て我が軍の上を覆うなら、
我が軍は病気に襲われます。城の気が高く昇って止まらないなら、戦争が長引きます。
およそ城を攻撃し、街を包囲するにあたり、十日を過ぎて、雨も降らず、雷も鳴らないなら、
六韜 龍韜
さっさと兵を引き揚げるようにします。城内に必ず優秀な参謀がいるからです。以上が、攻め
るべきときに攻め、攻めるべきでないときには待機することをわきまえるための方法です」
武王が言いました。
「すばらしいです」
六韜 龍韜
第三十篇 農器
【解説】
農器とは、農具を兵器に例えることです。天下が安定していれば、軍備はおざなりとなって
しまいます。太公望は、農具をそのまま兵器に転用し、農事をそのまま軍事に転用しました。
これもまた周王朝の農業のあり方を戦争に役立つようにする制度にもとづいています。
【本文】
武王が尋ねました。
「天下が安定し、国家もまた戦争をしていないときには、攻撃のための道具をそろえたり、守
備のための準備をととのえたりしなくてよいのでしょうか?」
太公望は答えました。
「攻めたり、守ったりする道具は、すべてふだんの生活や農耕に備わっています。たとえば、
牛馬にひかせるスキは、軍馬の進行を妨げる道具として使えます。
また、人を乗せる馬車や物を運ぶ牛車は、防壁や見張り台を作るのに使えます。
また、草を刈るためのクワや土をならすためにスキは、ヤリとして使えます。
また、ミノやカサは、身を守る防具として使えます。
また、土を耕すスキ、土を掘り起こすクワ、物を断つオノ、物を切るノコギリ、物をつくキ
ネとウスは、城を攻めるのに使えます。
また、牛や馬は、物資の輸送するのに使えます。犬は、見張りに使えます。成年女子の織る
布は、軍旗を作るのに使えます。成年男子の畑をならす作業は、城攻めに応用できます。
また、春の除草は、戦車や騎馬で戦うための準備になります。夏の整地は、歩兵で戦うため
の準備になります。秋の収穫は、薪や食料の用意に役立ちます。冬に倉庫を満杯にするのは、
堅く守る用意に役立ちます。
また、村落は五軒ごとにまとめられ、組織だてられていますが、それは兵法家が軍隊を組織
だてるのと同じです。村落には村長がいて、村人をまとめていますが、それは軍隊には将軍が
いて、兵士をまとめているのと同じです。村落には垣根がめぐらせられていて、他人が勝手に
入れないようにしていますが、それは部隊がきちんと分けられているのと同じです。穀物や飼
料を取り入れるのは、兵糧をたくわえるのと同じです。春と夏の二回、町を囲む城壁を補修し、
町を囲む堀をさらうのは、軍隊が防壁や掘割を作るのと同じ技術が用いられます。
ですから、戦争の手段は、すべてふだんの生活に備わっているのです。うまく国を治めてい
る人は、ふだんの生活がいざというときに役立つようにします。ですから、必ず人々に家畜を
飼わせ(必要なときに必要なだけの家畜を手に入れられるようにし)、原野を開墾させ(国の生
産力をアップし)、家をもたせ(すぐに人手を集められるようにし)、さらに成年の男子には一
定の畑を耕させ(農業が廃れないようにさせ)、成年の女子には一律に布を織らせ(工業が廃れ
ないようにさせ)るのです。以上が、富国強兵の方法です」
武王は言いました。
「すばらしいです