武経七書ー10ー六韜ー文韜 | 覚書き

覚書き

ブログの説明を入力します。

六韜 文韜
【解題】
『六韜』は、「文韜」「武韜」「龍韜」「虎韜」「豹韜」「犬韜」からなり、全部で六十篇です。「韜」
の意味は、「しまう」です。『漢書』「芸文志」には、「『周史』「六タウ」が六篇ある」とあり、
顔師は「これは今の『六韜』である。けだし天下を取るを言い、軍旅の事に及ぶ」と注してい
て、注に「『周史』は、恵襄の間にできた。ある人は顕王の時にできたと言っている」とありま
す。さらに「芸文志」には「太公望の著作は二百三十七篇あり、『謀』が八十一編、『言』が七
十一篇、『兵』が八十五編ある」とあり、その注には「太公望のオリジナルである。あるものは、
その後、太公望の兵法をやっている者が書き足したのである」とある。漢王朝が成立し、張良
と韓信が兵法をまとめ、孝成帝の時代、任宏が兵書を整理しましたが、そこには『六韜』の名
前は出てきません。いわゆる『六韜』は、唐の李靖が独り「張良が学んだのは『六韜』『三略』
である」と言っているだけです。どうして『六韜』『三略』は太公望の遺書と『周史』にもとづ
いて、黄石公が書き足したものでしょうか。「謀」と言い、「言」と言い、「兵」と言い、それら
はすべて『六韜』のなかに含まれています。どうして後の人が、要点と有用なところを抜粋し
て、六十篇にまとめる必要があったのでしょうか。今となっては、考えようがありません。し
ばらくは『六韜』の文章に沿って解説し、途中の写し間違いについては、すべて旧本にもとづ
いて正し、段落ごとに学ぶ人に分かりやすく説明していきます。
六韜 文韜
第一章 文韜
第一篇 文師
【解説】
文師とは、文王が渭水の南で呂尚(太公望)と出会い、ともに語り合って、そのまま馬車に
乗せて宮殿に招き、先生として迎えたことです。
【本文】
文王(姫昌)が狩りに行こうとしたとき、史編が占って言いました。
「渭水の北で狩りをすれば、大きな収穫があります。それは竜でもなければ、蛟でもなく、虎
でもなければ、熊でもありません。高い地位につくべき人物を得るというきざしが出ておりま
す。天が陛下の先生となるべき人物を遣わし、陛下を補佐させようということなのでしょう。
しかも、その人物による補佐は、お孫の代にまで及びます」
文王は言いました。
「前にも、そのようなきざしが出た例はあるのか?」
史編は答えました。
「わたくしの先祖の史疇が、その仕えておりました舜(古代の名君の一人)のために占いまし
たところ、皐陶という名臣を得たということがありましたが、今回のきざしも、そのときのき
ざしと同じです」
文王はそこで、三日間にわたり身を清めてから馬車に乗り、丁寧に馬を走らせて、渭水の北
で狩りをしました。すると、ゴザをしいて座り、釣りをしている太公望に出会いました。
文王は、馬車をおり、ねぎらいながら尋ねました。
「釣りを楽しんでおいでですか?」
太公望は答えました。
「りっぱな人物は、大志を実現することを楽しみ、ちっぽけな人間は、仕事に成功することを
楽しみますが、わたくしの釣りも、それに似たものがあります」
文王は尋ねました。
「どんなところが似ているのですか?」
太公望は答えました。
「釣りには、三つのはかりごとが含まれています。魚を釣るのにエサを使いますが、それは人
材を雇うのに給料を使うのに似ています。魚はおいしいエサにつられて命をなくしますが、そ
れは人材が高い給料を得るために命がけで働くのに似ています。魚は大きさによって使い方が
異なりますが、それは人材の才能に応じて与えられる役職が異なるのに似ています。そもそも
釣りは魚をとるためのものですが、そこには深い真実が含まれておりまして、いろいろと応用
がきくものなのです」
文王は尋ねました。
「願わくば、その真実とはいかなるものか、教えてもらえますまいか?」
太公望は答えました。
「水源が豊かで、水の流れがとどこおらなければ、魚がよく育ちます。これは真実です。根が
六韜 文韜
深くはっていれば、木がよく茂って、実をむすびます。これも真実です。言葉や行動は、すべ
て真実をきれいに飾るものです。えりすぐりの真実を語ることは、最高の行いです。今、わた
くしは、うやうやしく、はばかることなく語ろうと思いますが、陛下はこれをお許しください
ますか?」
文王は言いました。
「ただ徳のある人間だけが、よく他人の忠告を受け入れ、どんな真実を聞かされても嫌に思わ
ずにいられるものです。どうして許さないことがありましょうか」
太公望は言いました。
「釣り糸が細くて、エサがよく見えていれば、小魚が食いついてきます。釣り糸の太さが中く
らいで、エサがおいしければ、中くらいの魚が食いついてきます。釣り糸が太くて、エサがた
っぷり使われていれば、大きな魚が食いついてきます。
そもそも魚が釣り針につけられたエサに食いつくや、糸に引っ張られて逃げられないもので
すが、これと同じように、人も国家からの給料に食いつくや、君主に従わざるをえなくなって
去りづらくなります。
ですから、おいしいエサを使って魚を釣れば、魚を殺して食べられますし、地位や給料を使
って人を釣れば、人をとことんまで使えますし、家族を使って国を釣れば、国を我が物にでき
ますし、国を使って天下を釣れば、天下すべてを手中にできます。
ああ、勢力を張っているもの(暴君)は、必ず人々から見捨てられますし、陰徳を積んでい
るもの(名君)は、必ず遠くにまでよい評判が広がるものです。聖人の徳とは、なんと微妙な
ものでしょう。他人をひきつけ、他人から敬慕されてやみません。聖人の配慮とは、なんと愉
快なものでしょう。人々の心をおちつかせ、うまく人々の心をつかんで離さないようにします」
文王は尋ねました。
「うまく人々の心をつかんで離さないようにするには、どうすればよろしいのですかな?」
太公望は答えました。
「天下は、一人のものではなく、みんなのものです。天下の利をみんなで分け合うようにすれ
ば、天下を手に入れられますが、天下の利を独り占めにすれば、天下を失います。
天には時節があり、地には財貨がありますが、時節を人々と同じくし、財貨を人々と共にす
ること、これを『仁』と言います。仁を身につけている人に、天下はなびきます。
人々と共に悩み、共に喜び、同じことを好み、同じことを嫌うこと、これを『義』と言いま
す。義を身につけている人に、天下は従います。
およそ人は、死ぬことを嫌って生きることを喜び、徳を好んで利になびきますが、人々を生
かし利することのできることが、『道』です。道を身につけている人に、天下はなびきます」
文王は、あらためて頭を下げて言いました。
「まったく、そのとおりです。これこそ天の声、つつしんでお受け致します」
そして文王は、太公望を馬車に乗せて帰ると、先生として迎えました。
六韜 文韜
第二篇 盈虚
【解説】
盈虚とは、気化の盛衰や人事の得失が招く結果のことです。気化が盛んで人事が治まってい
れば栄えますが、気化が衰えていて人事が誤っていれば滅びます。
【本文】
文王が太公望に尋ねました。
「天下は、やわらぎ楽しんで広大ですが、栄えたり、衰えたり、治まったり、乱れたりします。
これは、どうしてそうなるのでしょうか? 君主には、すぐれた者もいれば、愚かな者もおり、
同じではないので、そのような違いが出るのですか? それとも、天の定めとして、そのよう
に変化するようになっているのですか?」
太公望は、答えました。
「君主が愚かですと、国は危うくなって国民は乱れます。君主がすぐれていますと、国は安泰
となって国民は治まります。幸福になるか、不幸になるかは、すべて君主の手腕にかかってお
ります。天の定めは関係ありません」
文王は言いました。
「むかしのすぐれた君主について、聞かせてもらえますか?」
太公望は、答えました。
「むかし、堯(古代の名君の一人)が天下を治めていましたが、その堯は『すぐれた君主』と
言えます」
文王は尋ねました。
「その政治は、どんなものだったのですか?」
太公望は、答えました。
「堯が天下を治めていたとき、①金銀財宝で飾り立てず、きらびやかな衣装を身に着けず、め
ずらしい物に目を向けず、道楽の品をコレクションしたりせず、みだらな音楽に耳を傾けず、
宮殿の塀や部屋の壁を美しく作らず、棟木や柱に豪華な彫刻をほどこさず、庭の手入れに力を
入れませんでした。②安い鹿の皮で作った服を着て冬の寒さをしのぎ、どこにでもあるような
布の服を身につけ、粗末なご飯を食べ、質素な汁物を飲みました。労役といった面倒によって
人民の生業を邪魔しませんでした。心のとらわれをなくし、気持ちをひきしめて、余計なこと
をしないようにしました。③誠実で法をきちんと守る役人は高い地位につけ、心が清くて人を
大切にする役人は高い給料を与えました。親を大切にして子どもをかわいがる人民は厚遇し、
勤勉に働く人民はねぎらいました。善人と悪人をえり分け、善人を表彰し、悪人をこらしめま
した。心を公正にし、節度を保ち、法律によって悪事を禁じました。嫌いな人でも功績があれ
ば必ず賞し、好きな人でも過失があれば必ず罰しました。④身寄りのない人を保護し、災難に
あった家を救済しました。
みずから質素な生活をし、人民から取り立てる税金を安くしたので、みんなは豊かに楽しく
生活できて、飢えに苦しんだり、寒さにこごえたりせずにすみました。だれもが堯を太陽や月
のように仰ぎ見ましたし、堯を実の父や母のように慕いました」
それを聞いて、文王は言いました。
































六韜 文韜
第三篇 国務
【解説】
国務とは、国を治めるにあたって最も大切なことです。文中にある「愛民の道」などが、こ
れにあたります。
【本文】
文王が、太公望に尋ねました。
「国のもっともなすべきことについて聞きたいのですが、君主が国民から慕われるようにし、
人々が安心して暮らせるようにするには、どうしたらよいのでしょう?」
太公望は答えました。
「国を治めるにあたり、もっともなすべきことは、人民を愛することにつきます」
文王は尋ねました。
「人民を愛するには、どうしたらよいのですか?」
太公望は答えました。
「利するようにして、害してはなりません。成功させるようにして、失敗させてはなりません。
生かすようにして、殺してはなりません。与えるようにして、奪ってはなりません。楽しませ
るようにして、苦しませてはなりません。喜ばせるようにして、怒らせてはなりません」
文王は尋ねました。
「どういうことか、教えてもらえますか?」
太公望は答えました。
「人民が仕事にあぶれないようにすれば、利することになります。農業が時期をあやまりなく
行われるようにすれば、成功させることになります。税金を安くすれば、与えることになりま
す。宮殿の造営をひかえて人民をこき使わないようにすれば、楽しませることになります。役
人が清廉潔白で人民を苦しめ乱すことがなければ、楽しませることになります。(生かすことに
ついて述べてないのは、恐らくとりのこしたのでしょう)。
人民が仕事にあぶれれば、害することになります。農業が時期をあやまって行われれば、失
敗させることになります。罪を犯していないのに罰すれば、殺すことになります。税金を高く
すれば、奪うことになります。宮殿をたくさん造営して民力を疲弊させれば、苦しませること
になります。役人がいじきたなくて人民を苦しめ乱すならば、怒らせることになります。
ですから、国を治めるのがうまい人は、親が子をかわいがるように、兄が弟をかわいがるよ
うに、親身になって人民を指導します。飢えに苦しみ、寒さに凍えている人を見れば、その人
のために心配します。疲労し、苦労している人を見れば、その人のために悲しみます。賞罰を
加えるときは、自分の身に加えるかのように加えます。税金を取るときは、自分の財産から取
るかのように取ります。これこそが、人民を恵み愛する方法です」
六韜 文韜
第四篇 大礼
【解説】
大礼とは、君臣の礼のことを言っています。文中に「大礼」の二字があることから命名され
ました。
【本文】
文王が太公望にたずねました。
「君主と臣下がとりおこなわれるべき礼儀作法とは、どんなものですか?」
太公望は答えました。
「君主は君臨すべきですし、臣下は服従すべきですが、君臨しても人民のことを無視するよう
になってはいけませんし、服従しても君主に言うべきは言わねばなりません。また、君主は手
落ちがないようにすべきですし、臣下はおちつくようにすべきですが、手落ちがないのは天で
すし、おちついているのは地です。天のようであったり、地のようであったりしてこそ、礼儀
作法の基本中の基本が確立します」
文王が尋ねました。
「君主のありようとは、いかなるものなのですか?」
太公望は答えました。
「ゆったりして冷静であり、やわらかでしっかりしており、ひろく恩恵をほどこし、さっぱり
した心をもち、公正を心がけ、偏りのない対応をします」
文王が尋ねました。
「君主は、進言に対して、どのような対応をすればいいのですか?」
太公望は答えました。
「進言を聞くにあたりましては、むやみに信じるのはいけませんし、まったく無視するのもい
けません。むやみに信じれば、ふりまわされてしまいますし、まったく無視すれば、本当のと
ころを聞けなくなります。高い山は、いくら見上げても、うかがい知れないものですし、深い
谷は、いくらのぞきこんでも、はかりしれないものです。(君主が進言を聞くときの態度は、こ
の高い山や深い谷のようなもので、臣下に君主がなにを考えているのか分からないようにしな
いといけません)。心のもつすぐれた知性は、正常であり、冷静であってこそ、最大限に発揮さ
れます。(知性が最大限に発揮されれば、臣下の進言のよしあしをきちんと判断できるようにな
ります)」
文王が尋ねました。
「君主のもつべきすぐれた判断力とは、いかなるものなのですか?」
太公望は答えました。
「耳はよく聞き分けられないといけませんし、目はよく見分けられないといけませんし、心は
よく知ることができないといけません。ひろく天下全体に耳を向けて聞けば、聞こえないこと
はありませんし、ひろく天下全体に目を向けて見れば、見えないものはありませんし、ひろく
天下全体に心を向けて考えれば、知ることのできないものはありません。この耳・目・心の三
つが、三輪車の車輪のように支え合えば、すぐれた判断力を失うことはありません」
六韜 文韜
第五章 明傅
【解説】
明傳とは、とても道理にかなった教えによって子孫をきちんと指導することです。文中に「明
傳」の二字があることから命名されました。
【本文】
文王は、病気でベッドにふせっていたとき、太公望を呼びよせました。そのとき、太子の発
(のちの武王)も、そばに控えていました。
文王は、ためいきをつきながら発に言いました。
「ああ、わたしは今にも病気で死ぬやもしれぬ。そこで、この周王朝の王位をおまえが継ぐこ
とになるわけだが、今から先生に最高の道について聞こうと思っている。おまえは、その教え
を子孫にまで伝えてほしい」
太公望は尋ねました。
「どのようなことを、お聞きになりたいのですか?」
文王は言いました。
「古来、聖人の道は、廃れることもあれば、栄えることもありました。どうしてそのようにな
るのか、聞かせてもらえますか?」
太公望は答えました。
「よいと分かっていながら実行せず、なまけること。やるべき時が来ていながら実行せず、た
めらうこと。まちがっていると気づきながら改めず、そのままにすること。これら三つのこと
が、聖人の道を廃れさせます。
やわらかであっておちついていられること。きちんとしていてしっかりしていられること。
強力だけど、ふだんは謙虚であれること。我慢するけど、いざというときには断行できること。
これら四つのことが、聖人の道を栄えさせます。
ですから、道義が欲望に勝てば、国は栄えますが、欲望が道義に勝てば、国は衰えますし、
しっかりした心が怠惰な心に勝てば、国はよくなりますが、怠惰な心がしっかりした心に勝て
ば、国は滅びます」
六韜 文韜
第六篇 六守
【解説】
六守とは、仁・義・忠・信・勇・謀の六つを用いて、守って失わないことです。文中に「六
守」の二字があることから命名されました。
【本文】
文王が尋ねました。
「およそ一国の君主となって人民を指導するにあたり、どんなことをすれば君主の地位と国民
の信望を失うことになるのですか?」
太公望は答えました。
「ともに国政をになう人物に対して慎重にならないからです。君主は『六つの守るべきことが
ら』と『三つの宝』をもち、それらに対して慎重であらねばなりません」
文王は尋ねました。
「その『六つの守りべきことがら』とは、なにですか?」
太公望は答えました。
「第一は仁です。(仁とは、心の根本にある完全なる徳です)。第二は義です。(義とは、物事を
正しくとり行うことです)。第三は忠です。(忠とは、まごころをつくすことです)。第四は信で
す。(信とは、いつわりのないことです)。第五は勇です。(勇とは、生死をともにすることです)。
第六は謀です。(謀とは、難問を処理する計略です)。以上の六つが、『六つの守るべきことがら』
です」
文王が尋ねました。
「そういった『六つの守るべきことがら』に見合った人物を慎重に選ぶには、どのようにすれ
ばいいのですか?」
太公望は答えました。
「①財物を与えて富ませてみて、好き勝手なことをしないかを観察し、②地位を与えて出世さ
せてみて、おごり高ぶらないかを観察し、③重大な任務を与えてみて、ふらふらしないかを観
察し、④なにか仕事を任せてみて、隠し事をしないかを観察し、⑤危ない目にあわせてみて、
恐れないかを観察し、⑥非常事態にどう対処すればよいかを尋ねてみて、ゆきづまらないかを
観察します。
そして、①富んでも好き勝手なことをしない人は、仁ですし、②出世してもおごり高ぶらな
い人は、義ですし、③重大な任務を与えられてもふらふらしない人は、忠です。④なにか仕事
を任せても隠し事をしない人は、信ですし、⑤危ない目にあっても恐れないのは、勇ですし、
⑥非常事態の対策について尋ねてもゆきづまらない人は、謀です。
さらに君主たる者は、『三つの宝』を他人まかせにしてはいけません。そのようなことをすれ
ば、君主としての権威を失います」
文王が尋ねました。
「その『三つの宝』とは、いかなるものですか?」
太公望は答えました。
「農民・職人・商人の三者を『三つの宝』と言います。農民がまとまって働けば、食料が不足
六韜 文韜
することはありませんし、職人がまとまって働けば、道具が不足することはありませんし、商
人がまとまって働けば、資本が不足することはありません。この『三つの宝』がそれぞれの仕
事に励むなら、人々は他の職種に気をとられることなく、地域を乱すことはありませんし、身
内を乱すこともありません。
臣下が君主よりも富むことはあってはなりませんし、首都が国家よりも栄えることはあって
はなりませんが、『六つの守りべきことがら』がふるえば、君主は繁栄しますし、『三つの宝』
がととのえば、国家は安泰です」
六韜 文韜
第七篇 守土
【解説】
守土とは、自国の領土を守り保つことです。文王が「守土」を尋ねているので、このように
命名されました。
【本文】
文王が尋ねました。
「我が国の領土を守るには、どのようにしたらよいのですか?」
太公望は答えました。
「一族の人間を冷たくあしらわず、天下の人々をほったらかしにせず、身近な人たちをかわい
がり、周辺の人たちを思いどおりにあやつるようにします。
君主は他人に政治権力を与えてはいけません。君主が他人に政治権力を与えれば、その権威
を失います。深い谷を掘ってさらに深くして、その土で高い丘を盛ってさらに高くするような
まねをしてはいけません。根本をないがしろにして、ささいなことにこだわるようなまねをし
てはいけません。
よく晴れたなら、必ず干すべきですし、刀を抜いたなら、必ず斬るべきですし、斧を手にし
たなら、必ず打ち倒すべきです。よく晴れたのに干さないのは、絶好の機会を失うことですし、
刀を抜いたのに斬らないのは、有利な状態を失うことですし、斧を手にしたのに悪者を打ち倒
さないのは、悪人をのさばらせて被害を大きくすることです。
ちょろちょろと流れる水も、そのまま放っておけば、いずれは大河となって、止めようがな
くなります。ちらちらと燃える火も、そのまま放っておけば、いずれは大火となって、どうし
ようもなくなります。芽が出ても、すぐに刈り取らなければ、いずれは斧を使わなければなら
なくなります。(なににつけチャンスを見逃してはなりませんし、なにごとも早目に手をうって
おかなければいけません)。
そういうわけで、君主は、みんなの生活を豊かにしようと努めます。豊かでなければ、人々
はやさしくなれないものですし(「衣食足りて礼節を知る」)、恵まれなければ、一族はまとまら
なくなるものです(「金の切れ目が縁の切れ目」)。一族に冷淡であれば、害を受けますし、天下
の人々から見捨てられれば、必ず破れます。他人に便利な道具を貸し与えてはいけません。他
人に便利な道具を貸し与えれば、他人のために害されて、自分自身が滅びる結果になります。
(君主が臣下に必要以上の強い権限を与えれば、いずれは臣下に君主の権力を奪われます)」
文王が尋ねました。
「仁義とは、そもそも何ですか?」(仁=やさしさ。義=ただしさ)
太公望は答えました。
「人々を大切にし、親類をまとめるのですが、人々を大切にすれば、国全体が仲良くなります
し、親類をまとめれば、一族が君主を好きになります。これが仁義の基本というものです。
他人に君主の権威を奪われてはなりません。人知をつくして天理に従うようにすべきですが、
天理に従う人間は徳によって引き立て、天理に逆らう人間は力によって打ち倒します。このこ
とを大切して疑わなければ、天下のだれもが心服します」
六韜 文韜
第八篇 守国
【解説】
守国とは、国家を守り保つ方法のことです。文王が「守国」を尋ねているので、このように
命名されました。
【本文】
文王が尋ねました。
「君主が国を守るには、どのようにすればよいのですか?」
太公望は答えました。
「とりあえず身を清めてください。それから、天地の変わらぬ道理、四季の移り変わる根拠、
すぐれた人物の行動の仕方、人情の機微について語りたいと思います」
それから七日間、身を清めてから、文王は太公望に丁寧に再び尋ねました。
太公望は言いました。
「天は四季を生み出して季節を作りあげます。地は万物を生み出して人間を養い育てます。天
下(地上)には人民がいて、すぐれた人物が君主となって彼らを導きます。
そこで、(四季と万物の関係を言うなら)春の道理としては万物を誕生させることで繁栄させ、
夏の道理としては万物を成長させることで完成させ、秋の道理としては万物を結実させること
で充満させ、冬の道理としては万物を保存させることで沈静させます。充満したら保存し、保
存したら再び発生させます。人々にはそのサイクルがどうして始まるのか分かりませんし、ど
うして終わるのか分かりません。すぐれた人物は、このサイクルを天地の変わらぬ道理として
見習います。
ですから、(天下には治乱のサイクルがあるわけですが)天下が治まっているときには、すぐ
れた人物は身を隠して英気を養い、天下が乱れているときには、すぐれた人物は姿をあらわし
て救世にあたりますが、すぐれた道理はこのようになっています。
すぐれた人物が天地の間にいるときは、その宝とするものはもちろん大きいものです(すな
わち人民を宝とします)。すぐれた人物がそのつねに変わらぬ道理にもとづいて政治を行えば、
人民は安心して暮らせます。(人民こそが国家の基礎なのでしょうか)そもそも人民が動いて、
きっかけをつくります。きっかけが動いて、利害がからんでくると争いが生じます。
このように争いが生じるので、こらしめるために軍や刑罰を用い、まとめるために徳や恩恵
を用いるわけですが、すぐれた人物がこのように争いごとの解決をはかり、争いをやめるよう
に真っ先に主張すると、天下はそれに従って仲良くなります。およそ物事は、ゆくとこまでゆ
けば、もとに戻ります。ですから、進んで闘争することもなければ、退いて妥協することもあ
りません(ほどよくできるように尽力します)。このような姿勢で国を守れば、天地ほどの輝か
しい成果をあげられます」
六韜 文韜
第九篇 上賢
【解説】
上賢とは、賢者を上位につけ、愚者を下位につけることです。文中に「上賢」の二字がある
ことから命名されました。
【本文】
文王が尋ねました。
「王たる者は、なにを敬い、なにを退け、なにを取りたて、なにを遠ざけ、なにを禁じ、なに
を止めるべきなのですか?」
太公望は答えました。
「賢者を敬い、できのわるい人間を退け、誠実な人を取りたて、ウソつきを遠ざけ、暴力を禁
じ、贅沢を止めるべきです。そこで、王たる者には『六つの賊』と『七つの害』がありまして、
それらについて知っていなければいけません」
文王は言いました。
「その道理について、聞かせてもらえますか?」
太公望は言いました。
「そもそも『六つの賊』というのは、第一に、大きな邸宅と庭園を作って、遊びにうつつをぬ
かす臣下です。そんな臣下がいれば、王の徳を傷つけます。
第二に、仕事もせずに遊侠をきどってつっぱり、法律を破り、役人に従わない人民です。そ
んな人民がいれば、王の教化を傷つけます。
第三に、徒党を組み、賢者や智者が任用されるのを妨害し、君主が物事を正しく判断できな
いようにする臣下です。そのような臣下がいれば、王の権力を傷つけます。
第四に、頑固で真面目ぶって勇み立ち、外国の諸侯と私的に交際し、自国の君主を重んじな
い名士です。そのような名士がいれば、君主の威厳を傷つけます。
第五に、君主によって与えられる爵位を軽んじ、役人の仕事をさげすみ、君主と共に困難に
立ち向かうことをバカにする臣下です。そのような臣下がいれば、功績をあげている臣下を傷
つけます。
第六に、貧しく弱い民衆から利益をしぼりとって苦しめている有力者です。そのような有力
者がいれば、庶民の生活を傷つけます。
次に『七つの害』とは、第一に、知略も権謀もないのに多い給料と高い地位を与えられ、そ
のため勇気にはやって軽々しく戦い、運よく勝てることを期待する人物です。王は、慎重にな
って、このような人物を将軍にしてはいけません。
第二に、評判はよいけれど実績はなく、口を開くたびに違ったことを言い、他人の善行を隠
したて、他人の悪行をあげつらい、世渡りのうまい人物です。王は、慎重になって、このよう
な人物を相談役にしてはいけません。
第三に、質素を装い、粗末な服を身につけ、目立ちたくないふりをしていながら実は有名に
なりたがっており、無欲なふりをしていながら実はもうけたがっている人物です。このような
人物は、偽善的な人物です。王は、慎重になって、このような人物を近づけてはいけません。
第四に、目立つかっこうをし、博識をひけらかし、現実離れした高度な議論をくりひろげ、
六韜 文韜
そうして自分をりっぱに見せかけ、自分は世間から離れて生活していながら、世間のことにつ
いて批判する人物です。このような人物は、腹黒い人物です。王は、慎重になって、このよう
な人物をかわいがってはいけません。
第五に、口先がうまく、うまく取り入って地位を手に入れ、思いきりがよく、必死に頑張っ
て報酬をむさぼり、崇高な理想よりも目先の利益のために行動し、君主を喜ばせるために現実
離れした高度な議論を説く人物です。王は、慎重になって、このような人物を採用してはいけ
ません。
第六に、建築物や生活用品に使われている木や金属に模様を彫刻し、精巧で華美な装飾をほ
どこすことに熱中して、ふだんの仕事にさしさわりが出ることです。王は、このようなことを
必ず禁じないといけません。
第七に、まじない、超能力、占い、呪術、不吉な予言などで善良な庶民をまどわすことです。
王は、このようなことを必ず止めないといけません。
そこで、①努力しない人民は、我が人民ではありませんし、②誠意のない名士は、我が名士
ではありませんし、③真心をこめて諫言しない臣下は、我が臣下ではありませんし、④不公平
で心がきたなくて人民を愛さない役人は、我が役人ではありませんし、⑤富国強兵と問題解決
を実現して、君主を安心させることができず、さらに臣下たちに正しい行いをさせ、各人の能
力や才能に見合った役職や地位を与え、賞罰を厳正にとり行い、民衆の生活が楽になるように
することのできない宰相は、我が宰相ではありません。
そもそも王の正しいあり方は、竜の首のようなもので、高いところにいて遠くまで見渡し、
物事の奥底まで見ぬいて進言の是非を正しく判断し、威厳ある姿を見せ、本当の気持ちを隠し、
高い天のようにきわまりなく、深い谷のように底知れないようにします。
そこで、怒るべきときに怒らなければ、あくどい臣下がのさばりますし、殺すべきときに殺
さなければ、世を乱す人間がはびこりますし、軍隊の形勢がふるわなければ、敵国が強大にな
ります」
文王は言いました。
「すばらしい」
六韜 文韜
第十篇 挙賢
【解説】
挙賢とは、賢明で才能ある人材を挙用することです。文王が「挙賢」を尋ねているので、こ
のように命名されました。
【本文】
文王が尋ねました。
「君主が賢者の登用に努めているのに、成果があがらず、世の乱れがひどくなって、危機にみ
まわれ、滅亡することになるのは、どうしてですか?」
太公望は答えました。
「賢者を登用しても使いこなせないのは、賢者を評判だけで判断して、その実力をきちんと調
べないからです」
文王が尋ねました。
「その失敗の原因は、どこにあるのですか?」
太公望は答えました。
「その失敗の原因は、君主がまわりのほめる人間を好んで登用して、本当の賢者を獲得しない
ことにあります」
文王が尋ねました。
「どういうことですか?」
太公望は答えました。
「君主が、まわりのほめる人間を賢者と考え、まわりのそしる人間を愚者と考えるなら、仲間
の多い人間が出世して、仲間の少ない人間は退けられます。このようであれば、腹黒い人間た
ちが手を組んで賢者の登用を妨害し、忠義の臣下は罪もないのに殺され、あくどい臣下は功績
をいつわって高い地位を君主からだまし取るようになります。かくして、世の乱れはひどくな
って、そのときには国家もまた危機にひんして滅亡せざるをえなくなります」
文王が尋ねました。
「賢者を登用するには、どうすればいいのですか?」
太公望は答えました。
「宰相と将軍が役割を分担して、それぞれ役職に応じて人を登用し、その人がその役職に見合
った実績をあげられているかを調べて、その人の能力を評価し、適材適所を徹底するようにす
れば、きちんと賢者を登用できるようになります」
六韜 文韜
第十一篇 賞罰
【解説】
賞罰とは、功績のある人を賞して罪過のある人を罰することです。文王が「賞罰」を尋ねて
いるので、このように命名されました。
【本文】
文王が尋ねました。
「賞は善をすすめるためのものですし、罰は悪をこらしめるためのものです。わたしは、一人
を賞して百人に善いことをさせ、一人を罰して多くの人たちに悪いことをさせないようにした
いのですが、どうすればできるでしょうか?」
太公望は答えました。
「おおよそ賞すべきは必ず賞し、罰すべきは必ず罰することが大切ですが、この信賞必罰を身
近に行えば、身近にいない人でも、おのずと悪いことをせず、善いことをするようになります。
そもそも誠実さは、天地を貫き、神明に通じるものでして、人を動かせないことはありません」
六韜 文韜
第十二篇 兵道
【解説】
兵道とは、用兵の方法のことです。武王が「兵道」を尋ねているので、このように命名され
ました。
【本文】
武王が尋ねました。
「用兵の正しい方法とは、いかなるものですか?」
太公望は答えました。
「およそ用兵の正しい方法とは、一つになることにすぎません。一つになっていれば、進むに
しろ、退くにしろ、無敵です。黄帝は『一つであることは、道理に通じ、神妙に近い』と言っ
ています。開戦するにはチャンスが必要ですし、攻撃するには勢いが必要ですし、戦勝するに
は優秀な君主が必要です。そこで、すぐれた王は、軍隊を凶器と考え、やむをえない場合にし
か用いません。
今、殷王朝の紂王は、太平になれて、国が滅亡することもありえることを知りませんし、快
楽におぼれて、身が破滅することもありえることを知りません。太平を享受できるのは、国が
滅亡しないように考えているからですし、快楽を享受できるのは、身が破滅しないように考え
ているからです。陛下は、こういった根本的なことを考えておられるので、さらに軍事につい
て心配される必要はございません」
武王が尋ねました。
「もし互いの軍隊がにらみあうことになり、むこうもこちらに進んで来られないし、こちらも
むこうに進んで行けないで、互いに守りを固めて様子をうかがっているとき、こちらから攻撃
をしかけて勝ちたいのですけれど、こちらに不利になってしまう場合、どうしたらよいのです
か?」
太公望は答えました。
「整然としているのに混乱しているように見せかけ、満腹なのに空腹なように見せかけ、精強
なのに虚弱なように見せかけます。合わさったり離れたりして統制がないように見せかけ、集
まったり散らばったりして規律がないように見せかけます。計画を知られないようにし、動向
を悟られないようにし、陣地の防壁や土塁を高くします。精鋭部隊を伏兵とし、こっそりと配
置につかせます。敵軍がこちらの備えについて正しく知ることができないようにし、敵がこち
らの西を攻略しようとしているときには、こちらは敵の東を襲撃するようにします」
武王が尋ねました。
「敵がこちらの実情を知り、こちらの作戦を分かっているときには、どのようにすればよいの
ですか?」
太公望は答えました。
「兵法のプロが勝利をおさめる方法としては、敵軍の動きを察知してすみやかに機先を制し、
すばやく敵の不意をつくようにします。(そのようにして相手に知られていることを逆手にとり、
相手の裏をかくなら、勝てます)」