武経七書ー10ー三略 | 覚書き

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三略

 

第一篇 上略
そもそも将軍として兵士をうまく率いるコツは、つとめて優秀な人材の心をつかみ、功
績のあった人に恩賞を与え、全軍において上下の心を一つにまとめることです。ですから、
全員と好みを同じにすれば、成功しないことはありませんし、全員と憎しみを同じにすれ
ば、慕われないことはありません。国が治まり、家庭が安泰なのは、すぐれた人物を任用
できているからです。国が滅び、家庭が崩壊するのは、すぐれた人物を任用できていない
からです。ですから、命ある者はすべて、自分の思いどおりになることを願っているもの
です。(部下の願望を見ぬき、それを実現してやるようにすることで、部下の心をつかむよ
うにします)。
『軍讖』に、こうあります。柔は剛をよく制し、弱は強をよく制します。柔は、徳(人か
ら慕われる要因)です。剛は、賊(人から憎まれる要因)です。弱者は、みんなから援助
されるものです。強者は、みんなから攻撃されるものです。(ですから、剛強にすぎるのは、
よくありません)。
柔和な態度を取るとよいときもあれば(柔)、力ずくで行う必要があるときもあり(剛)、
憐れみを誘うのが必要なときもあれば(弱)、強く出なければならないときもあります(強)。
この剛・柔・強・弱の四つを兼ね備え、臨機応変にうまく使い分けることが大切です。
およそ物事は、はっきりとしたかたちであらわれなければ、人はそれについて知りよう
がありません。天地の霊妙なはたらきは、万物とともにうつろいゆきます。それで将軍た
る者は、次から次へと陣形を変化させ、敵の強弱や長短に応じて戦い方を臨機応変に変え
ていきます。こちらから先に動いたりせず、敵の出方に応じて動くようにします。ですか
ら、国家の長命を考えて実現させ、天子の威光を助けて完成させ、天下を善導し、蛮族を
平定することができます。以上のように謀る人は、「帝王の師」となれます。
ですから、「人は、強さばかりを追い求め、細々とやっていくことがでいない」と言われ
ますが、もし細々とやっていければ、高望みすることもなくて、身の破滅をまねかずにす
みます。
聖人は、この態度をしっかり守り、チャンスを逃さずに物事をうまく処理します。この
方法は、広げれば天下にゆきわたるくらい万能で、小さくすれば杯におさまるくらい手軽
で、保管するための場所もとらず、守るための城もいりません。ただ胸に秘めておくだけ
で、敵国は屈服します。
『軍讖』に、こうあります。柔と剛をうまく使い分けるなら、その国は輝きを増し、弱と
強をうまく使い分けるなら、その国は勢いを増します。しかし、柔弱なだけなら、その国
は必ず侵略され、剛強なだけなら、その国は必ず滅亡します。
そもそも国を治める方法は、賢者と人民を頼りにし、賢者を腹心のようにあつく信じ、
人民を手足のようにうまく使うことです。そうすれば、政策にもれがなくなります。何を
するにしても、手足が協力し合うように、骨が支え合うように、無理なく事が運びます。
戦争をしている国がなすべきことは、人々の心を察して、時と場合に応じた政策をとり
おこなうことです。
危ぶんでいる人がいれば、安心させます。おびえている人がいれば、喜ばせます。逆ら
う人がいれば、もとどおり従わせます。ぬれぎぬを着せられた人がいれば、それを晴らし
てやります。
訴えてくる人がいれば、きちんと訴えを聞いてやります。身分の低い人がいれば、身分
をあげてやります。強暴な人がいれば、暴力をふるわないようにさせます。敵対する人が
いれば、やっつけます。
貪欲な人がいれば、豊かさを享受させてやります。望む人がいれば、部下として使って
やります。恐れて心がすくんでいる人がいれば、避難させてやります。謀略のうまい人が
いれば、側近にして画策させます。
根拠のない悪口を言う人がいれば、痛い目にあわせます。誹謗中傷する人がいれば、報
復します。背く人がいれば、本人ともども家をとりつぶします。横柄な人がいれば、ぎゃ
ふんと言わせます。
金持ちすぎる人がいれば、財産を減らします。帰順したがっている人がいれば、招き入
れます。服属したがっている人がいれば、住まわせます。降伏したがっている人がいれば、
許します。
堅固な土地を得たら、そこを守備します。険しく通りにくい土地を得たら、そこを封鎖
します。難攻不落の土地を得たら、そこに駐屯します。城を得たら、それを部下に与えま
す。領土を得たら、それを部下に分けます。財物を得たら、全員で分け合います。
敵が行動を起こそうとしているときは、こちらはチャンスをうかがいます。敵と近くで
向かい合っているときには、こちらは備えを整えます。敵が強力なときには、こちらは腰
を低くして相手をおごらせます。敵に余裕があるときには、こちらは敵を避けます。敵が
隆盛なときには、こちらは敵が衰えるのを待ちます。敵が粗暴なときには、こちらは敵を
懐柔します。敵が非道なときには、こちらは大義名分をたてます。敵が仲良くしているな
ら、こちらは敵を離間させます。
人の心理をうまく利用して行動を起こせば、敵の強さを弱められます。敵の強いところ
と弱いところをみきわめて奇襲をしかければ、敵軍を撃ち破れます。人々を惑わすデマが
流れてきたら、それが広まらないようにします。賢者を招き寄せるときには、四方に網を
はって、もれがないようにします。
戦利品を獲得したときには、分け合うべきで、独り占めしてはいけません。敵地を占領
し、駐屯するにしても、そこをただ守ってのんびりするだけではいけません。敵の城を陥
落させたら、すぐに動くべきで、そこに長いこといてはいけません。敵が新たに君主を立
てて新しい政府を樹立したなら、そこを攻撃して占領してはいけません。
国政を担うのは、君主個人で、成果を得るのは、臣下たちですが、どうして損得を気に
する必要があるでしょうか。相手は諸侯となりますが、君主は天子となり、全国の城を守
らせ、全国の臣下を働かせて、問題を部下に処理させます。
世間の君主は、祖先を大切にできますが、庶民を大切にできません。親類として最適な
のは祖先を大切にする人ですが、君主として最適なのは庶民を大切にする人です。
庶民を大切にするとは、産業を奨励して仕事を邪魔せず、税金を軽くして民力を高め、
徴用を減らして人民を疲れさせないようにすることです。そうすれば、国は豊かになって
家庭は円満になります。それから、人材を選んで採用し、地方の長官に任命します。
いわゆる人材とは、すぐれた人物のことです。ですから、「すぐれた人物を独占すれば、
敵国は窮する」と言われるのです。
すぐれた人物は、国家の根幹です。庶民は、国家の根本です。国家の根幹を獲得し、国
家の根本を収攬すれば、政治はうまくいって、うらまれることはありません。
そもそも兵を用いる要領は、礼遇して厚遇することにあります。礼遇すると、智謀の人
がやってきます。厚遇すると、義侠の人が命を投げ出します。ですから、賢者を雇うとき
には、けちらずに高い給料を与え、功績をあげた者には、すぐさま恩賞を与えます。そう
すれば、部下は力を合わせ、敵国は打ち破られます。
そもそも人材を任用する方法は、地位を与えて尊び、財貨を与えて富ませるなら、人材
はおのずと集まってきますし、礼儀によって接し、道義によって励ますなら、人材は命を
投げ出してくれます。
そもそも将軍は、必ず兵士たちと食事を同じにして、安危を共にするものです。そうし
てはじめて兵士たちは感激し、奮発して、敵は勝ちようがなくなります。ですから、兵士
たちは強くなり、それだけ敵は弱まります。
むかし、りっぱな将軍が軍隊を指揮していたとき、その将軍あてに、ある人から一樽の
酒が贈られました。将軍は、酒を一人で楽しんだりせず、それを川にそそぐと、兵士たち
と一緒にその川の水を飲みました。もちろん、たった一樽の酒が、川の水の味を変えるこ
とはできません。しかし、全軍の兵士が「この将軍のためになら死んでもかまわない」と
思ったのは、みんなと一緒に酒を楽しもうとした将軍の心に感動したからです。
『軍讖』に、こうあります。陣地に井戸が完成していなければ、将軍は「のどがかわいた」
と言って水を飲みたがってはいけません。陣地にテントを張り終わっていなければ、将軍
は「疲れた」と言って休みたがってはいけません。陣地での食事が準備できていなければ、
将軍は「腹が減った」と言って食べたがってはいけません。将軍は、冬で寒くても、一人
だけ暖かい服装をしてはいけなませんし、夏で暑くても、一人だけ涼しい服装をしてはい
けません。これが、将軍の礼儀というものです。
将軍が兵士と共に楽しみ、兵士と共に苦しむので、兵士は心を一つにして力をあわせ、
よく働いて疲れを知らないのです。ふだんからかわいがることで、もとより思いが一つに
合わさっているのです。ですから、「おこたることなく恩恵を与えていれば、一人のもとに
万人が集まる」と言われるのです。
『軍讖』に、こうあります。将軍が威厳を確立できるのは、号令が厳格だからです。戦っ
て完勝できるのは、軍政がきちんとしているからです。兵士が軽やかに戦えるのは、将軍
の命令に従うからです。ですから、将軍はいったん出した命令を容易に変えたりせず、罰
すべきは必ず罰して賞すべきは必ず賞し、それが天のように確実で、地のように適時であ
ってこそ、人を動かせますし、兵士が将軍の命令を聞いてこそ、敵国の国境をこえて進軍
できます。
そもそも全軍を統率し、威勢を保持するのは、将軍の手腕にかかっていますし、こちら
に勝利をもたらして、敵を破るのは、兵士の力量にかかっています。ですから、乱れた将
軍には軍隊を任せられませんし、命令に背く兵士は攻撃に使えません。敵と戦うのに乱れ
た将軍や命令に背く兵士を使えば、城を攻めても攻略できませんし、町を囲んでも制圧で
きません。城の攻略や町の制圧に成功しなければ、兵士の気力は疲弊します。兵士の気力
が疲弊すれば、将軍は上で孤立し、人々は下で離反します。この状態で守っても固く守れ
ませんし、この状態で戦っても敗走するだけです。これを「衰えた軍隊」と言います。
軍隊が衰えると、将軍の厳命が部下にきかれなくなります。将軍が厳命を徹底させられ
なければ、兵士は上官による処罰を軽くみて、だらしなくなります。兵士が処罰を軽くみ
れば、軍隊はまとまりがなくなり、乱雑になります。軍隊がまとまりのない状態になれば、
兵士の逃亡が多くなります。兵士が逃亡すれば、敵は有利になって、その機に乗じて行動
を起こします。敵が有利になれば、自軍が壊滅するのは必死です。
『軍讖』に、こうあります。すぐれた将軍による軍隊の統率はと言うと、思いやり深い心
をもって人を治めます。相手に恵みを与え、恩愛をほどこせば、兵士は日増しに強くなり、
そのときには突風のようにすばやく戦い、洪水のように激しく攻めるようになります。で
すから、その軍隊は、強力であり、無敵なのです。また、すぐれた将軍は、みずから率先
して行います。ですから、その将軍が率いる軍隊は、天下を震撼させるほどになります。
『軍讖』に、こうあります。軍隊を率いるにあたっては、賞することが表となり、罰する
ことが裏となります。賞罰が厳正に行われれば、将軍の厳命はしっかり守られます。役職
を与え、人を任用するにあたり、そのやり方がきちんとしていれば、兵士は服従します。
任用する人間がすべて賢明であって徳のある人物であれば、敵はふるえあがります。
『軍讖』に、こうあります。賢者の行くところ、その前に敵はいません。ですから、隊長
は、へりくだるべきで、いばってはいけません。将軍は、楽しませるべきで、心配させて
はいけません。謀略は、深遠であるべきで、頼りないものであってはいけません。
隊長がいばれば、部下は従いません。将軍が心配すれば、内外は不信になります。謀略
が頼りないものだと、敵国は勢いづきます。これで戦争をすれば、混乱を生じさせるだけ
です。
そもそも将軍は、国家の命運を握っています。将軍が味方を勝利へと導けるなら、国家
はおのずと安定します。
『軍讖』に、こうあります。将軍は、①清廉であり、②冷静であり、③公平であり、④端
正であり、⑤忠告を受け入れ、⑥訴訟をとり裁き、⑦人材を挙げ、⑧意見を尋ね、⑨国情
を知り、⑩地形を考え、⑪難所を知り、⑫軍権を掌握することができなければいけません。
ですから、こう言われるのです。賢人の知恵、聖人の考え、人民の意見、政府の意思、
治乱興亡の道理は、将軍が聞いて知っておかなければならないことです。将軍が、のどが
かわいて水が飲みたくてどうしようもないような感じで、人材を心から求めたなら、策士
がより集まってきます。
そもそも将軍が、①諫言を聞かないなら、すぐれた人物は散っていきますし、②献策を
無視するなら、知恵のある参謀は背を向けて去って行きますし、③善人も悪人も同等にあ
つかうなら、功績をあげた人は嫌気がさしますし、④独断専行するなら、部下は失敗をな
んでも将軍のせいにしますし、⑤自分の功績ばかり大きくとりあげるなら、部下はやる気
をなくしますし、⑥根拠のない悪口を信じるなら、部下の心は離れていきますし、⑦物欲
をほしいままにすれば、悪いことをする部下がのさばりますし、⑧女遊びにふけるなら、
部下は淫らになります。
将軍に、以上のうち、①一つあれば、兵士は服従しませんし、②二つあれば、軍規は乱
れますし、③三つあれば、部下は逃亡しますし、④四つあれば、わざわいが国にまで及び
ます。(八つ全部あれば、本人は死に、一家はつぶれ、国もまた破滅します。そこで、将軍
を任命するときは、慎重にせざるを得ません)。
『軍讖』に、こうあります。①将軍の策謀は、秘密にして外にもれないようにしなければ
いけません。②兵士の心は、一つにまとまってバラバラにならないようにしなければいけ
ません。③敵への攻撃は、すばやくやって遅れないようにしなければいけません。①将軍
の策謀が秘密であれば、相手に裏をかかれる心配がありません。②兵士の心が一つにまと
まっていれば、全軍が心から結束します。③攻撃がすばやければ、敵は防戦の準備をする
暇がありません。以上の三つのようにできていれば、作戦が失敗することはありません。
①将軍の策謀がもれると、軍隊の勢いがそがれます。②スパイが潜入していると、わざ
わいを除けません。③陣地に金目のものがあると、悪い人物が集まってきます。以上の三
つのようであれば、軍隊は必ず敗れ滅びます。
将軍に遠い先まで見通した思慮がなければ、知恵のある参謀もまたいなくなります。将
軍に勇敢さがなければ、兵士もまたおびえるようになります。将軍が軽率な行動をとれば、
軍隊全体に慎重さがなくなります。将軍が怒りをまわりにぶつければ、軍団全体がおどお
どします。
『軍讖』に、こうあります。思慮と勇気は、将軍が重視するものです。行動と怒りは、将
軍の使用するものです。この思慮・勇気・行動・怒りの四つについては、将軍はきちんと
わきまえていなければいけません。
『軍讖』に、こうあります。軍隊に資金がなければ、人材はこちらにやって来ませんし、
軍隊に褒賞がなければ、人材は敵に向かっていきません。(注:褒賞=功績にみあった恩賞
を与えること)。
『軍讖』に、こうあります。おいしいエサのもとには、必ずえものとなる魚がいるもので
すし、手厚い恩賞のもとには、必ず勇ましい人がいるものです。
ですから、礼遇によって人材は集まってきますし、褒賞によって人材は命を投げ出しま
す。礼遇で招き、褒賞を示すなら、欲しい人材が手に入ります。
ですから、礼遇をけちるなら、人材は離れていきますし、褒賞をけちるなら、人材は使
えません。礼遇と褒賞をおこたらなければ、人材はこぞって命を投げ出します。
『軍讖』に、こうあります。戦争を始めようとする国は、まず恩恵をほどこすように努め
ないといけません。敵の領土を攻め取ろうとする国は、まず人民の生活を向上させること
に努めないといけません。少数で敵に勝てるかどうかは、恩恵にかかっていますし、弱い
力で強い敵に勝てるかどうかは、人民にかかっています。
ですから、すぐれた将軍が兵士を養うときには、我が身のようにいたわるので、全軍の
将兵の心を一つにでき、そのときには完全な勝利をおさめられるのです。
『軍讖』に、こうあります。用兵の要領は、必ずまず敵情を明らかに知り、敵がどれだけ
の物資をもっているかを探り、敵が備蓄している食糧の程度を計算し、敵の強弱をはかり
知り、敵が天の時や地の利を得ているかを明らかに知り、敵のスキをうかがうことです。
ですから、国が戦争とい災難にかかわっているわけではないのに、食料を輸送している
のは、食糧が不足している証拠ですし、国民が青い顔をしているのは、国内が窮乏してい
る証拠ですし、千里もの遠くに食料を輸送するなら、兵士は飢えに苦しむことになります
し、急いで薪をかき集めて食事を作るなら、軍隊は十分な食事ができません。
そもそも、千里もの遠方に食料を輸送するなら、一年分の食料が不足しますし、二千里
もの遠方に食料を輸送するなら、二年分の食料が不足しますし、三千里もの遠方に食料を
輸送するなら、三年分の食料が不足します。食料が不足すれば、国内が窮乏します。国内
が窮乏すれば、国民もまた貧しくなります。国民が貧しくなれば、上下の仲が悪くなり、
国外からは敵に攻められ、国内では国民が盗みをはたらくようになります。これを「必ず
つぶれる国」と言います。
『軍讖』に、こうあります。上の者がひどいことをすると、下の者はとてもむごくなりま
す。税金の取り立てがひどく、刑罰が度をこしていると、国民は人道に反したことをし合
います。これを「滅びゆく国」と言います。
『軍讖』に、こうあります。貪欲なのに清廉ぶり、功績を偽って名誉を手に入れ、職権を
乱用して相手に便宜をはかってやることで個人的な恩をうり、上下の目をごまかし、外見
をつくろってよく見せかけてすました顔をし、以上のようにして高い地位を盗み取ること、
これを「どろぼうの始まり」と言います。
『軍讖』に、こうあります。役人たちが、それぞれ派閥を組み、おれぞれ親しい人間を推
薦し、自分たちにへつらう邪悪な人間を挙用し、自分たちにまつろわない優秀な人間を疎
んじ、公益を損なって私利をむさぼり、同じ地位にいる人間どうし足をひっぱりあうこと、
これを「乱れの原因」と言います。
『軍讖』に、こうあります。有力者が、集まって悪いことをし、無位無官のぶんざいでみ
ずから尊大にかまえ、多くの人を威圧し恐れさせる強い力をもち、有力者どうし互いに親
密に結びつき、有力者どうし互いに相手の便宜をはかりあい、公権を壟断し、庶民を軽蔑
し、国内が騒然としていても、それを君主に教えないこと、これを「乱れの根本」と言い
ます。
『軍讖』に、こうあります。先祖代々にわたって好き勝手なことをし、地方の役人に圧力
をかけてその権力を奪い、なにかにつけ役所に自分の便宜をはからせ、公文書を自分につ
ごうがいいように書きかえ、そうして自国の君主を危うくすること、これを「国賊」と言
います。
『軍讖』に、こうあります。役人が増長して国民が畏縮しており、上下の秩序が乱れ、強
い者が弱い者を圧倒しているのに、上の人間はそれを禁じる措置を講じず、その害がりっ
ぱな人にまで及ぶときには、国家もまたその害を受けます。
『軍讖』に、こうあります。善だと知りながら、それを取りたてて用いることをせず、悪
だと知りながら、それを退けて遠ざけることをせず、賢者が世に埋もれたままであり、で
きの悪い人間が責任ある地位についているときには、国もまたその害を受けます。
『軍讖』に、こうあります。根本がないがしろにされ、枝葉の部分が強大となり、公私を
問わず徒党を組んで勢力をはり、下の人間が上の人間をしのいでいるという状況が長く続
いていて悪化する一方なのに、乱れの原因となっている人間の首切りを、上の人がかわい
そうに思って行えないときには、国もまた衰退します。
『軍讖』に、こうあります。腹黒い役人が上にいるときには、全軍が不平不満を言います。
腹黒い役人は、①権威をかさに着て好き放題し、②あまのじゃくであり、③出処進退はで
たらめであり、④要領よくふるまって人から気に入られようとし、⑤自分の意見だけを通
そうとし、⑥なにかにつけ自分の功績を自慢していばり、⑦りっぱな人物を誹謗し、⑧と
りえのない平凡な人物を功績ある人物だと偽って推薦し、⑨善であれ、悪であれ、他人を
自分の価値観に合わさせようとし、⑩仕事をとどこおらせ、⑪上の命令を下に通さず、⑫
むごい政治をわざわざ行い、⑬これまでのやり方をむやみに変更します。君主は、このよ
うな腹黒い人物を採用するなら、災難が君主の身に及んできます。
『軍讖』に、こうあります。腹黒い人材は、①腹黒い人材どうし互いにほめあって、君主
の物事を見分ける能力を曇らせ、②口ぶりを合わせてほめたり、けなしたりすることで、
君主の物事を聞き分ける能力を鈍らせ、③それぞれが自分の利益ばかりを優先して、忠義
の部下を君主から遠ざけます。
ですから、君主は、①ひろく少数意見についても考察すれば、問題を事前に察知できま
すし、②賢者を招いて用いれば、腹黒い人材は姿を消しますし、③人生経験の豊かな老人
を任用すれば、万事うまくおさまりますし、④身を隠しているすぐれた人物を招いて用い
れば、すぐれた人物の実力を活用できますし、⑤貧しい庶民のことについても配慮すれば、
大きな治績をあげることができますし、⑥人望を失わないようにすれば、その徳が天下に
ひろくあふれます。
第二篇 中略
そもそも古代においては、三皇が君主となったとき、あれこれ指示しなくても、(人々の
性格が純朴だったので)教化は天下にゆきわたりました。ですから、人々は、だれのおか
げで天下が治まっているのか、分かりませんでした。(三皇=伏羲・神農・軒轅の三人の名
君)。
それから時代が下って、五帝の時代となると、五帝は、天の道を身につけ、大地の法則
にのっとり、人々を諭したり、人々に命じたりして、天下太平をもたらしました。(五帝=
少昊・○○・高辛・唐尭・虞舜の五人の名君)。そして、君主と臣下が互いに手柄を譲り合
って、教化が天下にゆきわたり、どうして天下が治まっているのか、そのことを万民が分
からないほど、自然と太平になりました。ですから、礼遇したり、褒賞したりしなくても
臣下は功績をあげ、公序良俗が保たれて乱れませんでした。
さらに時代が下って、三王の時代となると、三王は、人の道によって人々を善導し、人々
の心をつかみ、人々を心服させ、さらに法制を整備して有事に備え、諸侯を従わせて、王
の権威を確立しました。(三王=夏王朝の禹王・殷王朝の湯王・周王朝の文王と武王という
三つの王朝の名君)。そして、軍隊はありましたが戦争の心配はなく、君主は臣下を信頼し、
臣下は君主を信頼し、国家は安定し、君主は安心し、臣下の引き際はいさぎのよいもので
して、このときもまた公序良俗が保たれて乱れませんでした。
さらにまた時代が下って、覇者の時代になると、覇者は、権謀によって人材を動かし、
信頼によって人材をてなずけ、恩賞によって人材を使いました。そして、もし上からの信
頼が衰えれば人材もまた離れていき、上からの恩賞が少なくなれば人材もまた命令をきか
ないようになりました。
『軍勢』に、こうあります。開戦し出兵するにあたり、将軍は軍隊の全権を掌握しなけれ
ばいけません。進むにしろ、退くにしろ、現場にいない君主があれこれ口出しすれば、成
功はおぼつかなくなります。(『軍勢』とは、兵法家の形勢について論じた書物です)。
『軍勢』に、こうあります。知恵ある兵士を使い、勇気ある兵士を使い、貪欲な兵士を使
い、愚昧な兵士を使うわけですが、知恵ある兵士は功績をあげることを楽しく感じますし、
勇気ある兵士は目的を達成することを好みますし、貪欲な兵士は利益の追求に長じていま
すし、愚昧な兵士は死ぬことを気にしません。兵士それぞれの性格に応じて兵士を使い分
けることが、兵士をうまく使いこなすコツです。
『軍勢』に、こうあります。情報をもたらす人間が敵にとって有利な情報を流すことを許
してはいけません。兵士を惑わすことになります。やさしい人間に財務を任せてはいけま
せん。下の人に多く施すので財政が不足します。
『軍勢』に、こうあります。占い師の出入りを禁じ、役人や兵士のために勝敗を占わせて
はいけません。(これまたみんなを惑わす恐れがあります)。
『軍勢』に、こうあります。義侠心のある人は、金品では動かせません。ですから、義侠
心のある人は、ひどい人間のために働いたりしません。知恵のある人は、暗君のために策
を練ったりしません。
君主は、人徳がなければいけません。君主に人徳がなければ、臣下は君主に背きます。
また、君主は、威厳がなければいけません。君主に威厳がなければ、君主は権力を失いま
す。
臣下は、人徳がなければいけません。臣下に人徳がなければ、君主に仕えようがありま
せん。また、臣下は、威厳がなければいけません。臣下に威厳がなければ、国力が衰弱し
ます。
ですから、すぐれた君主は、天下を統治するにあたり、栄枯盛衰を研究し、利害得失を
計算して、うまい制度を作りました。それで、諸侯は二軍(二万五千人の軍隊)をもち、
領主は三軍(三万七千五百人の軍隊)をもち、天子は六軍(七万五千人の軍隊)をもつよ
うにしたのですが、すぐれた君主がいなくなり、世の中が乱れると、上の命令をきかずに
好き勝手なことをする人たちがあらわれ、王の力が弱まると、臣下たちが勝手に同盟して
争い合いました。
人徳が同等で、勢力が対等であれば、互いに勝負がつきません。そのときには、まずす
ぐれた人物の心をつかみ、人々と好き嫌いを共有します。そうしたら、次は臨機応変の方
法を用います。ですから、計略を使わなければ、困難を解消できませんし、奇策を使わな
ければ、害悪をなくせませんし、陰謀を使わなければ、成功できません。
聖人は天道を体現し、賢人は大地を手本とし、智者は古人を先生とします。(このときは
世も治まるので、なんの問題もありません)。
そういうわけで、この『三略』は、聖人や賢人や智者のいない乱世のために作られたの
です。「上略」は、礼遇や褒賞について述べ、腹黒い人物をとりあげ、成功失敗の仕組みを
明らかにしています。「中略」は、徳行をランクづけ、臨機応変の処置を究明しています。
「下略」は、道徳について述べつらね、治乱興亡の仕組みを究明し、賢者を害することの
愚かさを明らかにしています。
ですから、君主は、「上略」を深く理解すれば、賢者を任用し、敵将を捕虜にすることが
できますし、「中略」を深く理解すれば、将軍をうまく扱い、兵士や人々を統率することが
できますし、「下略」を深く理解すれば、盛衰の原因を明らかに知り、政治の要点を詳しく
分かることができます。
臣下は、「中略」を深く理解すれば、成果をあげて身を保つことができます。
そもそもエモノとなる鳥がいなくなれば、よい弓も不要となって倉庫にしまわれるよう
に、敵国が滅びてしまえば、すぐれた参謀も不要となって消されます。消されるとは、殺
されるということではなく、君主によって権力を奪われ、勢力をそがれることです。(こう
して、戦争中に臣下に与えていた軍隊に指揮権を回収します)。
すぐれた功績をあげた臣下を、政府の高官に任命することで、その功績をたたえ、国内
のよい領地を与えることで、その家族を富ませ、美女や宝物を贈ることで、その心を喜ば
せます。(このように臣下から軍事力をとりあげる見返りを与えることで、臣下が軍事力を
奪われても不満に思わないようにします)。
そもそも集団はいったん団結すれば、すぐに解散させるのは難しいものですし、権限は
いったん授与すれば、すぐに放棄させるのは難しいものでして、軍隊を帰還させ、兵隊を
解散させるときは、国家存亡の分かれ目となります。ですから、戦争で活躍した臣下の実
権を弱めるためには、高い地位を与えて軍隊の指揮権を回収し、戦争で活躍した臣下の実
権を奪うためには、よい領地を与えて戦略拠点から離すようにします。これを「覇者の謀
略」と言います。ですから、世間には覇者に対して悪いイメージがありますが、覇者の行
為がすべてまちがいだとは言えません。
国家を保ち、すぐれた人物をみつけて任用することこそが、「中略」に述べられている力
をもつコツです。ですから、力のある君主は、秘密にして他にもらさないのです。
第三篇 下略
そもそも人は、天下の危難を救えるなら、天下の安らぎを得られますし、天下の心配を
除けるなら、天下の楽しみを得られますし、天下の災難を救えるなら、天下の幸せを得ら
れます。
ですから、その恩恵を人民に及ぼせるなら、賢人がその人のもとで働くためにやってき
ますし、その恩恵を昆虫に及ぼせるなら、聖人がその人のもとで働くためにやってきます。
賢人がやってくると、その国は強くなりますし、聖人がやってくると、天下をまとめるこ
とができます。
賢人を招き寄せるには、こちらに人徳がなければいけませんし、聖人をひきつけるには、
こちらが道理にかなっていなければいけません。賢人が去れば、国は衰退しますし、聖人
が去れば、国は混乱します。衰退は、国難の始まりですし、混乱は、亡国のきざしです。
賢人の政治は、身をもって模範を示して人を治め、聖人の政治は、心をつかんで人を治
めます。身をもって模範を示して人を治めれば、出だしを好調にできますし、心をつかん
で人を治めれば、有終の美をかざれます。身をもって模範を示して人を治めるには、「礼」
を用いますし、人の心をつかんで人を治めるには、「楽」を用います。
いわゆる「楽」とは、ただ音楽を意味するのではありません。人が家庭にいることを楽
しく思い、人が親族とのつきあいを楽しく思い、人が仕事することを楽しく思い、人が故
郷に住むことを楽しく思い、人が政令に従うことを楽しく思い、人が道徳を大切にするこ
とを楽しく思うことです。このように君主というものは、楽しませて人々をほどよくし、
人の和を保たせるようにします。
ですから、徳のある君主は、「楽」によって人々を楽しませますが、徳のない君主は、「楽」
によって自分を楽しませます。人々を楽しませる者は、しばらくして栄えますが、自分を
楽しませる者は、しばらくして滅びます。
身近なことを放り捨て高遠なことを考えるなら、わずらわしくて成功しません。高遠な
ことを放り捨て身近なことを考えるなら、ゆとりがあって成果があがります。ゆとりある
政治は、りっぱな部下を多くしますが、わずらわしい政治は、庶民のうらみを多くします。
ですから、こう言われています。領土を広げることに努めるなら、国は乱れますが、人
徳を広めることに努めるなら、国は栄えます。自分の持ち物だけで満足するなら、国は安
らかですが、他人の持ち物まで奪い取ろうとするなら、国は滅びます。乱れて滅びて当然
の政治を行うなら、子々孫々にまで及ぶ災難にみまわれ、災禍をまねきます。いくら統治
機構が完備していても、結局は必ず崩壊します。
自分のことを棚にあげて他人に教えをたれるのは、道理にあっていません。自分を正し
くすることで他人に感化を及ぼすのは、道理にあっています。道理にあっていないのは、
世を乱れさせる原因ですが、道理にあっていないのは、世を治める要点です。
道・徳・仁・義・礼の五つは、一つのものです。道は、物事の正しいあり方で、人が実
践すべきものです。徳は、道を行って会得されるものです。仁は、愛のもとであり、両親
を大切にし、人民をかわいがり、万物をいたわることで、人から親しまれるもととなるも
のです。義は、なにかを行うとき、正しいやり方で行うことです。礼は、ほどよい作法、
きちんとしたきまりのことで、人が身につけて行うべきものです。これら五つのことがら
は、一つとして忘れてはならないものです。
ですから、朝早くから働き、夜遅くまで頑張ることは、礼の定めることですし、悪党を
討伐し、ひどい仕打ちへの仕返しをすることは、義による決断ですし、他人の不幸をあわ
れみいたむ心は、仁のあらわれですし、自分が身につけることで人望を得ることは、徳の
発展の過程ですし、人を公平にとりあつかい、各人に自分にふさわしいことをさせるのは、
道による感化です。
君主から臣下へと下されるものを「下命」と言います。下命を文書として書き記したも
のを「法令」と言います。上からの命令を実際に行うことを「政治」と言います。
下命がまちがったものだと、法令は行われません。法令が行わなければ、政治は成り立
ちません。政治が成り立たなければ、人の道にはずれた行いが横行します。人の道にはず
れた行いが横行すると、あくどい臣下が強くなります。あくどい臣下が強くなれば、君主
の威光が弱まります。
千里もの遠くから、賢者を迎える場合、その道のりはとても遠いものですが、愚者を来
させる場合、その道のりはさほど遠くありません。(賢者をみつけるのは困難ですが、愚者
をみつけるのは簡単です)。そういうわけで、賢明な君主は、簡単なほうを捨てて、困難な
ほうを選びます。ですから、十分な治績をあげられ、人を大切にするので、下の人は力を
つくして頑張るのです。
一つでも善を退ければ、あらゆる善が衰えますし、一つでも悪を賞すれば、あらゆる悪
が集まります。善が賞され、悪が罰せられるなら、国家は安泰となって、あらゆる善が集
まってきます。
あらゆる人々が政治に疑念をもてば、国はぐらつきますし、あらゆる人々が政治に困惑
すれば、国民は動揺します。人々の政治に対する疑念が解消され、人々の政治に対する困
惑が払拭されれば、国家は安定します。
一つでも法令が道理に反していれば、あらゆる法令が無視されるようになり、一つでも
悪い政治を行えば、あらゆる悪事が盛んに起こるようになります。ですから、善良な人に
賞を与え、凶悪な人に罰を加えるなら、法令がきちんと守られて、だれもうらみをもちま
せん。
為政者に「うらみ」を抱く人に対して、為政者が「うらみ」で答えること、これを「天
理に逆らう」と言います。為政者に「仕返し」をする人に対して、為政者が「仕返し」で
答えるなら、災禍が大きくなってどうしようもなくなります。人民を治めるコツは、人民
を公平にとりあつかうことです。きちんと公平にとりあつかい、心を清くして私欲を少し
もさしはさまないなら、人民はそれぞれ自分にふさわしい社会的地位につけて、天下は安
寧となります。
上の人に逆らう人が高い地位につき、貪欲で心の卑しい人が高い給料をもらうなら、す
ぐれた君主がいたとしても、天下をうまく治めることはできません。
上の人に逆らう人が刑によって処罰され、貪欲で心の卑しい人が法によって投獄される
なら、教化がゆきわたって、あらゆる悪が消えてなくなります。
清廉潔白な人は、高い地位や高い給料で獲得することができません。節義のある人は、
恐ろしい刑罰で脅すことができません。
ですから、賢明な君主は、すぐれた人物を招き寄せるにあたり、必ず相手をみてベスト
な方法を選んで招き寄せます。清廉潔白な人を招き寄せたいときには、礼節を修めますし、
節義のある人を招き寄せたいときには、道理を修めます。こうしてはじめてすぐれた人物
を招き寄せることができて、君主としての面目を保てます。
そもそも偉大な人物や立派な人物は、①どうして盛んになり、どうして衰えるのか、そ
の原因について分かっていますし、②どうして成功し、どうして失敗するのか、その理由
に通じていますし、③どうして治まり、どうして乱れるのか、その仕組みに詳しく、④正
しい出処進退の仕方について知っています。
そして、いくら生活に困っていても、滅びて当然の国の役人にはなりませんし、いくら
貧乏に苦しんでいても、乱れた国からは給料をもらいません。
名声を求めず道理を尊んでいる人は、活躍すべきときがきて行動を始めたなら、君主の
もとで頭角をあらわして大いに出世しますし、君主が自分と同じよい心がけをもっていれ
ば、めったにないような大きな功績をあげます。ですから、その足跡はりっぱなものであ
って、後世によい評判を残すのです。
すぐれた君主が戦争するのは、戦争が好きだからではなく、暴君を誅罰し、乱臣を討伐
するためです。
そもそも正義によって不正義を誅罰する場合、洪水によってロウソクの火を消すように、
深い谷に落ちかかっている人間をつきおとすように、たわいもなく勝てます。
すぐれた君主が、ゆったりあっさりして、積極的に戦おうとしないのは、戦えば人や物
をひどく傷つけるからです。そもそも軍隊は、不吉な道具であり、天道に反しています。
戦わざるを得ないので戦うのが天道です。
そもそも人に道が必要なのは、魚に水が必要で、水を得れば生き、水を失えば死ぬのと
同じです。ですから、りっぱな人は、つねに自戒して道をはずれないようにするのです。
強力な臣下が高い地位につけば、国威は弱まります。人を処罰する権限を強力な臣下が
手にすれば、国勢はつきます。強力な臣下が低い地位にいれば、国は保たれます。人を処
罰する権限を君主が手にすれば、国は安らぎます。国民の生活が窮乏すれば、国家は貧乏
になります。国民の生活が事足りれば、国家は安楽になります。
賢明な臣下が中枢にいれば、邪悪な臣下は遠ざけられます。しかし、邪悪な臣下が中枢
にいれば、賢明な臣下はやられてしまいます。こうした異常な事態になれば、子々孫々に
まで災禍や混乱にみまわれます。
高い地位にいる臣下が君主の心を疑うなら、あらゆる悪人が群れ集まってきます。高い
地位にいる臣下が君主をしのぐほどの尊厳をもつなら、上下ともに確かな判断力を失いま
す。君主が臣下のするようなことをするなら、上下の序列が乱れて秩序が壊れます。
賢者を害するなら、わざわいが孫の代まで及びます。賢者を用いないなら、自分自身が
害を受けます。賢者をねたむなら、自分の名誉を失います。賢者を引き立てるなら、幸福
が子孫にまで伝わっていきます。ですから、りっぱな人は、積極的に賢者を引き立てて、
よい評判があがるのです。
君主個人の利益のために多数の人々が害されるなら、国民は都市を離れて守ろうとしな
くなりますし、君主個人の利益のために無数の人々が害されるなら、国中が外国に逃げた
いと思うようになります。しかし、君主の献身によって多数の人々が利益をこうむるなら、
国民は君主の恩恵に感謝しますし、君主の献身によって無数の人々が利益をこうむるなら、
政治は乱れません。