武経七書ー1孫子 | 覚書き

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はじめに
こちらの資料では、『武経七書』を紹介しています。『武経七書』は、『孫
子』『呉子』『司馬法』『李衛公問対』『尉繚子』『三略』『六韜』の7つの
兵書の総称です。
北宋国の神宗皇帝は、外敵の脅威から国を守るために軍人に兵書を学ばせる
ことにしました。しかし、兵書はたくさんあって、はじめて学ぶ人は、どの兵
書から学びはじめればよいのか、迷うかもしれません。
そこで、元豊三年(1080年)、国子司業の朱服と武学博士の何去非に命
じて、はじめて兵書を学ぶ人がまず読むべき兵書を選ばせました。それが『武
経七書』です。(国子司業は、国の最高学府である国子監の教授のことです。
武学博士は、国の士官学校である武学の先生のことです。)
今回、その『武経七書』を明代の兵学者である劉寅の解説に従って翻訳しま
した。各兵書にある【解説】は、劉寅の解説です。
また、はじめて学ぶ人が手っ取り早く全体を把握できるように各兵書の図解
=まとめノートも付録しました。図解を見れば、『武経七書』の全容について、
だいたい分かると思います。
ちなみに、第二次世界大戦時、日本ではじめて特攻したと言われている有馬
正文中将は、戦場で先祖伝来の『武経七書』の和本をつねに携行していたそう
です。有馬中将は、特攻で若者を死なせることに反対で、特攻するならまず年
配者から先に死ぬべきだという持論をもっていました。というわけで、特攻を
止められなかった有馬中将は、最初に特攻したのです。
読兵書法~兵書の読み方
(明代の劉寅による『武経七書』の解説書『武経直解』に収録されている文章です。)
①兵書を読むにあたっては、お盆の中を玉が転がるように、心を自由自在にしなければい
けません。そこに一定の道理はありません。
②兵書を読むにあたっては、実地に使って理解を深めていかなければいけません。ただ兵
法を暗記するだけなのも、大きな間違いです。
③兵書を読むにあたっては、古来の名将の行動や事跡を具体的に学ぶことを通して兵法を
身につけるべきで、だれがこの方法を用いて勝ち、だれがこの方法を用いて敗れたかを分
けて悟れば、有益なものになるでしょう。
④兵書を読むにあたっては、自分は兵法のプロだと軽々しくうぬぼれてはいけません。軽々
しくうぬぼれれば、趙括のように兵法を原則どおり使用してしまい、かえって敵に裏をか
かれてしまうハメにおりいります。
⑤兵書を読むにあたっては、まず敵の強いところ、弱いところを見極められるようになり、
それから奇策や正攻法を使い分けられるようにするべきです。もし敵の強いところ、弱い
ところを見極められないのに、いくら奇策と正攻法をうまく使い分けられても、勝利をお
さめられません。
⑥兵書を読むにあたっては、臨機応変に対応することについて理解すべきです。原則にこ
だわって、臨機応変に対応できなければ、丹を刻んで剣を求めるようなもので、実際の役
には立ちません。
⑦兵書を読むにあたっては、韓信の背水の陣は成功したのに、高祖の背水の陣になるとど
うして失敗したのかについて理解するべきです。いろんな戦例について、このように考察
してこそ、はじめて有益なものとなります。
⑧兵書を読むにあたり、まだ読んでいないとき一計も思いつかず、すでに読んだ後もまた
同じであれば、これは読めたとは言えません。
⑨兵書を読むにあたっては、「相手の無防備なところを攻撃する」「相手の不意をつく」と
いう二句について、くわしく考えるようにします。もしこちらが無防備であれば、敵は必
ず攻めてきて、こちらの無防備に乗じてきます。敵が万全の備えをしていれば、こちらは
どうやって攻めていけばよいでしょうか。他の書物にも、「一つ一つの事柄について、備え
るようにする。備えあれば、憂いなし」とあります。用兵においては、言うまでもありま
せん。
⑩兵書は、異端の教えではありません。異端の教えとは、人民をだまし、人々をまどわす
教えです。兵書は、禍乱を鎮定するための方法であって、国を治める者は習わないわけに
はいきませんし、将軍たる者は学ばないわけにはいきません。
⑪兵書を読むにあたっては、「孫子や呉子が率いた権詐之兵」をわきまえ、「桓公や文公が
率いた節制之兵」をわきまえ、「湯王や武王が率いた仁義之兵」をわきまえることを知らね
ばなりません。将軍は、この三者について心に悟るように分かってこそ、良将となれます。
(※訳者注:権詐之兵=権謀術数や鬼謀奇策を用いる軍隊。節制之兵=きちんとした組織
だてられた軍隊。仁義之兵=道徳や正義のために戦争する軍隊)
⑫兵書を読むにあたっては、相手をまちがわせる方法がメインであることを知らねばなり
ません。「こちらがまちがえれば相手が勝つし、相手がまちがえればこちらが勝つ。古来よ
りまちがう人間は多いものである」とありますが、ここのところについては、よくよく注
意しなければいけません。
⑬兵書には、多くの大事なことが書いてあるのに、今の人は軽く読み流しています。敵の
実力をはかり、勝ちを制すべきなのですが、いざ実戦となると、まったくそれを分かって
いません。
⑭兵書の要点は、まったく「道」「天」「地」「将」「法」の五つにあります。湯王や武王で
さえも、これを難じないでしょう。孫子は、「道」について、ただ「人民を君主と同じ思い
にさせて、君主と生死をともにし、危険を恐れなくするもの」と言っているだけです。今
の人は、このことから「道」を軽く見ていますが、大を語れば載せられず、小を語れば破
れないものです。
⑮兵書を読むにあたり、やっと分かり、肌身にしみてきたときには、「道」を説くものです。
そうでないのに兵を知っているという者は、知ったかぶりをしているのです。
⑯兵書を読むにあたっては、「八陣」「六花陣」をいかにして用いればよいのかについて知
らなければいけません。根本を知りえて、はじめて陣法について学べたと言えます。この
ようにすれば、方陣でも勝ち、円陣でも勝ち、ぐねぐねしたところでも勝ち、ぎざぎざし
たところでも勝ちます。
読兵書法・終わり
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第一篇 始計――最初にはかり考えること
【解説】
始とは、「最初に」の意味です。計とは、「はかりごとをめぐらす」の意味です。これが
言っているのは、「国家が戦争を開始し、民衆を動員しようとする場合、君主と臣下は必ず
まず廟堂において慎重に計画し、自他の実力をはかり比べて勝てるか、負けるかを判断し
なければならない」ということです。ですから、孫子は「始計(最初にはかりごとをめぐ
らすこと)」を第一篇においたのです。
【本編】
孫子が言いました。
戦争は、国の一大事であって、戦争に行った人たちが生きて帰ってくるか、死んで戻っ
てくるかに関わってきますし、国家が残るか、滅びるかを決めるものです。戦争を始める
かどうかについては、よくよく考えて決めなければいけません。
ですから、戦争を始めるまえに、まず五事をととのえ、さらに七計によって自他の実力
を比較したうえで、勝てるか、負けるかをきちんと判断しなければいけません。
まず五事とは、①道(道徳)、②天(天の時)、③地(地の利)、④将(すぐれた将軍)、
⑤法(すぐれた制度)の五つです。
①道とは、国民の心を君主の心と一つにさせ、国民を「ともに死に、ともに生きよう」
という気持ちにさせ、危険があっても恐れなくさせるものです。(君主が道徳を尊ぶ名君で
あれば、国民は君主を慕い、君主に従います。君主が道徳を尊ばない暴君であれば、国民
は君主を嫌い、君主に逆らいます)。
②天とは、月日や寒暑など、自然のうつりかわりです。(月日がうつりかわるうちに成功
するチャンスがめぐってきますが、それを正しく使わなければ、失敗します。また、寒い
ときに戦えば兵士は凍傷にかかりますし、暑いときにときに戦えば兵士は病気にかかりま
す。このようなのは、天の時を得ているとは言えません)。
③地とは、遠いか、近いか、けわしいか、なだらかか、広いか、狭いか、危険か、安全
かといった地形のことです。(遠くにいるときには、ゆっくりしたほうがいいですし、近く
にいるときには、急いだほうがいいです。山岳地域など、けわしいところでは、歩兵を用
いたほうがいいですし、草原地帯など、なだらかなところでは、騎兵を用いたほうがいい
です。広いところでは、大軍を使ったほうがいいですし、狭いところでは、小隊を使った
ほうがいいです。攻めやすく守りにくい危険なところでは、戦ったほうがいいですし、攻
めにくく守りやすい安全なところでは、守ったほうがいいです)。
④将とは、知恵、信義、仁愛、勇気、威厳をもっていなければいけないものです。(知恵
があれば、よくはかりごとをめぐらせます。信義があれば、よく節操を守れます。仁愛が
あれば、よく下の者をいたわれます。勇気があれば、よく敵と戦えます。威厳があれば、
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よく人の上に立てます)。
⑤法とは、軍隊を部分けし、規律を厳正にし、役割を分担し、糧道を確保し、補給係を
監督し、軍需品を準備することを合法的に行うことです。(一説によると、「法とは、軍隊
の部分けがきっちりしており、役割の分担が正しくなされていて、それぞれにきちんと仕
事をさせて、もれがないとうにするもの」となっています)。
以上の五つは、将軍ならだれでも聞いたことのあることですが、これをきちんとわきま
えている者は勝ちますが、これを知らない者は勝ちません。ですから、七計を使って自他
の実力を比較して判断するのです。
①七計の第一は「君主は、どちらが道徳的であるか?」です。道徳を大切にするほうが
勝ち、道徳に反するほうは負けます。
②七計の第二は「将軍は、どちらがすぐれているか?」です。有能なほうが勝ち、有能
でないほうは負けます。
③七計の第三は「天の時、地の利は、どちらが得ているか?」です。天の時、地の利を
得ているほうが勝ち、天の時、地の利を失っているほうは負けます。
④七計の第四は「法令は、どちらがよく守られているか?」です。法令のしっかり行わ
れているほうが勝ち、法令がゆるがせにされているほうは負けます。
⑤七計の第五は「兵士は、どちらが強いか?」です。兵士の強いほうが勝ち、兵士の弱
いほうは負けます。
⑥七計の第六は「将校は、どちらが熟練しているか?」です。将校の戦いなれしている
ほうが勝ち、将校の戦いなれしていないほうは負けます。
⑦七計の第七は「賞罰は、どちらが厳正であるか?」です。賞罰のきちんとしているほ
うが勝ち、賞罰のでたらめなほうは負けます。
以上の七計を用いて、自他の実力を比べれば、どちらが勝利し、どちらが敗北するかが
わかります。将軍のなかで、この七計を採用する者は勝てるので留任しますが、この七計
を採用しない者は負けるので解任します。
こうして比較してみて、こちらが有利であり、そして将軍たちの賛同を得られたなら、
こちらの勢いを増す方法を用いて、実戦に役立てます。こちらの勢いを増す方法とは、こ
ちらに有利な点にもとづいて、臨機応変にはかりごとをめぐらすことです。
そもそも戦争とは、いかに相手をだますかにかかっています。以下の十四の項目は、そ
のための方法です。
①できるのに、できないふりをすること。
②その人を用いているのに、用いていないように見せかけること。
③近づいているのに、遠ざかっているように見せかけること。
④遠ざかっているのに、近づいているように見せかけること。
⑤ちょっとした利益をえさにして敵を誘い出し、やってきたところを撃ち破ること。
⑥策略をめぐらして敵軍を混乱させ、それに乗じて攻めこんで撃ち破ること。
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⑦敵の兵力が充実しているときには、敵が勝てない態勢をととのえて敵に備えること。
⑧敵の兵力が強大なときには、しばらく引きさがり、敵との戦いを避けること。
⑨敵将を怒らせて、その心を乱し、冷静な判断ができないようにすること。
⑩腰を低くし、たくさんの贈り物をすることで、相手をおごらせて油断させること。
⑪敵が元気なときには、策略をめぐらして敵を疲れさせること。
⑫敵側で上の者と下の者との仲がいい場合、策略をめぐらして両者の仲をさくこと。
⑬敵の備えが十分でないところを攻め、敵を撃ち破ること。
⑭敵の不意をついて襲撃し、敵をうち負かすこと。
以上が、兵法家の勝利を得る方法ですが、このうちどのような作戦をとるかは、あらか
じめ部下の将兵たちに伝えられないものです。(というのも、どのような作戦を使うのかが
敵にもれれば、せっかくの作戦がだいなしになりますし、また、戦い方は、状況の変化に
応じて臨機応変に変えていくもので、一つに定めておくことはできないからです)。
戦争を始める前に廟堂にこもり、そこで五事七計を用いて、自他の実力のほどをはかり
ます。その結果、こちらが優勢であれば勝算は高く、こちらが劣勢であれば勝算は低いと
いうことになります。勝算が高ければ勝ちますが、低ければ負けます。ましてや勝算がな
い場合、負けて当然です。この五事七計を用いることによって、自他の実力をみれば、戦
う前から勝ち負けがわかります。
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第二篇 作戦――戦いを始めること
【解説】
廟堂にこもり、実力の差を計算したうえで、勝ち目があれば、出兵して敵と戦います。
ですから、「作戦(戦いを起こすこと)」を第二篇としたのです。
【本編】
孫子が言いました。
およそ軍隊を使う原則としては、戦車千輌、補給車千台、兵士十万人というのが、基本
的な編成となります。(戦車一輌につき、歩兵七十五人、補給車一台がつき従います。さら
に補給車一台につき、人員二十五人がつき従います。ですから、戦車一輌につき、百名の
兵員がつき従うことになり、戦車千輌の場合、補給車は千台、兵員は十万人となります)。
遠征する場合、遠くまで食料を輸送し、内には国費をまかない、外には軍費をまかない、
外国との交渉を行い、資材を調達し、兵器を補充するために、一日に多額の費用がかかり
ます。こうまでしてはじめて十万人の軍隊を動かせます。
そこで戦争をする場合、すみやかに勝つことが必要となります。もし長びくことになれ
ば、こちらの兵士の勢いは日に日に弱まりますし、戦う気力も日に日に低下します。さら
に城を攻めれば、それだけこちらの戦力が減少します。また、激しい戦いをくり返せば、
国の財政も足りなくなります。
もし兵士の勢いを弱らせ、戦う気力を低下させ、戦力を減少させ、財政を不足させ、こ
うして我が軍の力をなえさせ、我が国の財産を使い果たしたなら、外国がこちらの疲弊に
乗じて攻めこんできて、いくら優秀な人材がいても、善後策を講じられなくなります。で
すから、戦争は、「へたくそでもすみやかに終わらせる」という話はありますが、「うまく
やって長びかせる」ということは見たこともないのです。
そもそも「外国で長いこと激しく戦って、国が得をした」ということは、これまでにあ
りません。ですから、軍隊を使うことによる害悪について知りつくしているのでなければ、
軍隊を使うことによるメリットを知りつくせません。
うまく軍隊を動かせる人は、一つの戦争のなかで、徴兵を二度もしませんし、国内から
の食料の輸送を三度もしません。兵器などは国内から輸送するにしても、食料は敵国のな
かで集めます。ですから、軍隊が必要とする食料が不足することはありません。
国が戦争をして貧しくなるのは、国内から遠くへ物資を輸送するからです。国内から遠
くへ物資を輸送すれば、国内の物資が欠乏して、国民が貧しくなります。さらに軍隊が駐
屯している地域では、軍隊が多くの物資を買いつけるので、物価が上がります。物価が高
くなれば、国民の出費がかさむので、国民が貧乏になります。国民が貧乏になれば、戦争
に対する負担に耐えられなくなります。こうして民力が弱まり、入ってくる税金が減って
国の財産が少なくなれば、国民の家からは財産がなくなり、国民の収入の七割が失われま
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す。また、戦争となると、貴族や高官たちも自費で出陣しなければならないわけですが、
そうなると車は壊れ、馬は弱り、甲冑、弓矢、槍、小盾、矛、大盾などが消耗され、これ
によって財産の六割が失われます。ですから、知恵のある将軍は、つとめて食料を敵から
奪うのです。敵から一を奪うことは、こちらにとって二十のプラスになります。
ですから、敵を殺せるのは、敵に対して怒りをいだいているからですし、敵から物を奪
えるのは、もうけたいからですが、敵の戦車隊と戦って、一番に十輌以上の戦車を戦利品
として捕獲できた者には、恩賞を与えるようにします。そして、捕獲した戦車は、自軍の
しるしをつけたうえで、こちらの戦車隊に組みこんで使います。さらに、捕虜にした兵士
は、手厚く保護して、こちらの味方に引き入れます。これが「敵に勝って、ますます強く
なる」ということです。
以上のように、戦争は損失が大きく、その損失を補うには大変な努力が必要となってく
るので、戦争するときには、すみやかに勝つことが尊ばれ、長びくことは尊ばれないので
す。ですから、こういった戦争による損失をわかっている将軍は、国民の命運をあずかり、
国家の安危をにぎっています。
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第三篇 謀攻――策謀を使って攻めること
【解説】
謀攻とは、策謀を用いて敵国に勝ち、策謀を用いて敵軍を倒すことです。第二篇では、
「戦争をするときには、へたくそでもすみやかに勝つことがよく、うまくても長びいて兵
士の勢いを弱らせ、戦う気力を低下させるのはよくない」ということが述べられました。
ここでは、「策謀を使って攻めるのは、よけいな損害を出さずに天下をとりたいのであり、
敵の国を荒廃させたり、敵の城を破壊したりしたいのではない」ということが述べられま
す。ここにも、古人の「戦争とは、やむおえない場合にのみ行うべきものだ」とする精神
があらわれています。
【本編】
孫子が言いました。
戦争の原則としては、次のようになっています。
①戦って敵国を降伏させるよりも、戦うことなく無傷のままで敵国を降伏させるほうが
上等です。
②戦って敵の軍団を降伏させるよりも、戦うことなく無傷のままで敵の軍団を降伏させ
るほうが上等です。
③戦って敵の旅団を降伏させるよりも、戦うことなく無傷のまま敵の旅団を降伏させる
ほうが上等です。
④戦って敵の大隊を降伏させるよりも、戦うことなく無傷のまま敵の大隊を降伏させる
ほうが上等です。
⑤戦って敵の小隊を降伏させるよりも、戦うことなく無傷のまま敵の小隊を降伏させる
ほうが上等です。
ですから、連戦連勝するのが最善ではありません。戦わずして勝つことが最善です。
それで、次のようにランクづけられます。
①敵の策謀をうち破るのが、最善です。
②敵の外交をうち破るのは、次善です。
③敵の軍隊をうち破るのは、三番目です。
④敵の城を攻めるのは、最悪です。
城を攻めると、こちらの被害が大きくなるので、やむをえない場合にのみにしか城を攻
めてはいけません。
城を攻める場合、敵の城からの激しい攻撃を防ぐ道具を準備し、敵の城を攻撃する兵器
を用意するのに、三ヶ月かかります。そして敵の城を包囲するための陣地を築くのに、さ
らに三ヶ月かかります。しかも、将軍が敵の城がなかなか陥落しないのにイライラして総
攻撃を命じ、兵士たちを城壁にむらがらせたならば、その三分の一が失われ、そのうえ城
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も陥落しないということになります。このように多くの時間がとられ、多くの犠牲がはら
われることになるわけですが、これが城を攻めることによって生じるデメリットです。
ですから、戦争のうまい人は、次のようにします。
①戦うことなく敵軍を降伏させます。
②攻めることなく敵の城を陥落させます。
③長びかせることなく敵国を敗北させます。
このように必ず血を流さずにすむ方法を用いて天下を争うので、兵士はくたびれません
し、利益はまっとうされます。これが策謀を用いて攻める原則です。
そこで軍隊を動かす原則としては、次のようになっています。
①こちらが敵軍の十倍の兵力であれば、敵軍を包囲し、逃げられないようにします。
②こちらが敵軍の五倍の兵力であれば、いきなり敵軍の前方にあらわれ驚かし、いきな
り敵軍の背後をふさぎ、いきなり敵軍の左から突撃し、いきなり敵軍の右から攻撃すると
いう戦法を用います。
③こちらが敵軍の二倍の兵力であれば、二手に分かれ、一隊は敵軍の前方を攻め、もう
一隊は敵軍の後方をついたり、一隊は敵軍の左から襲いかかり、もう一隊は敵軍の右から
一斉にしかけたりします。
④こちらが敵軍と同等の兵力であれば、臨機応変に奇襲や奇策をしかけたり、正攻法を
用いたりして戦い方に無限の変化を出し、敵をほんろうしながら戦います。
⑤こちらが敵軍よりも少ない兵力であれば、ぐっとこらえて、しばらく引きさがり、敵
のスキをうかがって敵が弱まったところで襲いかかり、一斉にしかけます。
⑥こちらが敵にとうていかなわない兵力であれば、うまく逃げて戦いを避け、そうして
チャンスを待ちます。
ですから、兵力が小さいくせに、それをわきまえず、引きさがったり、戦いを避けたり
できなくて、かたくなに敵と戦おうとすれば、兵力の大きな敵のえじきとなってしまうだ
けです。
そもそも将軍とは、国家の補佐役です。その補佐役の策謀がぬかりないもので、敵のは
かりしれないものであれば、国家はきっと栄えます。しかし、その策謀に少しでもぬけた
ところがあり、敵につけいるスキを与えれば、国家はきっと衰えます。
それで、君主は次の三つのことをすれば、軍隊を失敗させることになります。
①君主が進軍すべきでないことを知らないくせに進軍を命令したり、退却すべきでない
ことを知らないくせに退却を命令したりするなら、軍隊の活動を阻害します。
②君主が軍隊の現状について知らないくせに、将軍と同じように攻守について命令する
なら、兵士たちに疑念をいだかせ、よけいな混乱を生じさせることになります。
③君主が軍隊の戦法について知らないくせに、将軍と同じように作戦について指導する
なら、兵士たちを惑わせ、よけいな混乱を生じさせることになります。
このようにして全軍を疑わせ、惑わせるなら、敵はそのスキに乗じて攻めてきます。こ
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れを迎撃するのは、かなり難しいでしょう。これを「みずから軍隊を乱して、敵を勝たせ
る」と言います。
それで、次の五つの観点からみれば、勝利を予測できます。
①敵と戦えるか、戦えないかを正しく判断できるほうが勝ちます。
②大軍を用いるべきか、小軍を用いるべきかを的確に判断できるほうが勝ちます。
③上の者と下の者とが心を一つにしているほうが勝ちます。
④準備を万端にととのえ、相手がスキを見せるのを待つほうが勝ちます。
⑤将軍が有能で、君主が現場のことによけいな口出しをしないほうが勝ちます。
以上の五つは、勝利を予測する方法です。
それで、こう言われます。
①相手の長短を知り、こちらの強弱を知れば、いくら相手と戦っても危機にみまわれる
ことはない。
②相手の長短を知ることができなくても、こちらの強弱を知ることができれば、だいた
い半々の割合で勝ったり、負けたりすることになる。
③相手の長短を知らず、こちらの強弱を知らなければ、戦うたびごとに必ず敗北するこ
とになる。
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第四篇 軍形――軍隊の態勢をととのえること
【解説】
形とは、戦ったり、守ったりするときの態勢を言います。軍隊には決まった態勢はなく、
敵の動きに応じていろいろに変化して、いろいろな態勢をとります。ですから、ためた水
を深い谷底に流すように、強い勢いの出せる態勢をつくれるわけですが、それは強力では
かりしれないものですし、強大で防ぎきれないものです。
【本編】
孫子が言いました。
むかしの戦いのうまかった人は、まずこちらに敵の勝てない態勢を築き、そして敵がこ
ちらの勝ちやすい状態になるのを待ちました。こちらに敵の勝てない態勢を築くには、こ
ちらの努力が欠かせませんし、敵がこちらの勝ちやすい状態になるのは、敵が油断してこ
ちらのつけいるスキをみせるからです。
ですから、いくら戦いのうまい人でも、こちらに敵の勝てない状態を築くことはできま
す(こちらの備えを万全にすれば、これは実現できます)が、敵をこちらの勝ちやすい状
態にさせることはできません(敵がつけいるスキをみせなければ、これはどうしようもあ
りません)。
それで「勝利は、知ることができても、実現するのは難しい」と言われるのです。こち
らに勝てる態勢を築けば、勝てるであろうことは予測できますが、敵につけいるスキがな
ければ、実際に勝つことはできないものです。そこで①敵につけいるスキがなく、勝てそ
うにない場合は、しばらく守って、チャンスを待ちます。②敵がこちらの勝ちやすい状態
にあれば、奇襲攻撃をしかけて撃ち破ります。このように、守るのは、こちらの実力が足
りないからですし、攻めるのは、こちらの実力があり余っているからです。
守るのがうまい人は、まるで地の下に深くもぐっているかのように、こちらがどこにひ
そんでいるのか敵にわからなくさせますし、攻めるのがうまい人は、まるで天の上から勢
いよくふってくるかのように、敵にこちらの攻撃をさけようがなくさせます。このように、
守れば敵に攻めようがなくさせるので、みずからを保全できますし、攻めれば敵に守りよ
うがなくさせるので、完全な勝利をおさめられます。
しかし、こちらが勝てると見こんでも、だれもがこちらの勝ちをわかる程度のものなら、
それは最善ではありません。(だれもが、ただこちらが勝てることだけわかり、どうやった
らそのように勝てるのかをわからないようにするのがベストです)。
また、戦って勝っても、みんながこちらの戦い方を「うまい」と言ってほめるようなら、
それは最善ではありません。(みんなが、ただこちらが成功したことだけわかり、その裏に
隠された目に見えない努力をわからないようにするのがベストです)。
ですから、だれでも持てる軽いものを持ちあげても、力が強いとは言えませんし、だれ
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の目にも見える月や太陽を見ることができても、よく見分ける能力をもっているとは言え
ませんし、だれの耳にも聞こえる雷鳴を聞くことができても、よく聞き分ける能力をもっ
ているとは言えませんが、これと同じで、だれにもそれとわかる勝利は最善ではなく、だ
れにもわからない勝利が最善なのです。
むかしの戦いがうまいと言われる人は、勝ちやすい敵に勝ったものです。勝ちやすい敵
は、目立たないところに弱点をもっているので、実際に軍隊を用いずとも、その弱点をつ
けば、たやすく勝てます。そのため、その勝利は目立ちません。ですから、戦いのうまい
人が勝っても、それによって有名になることもなければ、その手柄をほめそやされること
もないのです。
衆人の目には見えないものを見ぬき、今はなんのきざしもなくても未来に必ず起きるで
あろうことを予測できるので、まちがいなく勝ちます。まちがいなく勝てるのは、負けて
当然の敵(目立たないけれども、どこかに弱点のある敵)と戦うからです。ですから、戦
いのうまい人は、こちらを負けない状態にして、敵に勝てるチャンスをのがしません。(こ
ちらを負けない状態にするには、法令をととのえ、賞罰をきちんとし、すぐれた兵器をと
りそろえ、士気を高めるなどします。また、敵に勝てるチャンスをのがさないとは、敵に
つけいるスキがあれば、すかさず攻めて撃ち破ることです)。
そういうわけで、勝てる軍隊は、まず必ず勝てる状態にしてから、敵と戦おうとします。
反対に負ける軍隊は、まず戦いを始めてから、運良く勝てることを求めます。
戦争のうまい人は、敵がこちらに勝てなくする方法を身につけ、敵がこちらに勝てなく
する原則を守るので、勝利をおさめることができ、敵の作戦をくじくことができます。ま
た、まず道徳を尊び、それによって人々を仲良くさせ、それから軍制を整え、それによっ
て人々をひきしめます。このように人々を恐れさせて、しかも人々をいたわるので、負け
て当然の敵に勝てるのです。
こちらに敵が勝てない態勢を築き、敵がこちらの勝てる状態になるのを待つ方法は、程
度をはかり、物量をはかり、規模をはかり、優劣をはかり、勝算をはかることにあります。
それは、次のようになっています。
①地形から程度が割り出されます。すなわち、戦場の地形に応じて、どの程度の陣地を
築くべきかが決まってきます。
②程度から物量が割り出されます。すなわち、築かれる陣地の程度に応じて、どれだけ
の数量の物資を投入すべきが決まってきます。
③物量から規模が割り出されます。すなわち、投入される物量に応じて、どれだけの規
模の軍隊を派遣すべきかが決まってきます。
④規模から優劣が割り出されます。すなわち、派遣される軍隊の規模に応じて、こちら
と敵では、どちらが優勢で、どちらが劣勢なのかが決まってきます。
⑤優劣から勝算が割り出されます。すなわち、自他の優劣がわかれば、こちらの勝算は
どれくらいであるのかが決まってきます。
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このようにするので、勝てる軍隊は、重いおもりを軽いおもりと比べるように優勢とな
りますが、負ける軍隊は、軽いおもりを重いおもりと比べるように劣勢となります。つま
り、はかり比べるまでもなく、よく準備しているほうが、よく準備してないほうよりも強
いということです。
それで勝てるほうは、たっぷりとためた水を、一気に深い谷の底へと流すような感じに
なるわけですが、これが理想的な態勢です。すなわち、目に見えないところで よく準備
をしているので、いざ戦いとなれば、強い勢いを発揮できるのです。
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第五篇 兵勢――軍隊を勢いづけること
【解説】
勢いとは、敵を撃ち破る勢いです。敵を撃ち破る勢いにのって、兵を奮い立たせ、敵を
攻め立てます。たとえば竹をわるような感じで、たとえば枯れた木をたおすような感じで、
その勢いはとどまるところを知りません。ですから、ここでは、丸い石を山の上から転が
すことを、その勢いが強くて、なにものも止められないことにたとえています。
【本編】
孫子が言いました。
大軍をあたかも小隊のようにすんなりとまとめられるのは、きちんと組織だっているか
らです。
大軍をあたかも小隊のように思いどおりに動かせるのは、命令を伝える手段がととのっ
ているからです。
全軍の兵士が敵の攻撃に屈することなく負けないのは、奇策と正攻法とをうまく使いこ
なせるからです。
卵に石を投げつけて割るように攻撃をしかけて容易に勝てるのは、こちらの充実した力
を使って敵の虚弱なところを攻めるからです。
およそ戦いにおいては、正攻法で敵にぶつかり、奇策で敵に勝つものです。ですから、
うまく奇策を使いこなせる人は、天地のようにきわまりがありませんし、大河や大海のよ
うにつきることがありませんし、昼夜のくりかえしのように終わってもまた始まりますし、
四季のうつりかわりのように死んでもまた生まれます。決してゆきづまることはありませ
ん。
音はもともと宮・商・角・徴・羽の五音にすぎませんが、それらを組み合わせることに
よって無限の音を出せます。色はもともと青・赤・黄・白・黒の五色にすぎませんが、そ
れらを組み合わせることによって無限の色を出せます。味はもともと辛・酸・鹹・苦・甘
の五味にすぎませんが、それらを組み合わせることによって無限の味を出せます。これと
同じように、奇策と正攻法も、組み合わせることによっていろいろな戦い方を無限に生み
出せます。
戦いの勢いは、奇策と正攻法によって決まります。そこで奇策と正攻法を使いこなす方
法については、ことごとく研究しないわけにはいきません。奇策から正攻法が生まれたり、
正攻法から奇策が生まれたりして、奇策と正攻法とが互いに生みあうわけですが、それは
輪のようにつながっていて、つきるところがありません。これをきわめられた人は、はた
してだれかいたでしょうか。
水はもともと柔軟なものですが、ときとして激流となり、巨大な岩をもおし流すことが
あるのは、勢いがそうさせるのです。また、ワシやタカなどの大きな鳥が、すばやく小鳥
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に襲いかかり、それをつかまえるのは、動きがそうさせるのです。
ですから、戦いのうまい人は、その勢いは強く、その動きは速いのです。勢いが強けれ
ば、敵は防ぎきれませんし、動きが速ければ、こちらは勝ちやすくなります。勢いは、弓
を思いきり引きしぼるような感じで、強さがないといけません。また、動きは、タイミン
グをみはからって矢をはなつような感じで、速さがないといけません。
ごちゃごちゃと戦闘が乱れても、軍隊が乱れないのは、きちんと組織だっているからで
す。また、ぐちゃぐちゃに陣形がくずれても、敵に敗れないのは、命令を伝える手段がと
とのっているからです。
乱は治より生じ、怯は勇より生じ、弱は強より生じます。本当は治まっているけれど、
乱れているように見せかけるのが、乱は治より生じるということです。本当は勇ましいけ
れど、怯えているように見せかけるのが、怯は勇より生じるということです。本当は強い
けれど、弱いように見せかけるのが、弱は強より生じるということです。
治まっているのに乱れているように見せかけられるのは、きちんと組織だっているから
です(方法:隊列や編成をととのえたり、役割を分担したりして、きちんと組織だてるこ
と)。勇ましいのに怯えているように見せかけられるのは、兵士に勢いがあるからです(方
法:精兵をかくし、鋭気をたくわえ、あえて軽々しく出撃しないようにすること)。強いの
に弱いように見せかけられるのは、軍隊の態勢がととのっているからです(方法:言葉を
丁寧にし、腰を低くし、利益をあえて相手と争わないようにすること)。
ですから、敵をこちらに都合のいいように動かせる人は、陽動を行うと敵がそれに従っ
て動きますし、エサをまくと敵がそれを取りに来ます。利益によって敵を誘い出し、こち
らは軍隊を配置して敵を待ち伏せるのです。
ですから、戦いのうまい人は、勢いを頼りにし、個人の活躍には期待しません。ですか
ら、各人の能力を正しく評価して、それぞれにふさわしい役割を与えてから、勢いに乗せ
ます。
勢いに乗せる人は、人を戦わせるにあたり、丸太や丸石をころがすようにします(つま
り、自然に勢いがつくようにします)。木や石のもともとの性質として、平地に置けば動き
ませんが、急坂に置けば動きますし、角ばっていれば動きませんが、まん丸ければ動きま
す。これらは自然にそうなるのです。兵士もこれと同じで、その置かれている状況に応じ
て、おのずと勢いがついたり、つかなかったりするものです。そこで、おのずと勢いがつ
く状況に兵士をおくようにします。
ですから、うまく人を戦わせる勢いは、高い山の上から丸石をころがしたときに生じる
勢いと同じように自然に生じるものであり、それがここで言う勢いです。
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第六篇 虚実――弱いところと強いところを正しく判断して対応すること
【解説】
虚実は、相手にも、こちらにも、ともにあるものです。こちらの力が虚弱であれば、守
ります。こちらの力が充実していれば、攻めます。敵の力が虚弱であれば、攻めます。敵
の力が充実していれば、備えます。将軍たる者は、こちらと敵の虚実がどうなっているか
を知って、それを戦うか、守るかを決める基準にしなければいけません。
【本編】
孫子が言いました。
先に戦場に着いて敵を待ちうけるほうは、楽です。しかし、後から戦場に着いて急いで
敵と戦うほうは、疲れます。ですから、戦いのうまい人は、相手をコントロールしても、
相手にコントロールされません。
敵のほうからやってくるようにさせられるのは、敵を利でつるからです。(参考:李牧は、
わざと負けて逃げるふりをすることで、匈奴をおびき出しましたし、楊素は、あえて戦車
を捨てることで、突厥を誘い出しました)。また、敵がやってこられないようにさせられる
のは、敵の大事なものを襲って敵をあわてさせるからです。(参考:斉国で軍師をしていた
孫 は、魏国に攻められた趙国を救援するにあたり、魏国の軍隊に包囲されている趙国の
首都の邯鄲には向かわず、そのまま魏国の首都の大梁を攻めました。これに驚いた魏国の
軍隊はあわてて大梁の救援に向かい、こうして邯鄲の包囲は解かれました)。
ですから、①敵が楽な状態にあるときには、策略を用いて敵を疲れさせますし、②敵が
食料に困っていないときには、策略を用いて敵を飢えさせますし、③敵が固く守って動か
ないときは、策略を用いて敵を動かせます。
さらに、敵が軍を進めていないところに攻めこみ、敵が思いもしないところに軍を進め
ます。遠くまで遠征しても疲れないのは、だれもいないところを進むからです。攻めて必
ず勝てるのは、敵が守っていないところを攻めるからです。守って必ず負けないのは、敵
が攻めてこないところを守るからです。
ですから、攻めるのがうまい人は、敵がどこを守ればいいのかわからなくさせますし、
守るのがうまい人は、敵がどこを攻めればいいのかわからなくさせます。攻守がうまけれ
ば、あまりにも微妙でこちらの動向は敵に見えませんし、あまりにも神妙でこちらの情報
は敵に聞こえません。ですから、敵の命運を左右することができます。
こちらが軍を進めたとき、それを敵が防ぎきれないのは、こちらが敵の弱いところをつ
くからです。こちらが退却したとき、それを敵が追撃しきれないのは、こちらがすばやく
て追いつけないからです。
ですから、こちらが戦いたいと思えば、いくら敵が守りを固めても、こちらと戦わざる
をえなくなるのは、こちらが敵の必ず救うところを攻めるからです。また、こちらが戦い
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たくないと思えば、大した守りをしていなくても、敵をこちらと戦えなくさせられるのは、
策略によって敵をはぐらかすからです。
そこで、相手をだまして、こちらは実情を知られないようにすれば、こちらは兵力を集
中でき、敵の兵力は分散されます。(敵の実情はこちらにとって明らかなので、こちらは兵
力を集中して敵にあたることができます。しかし、こちらの実情は敵にとって明らかでは
ないので、敵は兵力を分散してこちらの攻撃に備えなければなりません)。
敵の実情を明らかにすれば、こちらは集中して一つとなります。敵がこちらの実情をは
かりしることができなければ、複数に分散してこちらを防がなければなりません。これは
「こちらは敵の数倍の兵力で戦える」ということです。そうなれば、こちらの軍勢は大き
くなり、敵の軍勢は小さくなります。大きな兵力を使って小さな兵力を攻撃できれば、少
ない努力で大きな成果をあげられます。
そのためには、こちらがどこで攻撃するつもりなのか、敵にわからないようにします。
どこから攻められるかわからなければ、敵は軍隊を多数にわけ、あちこちに配置して、こ
ちらの攻撃に備えることになります。このように敵が軍隊を多数に分散すれば、こちらが
一度に戦う敵の兵力は小さくなります。
ですから、その前方を防備すれば、後方の兵力が必ず少なくなります。その後方を防備
すれば、前方の兵力が少なくなります。その左を防備すれば、右の兵力が必ず少なくなり
ます。その右を防備すれば、左の兵力が少なくなります。どこもかしこも防備しないとこ
ろがないようにすれば、そのどこの兵力も少なくなります。兵力が少なくなる理由は、軍
勢を分けて広い範囲にわたって備えるためです。兵力が多くなる理由は、軍勢を集中して
敵をこちらに備えさせるからです。
そこで、いつ戦うのかをわかり、どこで戦うのかをわかれば、それにむけて兵力を集中
できるので、遠いところでも敵と戦うことができます。しかし、いつ戦うのかをわからず、
どこで戦うのかをわからず、いきなり敵と遭遇するということになれば、左の部隊は右の
部隊を救えず、右の部隊は左の部隊を救えず、前方の部隊は後方の部隊を救えず、後方の
部隊は前方の部隊を救えません。ましてや遠く離れた部隊やちょっと離れた部隊を救える
はずがありません。
わたくしが考えますに、我が宿敵たる越国の兵は、多いと言っても、勝つための役には
立ちません。ですから、「勝利は作り出せる」と言われるのです。いつ、どこで戦うことに
なるのか、敵に予測できないようにさせれば、そのようにできます。敵兵がいくら多くて
も、敵にこちらと戦えないようにさせることができます。その兵力を分散させて、個々の
兵力をこちらよりも小さくするのです。
そのためにも、敵の実情を知り、こちらの実情を知られないようにする必要があるわけ
ですが、まず敵に実情を知るための方法として、次のようなものがあります。
①敵に対する戦略をねれば、どうすれば敵が成功し、どうすれば敵が失敗するのか、そ
のしくみがわかります。(成功するのは力が充実しているからで、失敗するのは力が虚弱だ
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からです)。
②敵に刺激を与えてみれば、どんなときに敵が行動し、どんなときに敵が待機するか、
そのパターンがわかります。(行動するのは力が充実しているからで、待機するのは力が虚
弱だからです)。
③敵を陽動すれば、どこで敵と戦うのが敵にとって有利で、どこで敵と戦うのが敵にと
って不利なのか、その地の利がわかります。(有利なのは力が充実するからで、不利なのは
敵の力が虚弱になるからです)。
④敵を試しに精兵を使って攻撃してみれば、敵はどこが優れていて、敵はどこが劣って
いるのか、その長短の位置がわかります。(優れているのは力が充実しているからで、劣っ
ているのは力が虚弱だからです)。
さらに、こちらの実情を知られないようにする方法についてですが、臨機応変に変化で
きる柔軟な態勢をとって、一定のかたちをとらないようにします。一定のかたちをとらな
ければ、いかに手馴れたスパイでも、つかみどころがなく、こちらのスキをうかがい知る
ことはできませんし、いくら知恵のある人でも、とらえどころがなく、こちらの作戦をは
かり知ることはできません。
敵の状況に応じて臨機応変に態勢を変えて味方に勝利をもたらすわけですが、味方には
それがわかりません。人々は、こちらが勝ったという事実はわかりますが、こちらがどう
やって勝ったのかについてはわかりません。ですから、このとき使った作戦は二度と使え
ず、作戦は敵の状態に応じて無限に変わっていくのです。
そもそも軍隊の態勢は、水のようなものです。水は高いところへは向かわず、低いとこ
ろへと向かいますが、それと同じように、軍隊も敵の力の充実したところへは向かわず、
敵の力の虚弱なところへと向かいます。また、水は地形に応じてかたちを変えることによ
ってスムーズに流れていきますが、それと同じように、軍隊も敵の状態に応じてかたちを
変えることによってスムーズに勝ちます。ですから、軍隊には一定の勢いがなく、水には
一定のかたちがないのです。
敵が充実しているか、虚弱であるかに応じて、奇策をくりだしたり、正攻法を用いたり
して戦い方をきわまりなく変化させ、そうして敵に勝つわけですが、こういったことがで
きるのを「神妙であって、はかり知れない」と言います。ですから、五行もつねに勝つと
いうことがなく(木は土に勝ち、火は金に勝ち、土は水に勝ち、金は木に勝ち、水は火に
勝ちます)、四季もつねに変わらないということがなく(春から夏になり、夏から秋になり、
秋から冬になり、冬から春になります)、太陽の出ている時間にも長短があり(夏至には太
陽の出ている時間は長くなり、冬至には太陽の出ている時間は短くなります)、月の大きさ
にも満ち欠けがある(新月に近づけば月は小さくなり、満月に近づけば月は大きくなりま
す)というように、軍隊の勢いも一定していないのです。
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