兵法百言ー術偏ー1 | 覚書き

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術篇(二十八字)―ノウハウを語る
 軍事を述べた書物は、道家の書物をおさめた書庫にあります。ですから、兵書
のなかには八卦、九宮、相生、相剋、さらには陰陽の気を呼吸する術、根源はか
らっぽではっきりしないといったことが多く語られているのです。たとえば『陰
符経』、たとえば『握奇経』、たとえば『管子』『孫子』『呉子』などがすべてそう
です。道理をつきつめると、いやおうなしに基本にたちかえります。それは本篇
にある「闢」「妄」「混」「回」「空」「無」「陰」「静」などに顕著に見られます。軍
隊は凶器であり、やむをえないときに動員し、どうしようもないときに応戦させ
ます。もし上は国家の恩に報いるのではなく、下は国民が安心して暮らせるよう
にするのではないなら、だれも凶器をもち、陰謀をめぐらして、人を殺して天地
の和を傷つけるようなことはしません。知恵は深くないといけませんし、原則は
細やかでないといけませんし、さらに道理は特にねんごろでなければいけません。
『易経』の戦争に関する話、『荀子』の軍事に関する論、黄帝や老子の剛柔に関す
る説、達磨太師がすごい技を訓練して武勇をきたえたこと、以上のことから判断
すると、儒家と道家や仏家は大きく違っていません。ですから、知恵と原則に始
まり、権謀術数に終わって、道徳に帰結し、「術篇」を作りました。ここに言う「術」
とは「法篇」に述べたことを巧妙にしたものです。
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(73)天―自然のめぐりあわせを読み解く
○解字
 太陽のまわりにあらわれる雲気の色を見て吉凶が分かること、これを「天」と
言います。
○原文
 強い風がびゅうびゅうと吹いているときには、突風をしっかりと防ぎます。多
くの星がすべて動いているときは、まちがいなく雨が降ります。雲や霧がかかる
ときは、伏兵が奇襲してくる恐れがあります。強い風が吹き、激しい雨が降り、
盛んに雷が鳴っているときは、急いで強力な弓矢を用意して、敵の突撃をしっか
りと防ぎます。
 活用するのがうまい人は、チャンスがないのに、つけこんだりしません。防ぐ
のがうまい人は、変わりがないのに、対処したりしません。
 自然のめぐりあわせは、人が好きにできるものではありません。ただ智者が自
然のめぐりあわせを活用して勝利できるにすぎません。どうして「何かの起こる
きざし」をほかに探る必要があるでしょか。
○意味の解釈
 農夫は天気を分かっています。船乗りは季節風を知っています。何か本を読ん
で、あらためて判断する必要はありません。やっている仕事に習熟し、いつも言
われていることから事実を明らかにし、目で観察して心で理解することで、あい
まいなことをおのずとはっきりさせられます。
 ましてや智者は、陰陽五行の奥義に達し、見たり聞いたり嗅いだり味わったり
して知ったすべてをまとめあげ、昼夜や天文に関する書物に広く通じ、未来を計
算して徴候を観察する学問に習熟しています。ですから、よいことの起きる前兆
と悪いことの起きる前兆は、ぱっと見ただけで分かり、禍福と吉凶は、黙ったま
まで知り尽くします。
 自然のめぐりあわせによって生じる運のよしあしと人間社会の動きは、思った
とおりになることは少ないものです。
 それで、自然のめぐりあわせを知る人は賢者となり、自然のめぐりあわせに従
う人は智者となり、自然のめぐりあわせを活用して勝利をもたらす人は神様のよ
うな人となります。
○引証
 風の戦いと言えば、たとえば黄蓋です。雨の戦いと言えば、たとえば戚継光で
す。雪の戦いと言えば、たとえば李愬です。雷の戦いと言えば、たとえば昆陽で
の光武帝です。霧の戦いと言えば、たとえば?鹿での黄帝です。夜の戦いと言えば、
たとえば傅修期です。
 野原を焼いたり、こっそり進んだりし、あちらこちらで火があがり、すばやく
行ったり来たりして、敵軍を驚かせて散乱させます。この戦い方は、闇夜にやっ
てこそ勝てるもので、最高に精妙なものです。
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 ですから、明暗や風雨は天にかかっていますし、難易や広狭は地にかかってい
ますし、分合や進退は人にかかっています。
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(74)数―運命
○解字
 人を天命に従わせること、これを「数」と言います。
○原文
 用兵では計略が大切です。どうして運命を言う必要があるでしょうか。それに
運命など、もともとありません。風が吹き、雨が降るのは、自然現象として、お
のずとそうなるようになっているからです。水が凍り、流れが止まるのも、自然
現象として、たまたまそうなっているにすぎません。ましてや勝っても次には負
けに転じたり、負けても次には勝ちを取り戻したりすることについては、なおさ
らです。
 人が計画していないのにいきなり助かったり、敵がしかけられていないのにた
ちまち間違ったり、思いもしないことでときたまチャンスがめぐってきたりする
ことがあります。それはすべて人が運命を作っているのであり、運命が人を左右
しているのではありません。運命は人の行動によって変わります。天命はどこに
も関わりようがありません。
 自分のできるかぎりのことをすることが、まさに「魔よけ」の道具となります。
○意味の解説
 道理と正義のある人は、運命を言いません。忠節と勇気のある人は、運命を問
いません。すさまじく勢いのある人は、運命を信じません。運命にまかせる人は、
英雄ではありません。
 全力をつくして行うべきことを行い、やり残しもないし、心残りもないように
し、目先の仕事をなしとげ、永遠の名誉を競います。こうだからこそ、人は天命
に必ず勝つのです。
○引証
 春秋時代、大風が吹き、隕石が落ちたとき、宋国の君主である襄公は、むだに
吉凶を占いました。鄭国の裨竈は、まじないで火災を防ごうとしました。それで、
どうして天道を知っていたと言えるでしょうか。
 天は遠くにありますが、人は近くにあります。ですから、りっぱな人は、人を
あてにして、天をあてにしないのです。
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(75)闢―合理的である
○解字
 タブーにこだわらないこと、これを「闢」と言います。
○原文
 兵家は、むやみにタブーを避けてはいけません。タブーを避けると、チャンス
があっても、それをモノにできません。
 また、むやみに幸運をあてにしてはいけません。幸運をあてにすると、軍隊の
志気が奮わなくなります。
 世の中の動きに応じてどうすべきかを判断し、今しなければならないことを第
一に考えて軍事に関する重要事項を決定します。
 はたして人には勝てない天命が必ずあり、意志では動かせない気運が絶対にあ
るのでしょうか。
○意味の解説
 運命にまかせる人は、だらけます。吉凶にこだわる人は、愚かです。ですから、
占いについて、兵家はそれを知りませんし、まったくそれを信じません。それで、
巧みに計略をめぐらして人をだますことを「合理的」と言い、だます方法を形ば
かりまねして人をたぶらかすことを「迷信的」と言います。
 合理的なやり方と迷信的なやり方は、プロセスは互いに違っているように見え
ますが、成果は互いにあがります。ただ、とても聡明な人だけが、これを使いこ
なせます。「六壬」「太乙」「奇門」などの迷信に関する書物は、これまでに大将の
必読書でなかったことはありません。
○引証
 范蠡は「四課」を発展させて「六壬」を有名にしました。伍子胥は「遁甲」を
発展させて「奇門」を盛んにしました。王希明は「金鏡」を発展させて「太乙」
を広めました。
 これらをそのまま使う人は、その内容をうのみにします。しかし、彼らが本当
に言いたいことは、別にあります。
 ただ大いに知恵のある人だけが、奇策をろうすることができますし、迷信を見
破ることができます。
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(76)妄―迷信的である
○解字
 神秘的に見せかけること、これを「妄」と言います。
○原文
 聖人や賢人は、迷信を排除して失敗をまぬがれます。兵法は、迷信を利用して
功績をあげます。
 ですから、戦争のうまい人は、カモフラージュをして相手をだまし、そのスキ
に本当にしたいことを実施します。また、フェイントをかけて相手をあざむき、
そのスキに本当にしたいことを達成します。
 すなわち、時には天運に逆らい、時にはタブーを犯し、時には鬼神を利用し、
時には夢にかこつけ、時には奇妙なものを使い、時にはデマや予言をまことしや
かに言いふらし、時には本心とは違った行動をとり、時には言論をくいちがわせ
ます。そうすることで、将兵の志気をふるいたたせ、敵軍の気力を失わせます。
 迷信は、これをまともに受けとめれば失敗につながりますが、これをうまくか
こつけて使えば成功に役立ちます。
○意味の解説
 世間知らずの学者の見解が軍事を語るのに十分ではないと言うのは、あるかな
いか、本当かウソかにこだわって、ふざけたり、談笑したり、柔軟であったり、
活発であったりして、そのノウハウを洗練させることができないからです。しか
し、大将はと言うと、そうではありません。
 大将は、智者のように迷信を拒絶して見せることがあります。このとき、心で
は「迷信を否定することで、勝ちがみこめる」と考えていますが、それは人に知
られないようにします。こうして、知恵を使うことで作戦の効果が高まるように
します。
 また、大将は、愚者のように迷信を信用して見せることがあります。このとき、
心では「迷信を利用することで、勝ちがもたらされる」と考えていますが、それ
は人に知られないようにします。こうして、暗愚を装うことで作戦の実施がうま
くいくようにします。
 大将の心にはもとから智謀があるのですが、その行動はと言うと合理的でもあ
れば、迷信的でもあります。合理的なときは合理性のかたまりですし、迷信的な
ときは迷信を信じているのではありません。メリットのあるやり方に従い、そう
したほうがよいやり方にあわせているだけです。
 ですから、迷信を拒絶したり、迷信を信用したりすることは、たくらみではあ
りませんが、迷信を利用したり、迷信を否定したりするのは、すべて兵法なので
す。
○引証
 迷信を否定する人は、たとえば太公望が「紂王は運勢の良くない日に滅んだが、
武王は運勢の良くない日に勝った。運勢は勝負に関係ない」と言ったり、さらに
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李愬や劉裕が運勢の悪い日に攻撃をしかけたりしたようなことをします。
 迷信を利用する人は、たとえば田単が「我が軍に神様が味方についた」と言っ
たり、さらに劉江がかつらをかぶって真武となり、陶魯が朱をぬって関侯となっ
たりしたようなことをします。
 迷信の否定のなかには知恵があり、迷信の利用のなかには計略があります。大
将の心は、迷信を拒絶しませんし、迷信を信用しません。
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(77)女―色じかけ
○解字
 秘密のスパイとできること、これを「女」と言います。
○原文
 昔の大将には、スパイ活動に女性を使った人がいました。
 政治的に使うときには、女性を使って敵をたらしこみました。
 軍事的に使うときには、女性を使って志気を高めました。
 色じかけは、機略をめぐらせたり、臨機応変に対処したり、困難を克服したり、
危険を解決したりするとき、そのすべてに便利です。
○意味の解説
 昔の策士で女性を多く使う人は、大将から大切にされませんでした。
 しかしながら、将軍が人を使うのは、たとえば医者が薬を使うようなものです。
 薬はと言えば、参苓、烏附など備えていない薬はありません。同じように、人
はと言えば、奸人、侠客など集めていない人はありません。
 ましてや彼らを深く秘められたところにもぐりこませ、隠されていることを探
らせ、とりわけ秘密のスパイ活動を行いやすくするにあたっては、いろんな人材
がいたほうがよいのは言うまでもありません。どうしてふだんから務めて用意し
ておかないで、いきなりの計画の失敗に備えることができるでしょうか。
 援軍となって戦局を有利にし、内助によって手柄をあげさせることに至っては、
これはと言うと、聡明で奇特な女子だけができることです。こういった例を歴史
に探しても、なかなか見当たりませんし、それらをすべて同一視して論じるのは、
とても無礼なことです。
 ですから、「意味の解説」と「引証」では、ただ諜報活動や工作活動に関しての
み、これを言っています。柴栄や韓信の盛大な事業については、みだりに言及し
ません。
○引証
 春秋時代、越国の文種と范蠡は、越王のために陰謀をめぐらし、その陰謀に従
って越王は美女を贈って呉国をたらしこみました。
 戦国時代、魏国の侯?は、信陵君のために詭計を考え、その詭計に従って信陵君
は女性を使って魏軍の指揮権を奪い、趙国を秦軍の攻撃から救いました。
 戦国時代、斉国の孟嘗君は、秦王の愛人に毛皮を贈って、秦国から脱出しまし
た。
 戦国時代、秦国の張儀は、楚王の王妃に賄賂を贈って、楚国から脱出しました。
 唐代末期、李克用は、子供を蠻族と結婚させて、それによって蠻族の弩法を習
得して蠻族を滅ぼしました。
 このように女性をスパイ活動に利用して成功した人は多くいます。
 大将は、思いのままにやって色じかけを使わないで敵をもてあそび、また敵の
色じかけに気をつけて内部の警戒を厳重にします。
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(78)文―教養を身につける
○解字
 兵法で兵士を教育すること、これを「文」と言います。
○原文
 軍事では勇気が主張されますが、読み書きも大切です。ときには緊急の報告や
ウソの文書を使って、言葉だけで国家を服従させ、軍隊を降伏させることができ
ることもあるからです。
 そこで、少しばかり読み書きのできる兵士には、馬上での作詞、陣中での俗語、
条約や禁令などについて、暇さえあれば熱心に学習させます。
 場合によっては、勅命を上から下へと次から次に言って聞かせたとき、その意
味を分かるようにします。そうして、勇気があるだけでなく、上意をきちんと理
解して実行することもできるようにします。そんな兵士は、学問のある兵士です。
○意味の解説
 教養で軍事を補完するのは、ただ緊急の報告やウソの文書を使った計略を行う
ためだけではありません。昔は名士を兵士とすることができましたが、今は兵士
を名士に育てないといけません。
 思うに、兵士は全員が田舎の出身であるとはいえ、教えればいくらでも読み書
きが上達します。たとえば兵法、営塁、橋梁、道路、塹壕、兵器、陣法の訓練、
禁令の制定、そして国家の統治、人材の任用、財産の運用、兵器の製造などにつ
いて、この『兵法百言』のように、それぞれ十項目か八項目、もしくは五か七の
項目にまとめます。そして、その分かりにくいところ、あいまいなところ、くど
いところをなくしたうえで、毎日、一つか二つの項目について教えて、しっかり
と理解するまで詳しく解説します。そうすれば、日に日に教養が高まっていきま
す。
 もし、とても頭の回転のはやい人がいれば、必ず教えた以上の思いもよらない
発想ができるようになります。さらにしばらく教育を続け、心のなかで十分に消
化できたなら、その人にいくつかの項目を選ばせて他人を教えさせたりもします。
 武人が弓術を習うとき、猛士が拳法を習うとき、芸人が曲芸を習うとき、医者
が診察を習うとき、すべてに簡単な文や歌の形で秘訣を教えることがあるのも、
以上に述べたのと同じようなものです。
 そこからさらに進歩した人には、簡単で妥当な兵書を教えます。そこからさら
に進歩した人には、古今東西の兵法を教えます。そのときには、部隊も学校と異
ならなくなります。将軍となっている人は、どうしてこれを考えないのでしょう
か。
○引証
 戚継光は、軍隊を管理するにあたり、就任式での講話を重んじました。
 文曽正は、部隊を訓練するにあたり、簡単な歌で指導しました。
 古今の名臣や名将は、だれもが兵士の教育に努力しました。体を鍛える訓練は
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もちろんそうあるべきですし、頭を鍛える教育もおざなりにできません。


 

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(79)借―敵を利用する
○解字
 こちらのために敵を使うこと、これを「借」と言います。
○原文
 やりづらいときは、敵の兵力を利用します。殺しにくいときは、敵の武力を利
用します。資金が乏しいときは、敵の資金を利用します。物資が欠けているとき
は、敵の物資を利用します。部将が少ないときは、敵の部将を利用します。巧み
に計略をめぐらせないときは、敵の計略を利用します。これはどういうことかと
言えば、次のとおりです。
 行動を起こしたいときは、敵をおびき出して疲れさせます。これが敵の兵力を
利用するということです。倒したいときには、敵をだまして全滅させます。これ
が敵の武力を利用するということです。敵の住民を手なずければ、敵の財産を利
用したことになります。敵の倉庫を略奪すれば、敵の物資を利用したことになり
ます。敵に同士討ちさせれば、敵の武将を利用したことになります。相手の目印
を逆手にとって自分の目印とし、相手の計画をふまえて自分の計画を作れば、敵
の計略を利用したことになります。
 自分が始末しにくいことは、人の手を借り、みずから行う必要はありません。
何もしないで利益だけをもらいます。
 はなはだしい場合には、敵を使って敵を利用し、さらには敵が利用しようとし
ているのを利用します。
 このとき、敵が気づかないうちに、敵を利用してしまいます。敵が気づいたと
きには、もはや敵は利用されざるをえなくなっています。これこそが、巧みに敵
を利用する方法です。
○意味の解説
 戦争する人が力を節約する最初の方法は、敵を利用することです。しかしなが
ら、自分の兵力が強くて、はじめて敵の兵力を利用できます。自分の武力がまさ
っていて、はじめて敵の武力を利用できます。自分の財産や物資が豊かであって、
はじめて敵の財産や物資を利用できます。自分の部将や計略がすぐれていて、は
じめて敵の部将や計略を利用できます。
 自分を強化しないで、相手を利用しようとばかりするなら、もちろん成功でき
ません。思いどおりに成功させられても、必ずいつかは失敗してしまいます。乞
食の食べ残しで、どうして空腹を癒せるでしょうか。ですから、大将は、自分を
強化することで通常戦力を保ち、相手を利用することで奇襲攻撃を行うのです。
○引証
 戦国時代、韓国のスパイは、秦国に潜入して運河の工事をさせ、秦国の財政を
疲弊させることで、韓国が秦国に攻められないようにたくらみました。
 春秋時代、晋国は虞国に宝玉と名馬を贈って晋軍の通過を許可してもらい、?国
を奇襲して占領すると、その帰りに油断していた虞国も攻撃して併合しました。
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 その他には、地方を略奪して兵に分けたり、領土を拡大して利を分けたり、相
手を誘惑して和を失わせたり、相手を利用して刃をふるわせたりします。
 以上は、すべて敵を利用する巧妙な手段です。敵が目の前にいるとき、安全か
危険かはあっという間に決まってしまします。相手をだまそうとする心が、必ず
生じてきます。大将は、相手を弱めることを楽しんでいるわけではありません。
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(80)伝―通信する
○解字
 消息を伝えて教えること、これを「伝」と言います。
○原文
 軍隊が行動を起こして通信手段をもっていないときは、分かれている部隊は集
合できませんし、遠くにいる部隊は呼応できません。あちらとこちらが隔絶して
いれば、敗北するのは必至です。
 しかしながら、通信できても、秘密にできなければ、かえって敵の計略に利用
されます。
 ですから、ただ鐘や旗で合図を送ったり、早馬を走らせたり、矢文を飛ばした
り、火をつけたり、のろしをあげたりなど、敵にも見える形で緊急事態を知らせ
るだけではダメです。
 両軍が対峙しているときは、暗号を使うようにします。両軍が遠く離れている
ときには、手紙を使うようにします。そのときには、一枚の手紙を複数に分けて、
文章の意味が分からないようにして送り、それは紙ではなくて木簡に書くように
します。手紙を持っていく人は、それを見ても意味が分かりません。敵の手に渡
っても、内容が解読できません。まったく神妙なやり方です。
 敵に邪魔されて使者を送れなかったり、送り先が遠くて簡単には到着できなか
ったりする場合にも、チャンスをうかがって、すかさず通信します。
○意味の解説
 情報の伝達は、軍隊のもっとも重要な任務です。しかし、各軍の命令の出し方
は異なっています。情報を伝達するときの要点は、敵に気づかれないようにして、
自軍だけに知らせることです。このときには確実に手落ちがないようにします。
その要領は三つです。一つは簡単である、二つは便利である、三つは迅速である、
です。
 なによりもまず信用できて勇敢な兵士を選び、もっぱら走る訓練をします。そ
こからさらに数百人から百数十人の意志が強くて健康な兵士を選び、彼らを使っ
て連絡をとりあいます。このとき、その人物を選び、その恩賞をはずみ、その秘
密の保持に気をつけ、その任務の遂行に精を出させます。そのときには、情報の
伝達が迅速となって、各部隊がすばやく呼応して動けるようになり、失敗が少な
くなります。
○引証
 春秋時代、衛国の礼孔は、狄族の軍勢が破竹の勢いで攻めてきていることを首
都に知らせ、ついに衛国の危機を救いました。
 春秋時代、鄭国の弦高は、秦軍の接近を鄭国の君主に報告して、ついに秦軍の
襲撃を防ぎました。
 このように、情報を伝達することは、とても重要なことです。
 そこで、情報通信の手段で巨大なものは、見張り台ですし、情報通信の手段で
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巧妙なものは、伝書鳩です。
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