あれから夏喜は、ヒロトに連絡を取って、家を出ていった。
翔さんの店には、少し遅れる、と断りを入れたらしい。
私も一緒に行く、と何度も言ったけれど、頑として許してくれなかった。
<お前は家で待ってろ>
その一点張りだった。
一人で待つのは、気が気じゃなかった。
この間みたいに、また殴られて帰ってきたらどうしよう。
それよりも、もっとひどいことをされたら。
私のせいで。
夏喜の体や、心に傷がついてしまったら。
そう思うと何も手につかなかった。
夜八時を過ぎた頃、
"今からバイト行ってくる。話はついたから、お前は何も心配すんな"
というラインを見た時、心の底からほっとした。
だけど、早く顔を見て安心したい。
大丈夫なんだろうか。
傷は、つけられていないだろうか。
話はついたって、どういうこと?
写真のことも、動画のことも、話題にならないとは考えられない。
どんな話をしてきたんだろう。
まさか、夏喜に本当にそんな写真を見せたりしてないよね。
夏喜が帰ってくるまで起きて待ってようか。
早く顔を見て話がしたい。
どっちにしたって、気になって眠れない。
でも、なかなか帰らない夏喜に、だんだんと意識が遠のいていった。
昨日もヒロトの家で夜更かしをしている。
あんまり寝ていない。
目蓋が閉じそうになるのを必死に我慢して、目を見開くけれど、気が付いた時には、辺りは明るかった。
トントン、と私が眠る和室の襖をノックする音が聞こえる。
はっとなって、目を覚ました。
「藍ちゃん、大丈夫?」
小夜子さんだ。
窓から差し込む光が、ずいぶん眩しいことに気付く。
この季節だと、いつも私が起きる六時頃はまだ真っ暗のはずだ。
寝過ごしたかも、と思って慌てて上半身を起こす。
「藍ちゃん?」
もう一度、小夜子さんの声が聞こえる。
「大丈夫です、起きてます!」
「ごめんね、もう八時だから、学校大丈夫かなって思って」
「八時?」
勢いよく布団を引き剥がす。
しまった、完全に寝坊だ。
「ごめんなさい、私、お弁当…」
襖を開けて、心配そうに見つめる小夜子さんに謝る。
「いいのよ、そんなの、気にしなくて。子供じゃないんだから、私も夏喜も勝手にどうにかするから。
それより大丈夫?やっぱり疲れ溜まってるんじゃない?」
バイトを始めてからもなるべく家のことをするようにしていた私に、ずっと小夜子さんは心配してくれていた。
そんなに頑張らなくていいのよ、と。
でもこんな風に寝過ごしてちゃあ、心配かけてしまうのも仕方がない。
「ごめんなさい、大丈夫です。昨日はたまたま、寝付けなくて…」
「そう?ならいいけど、私もう仕事行くけど、藍ちゃん大丈夫?」
「はい。…あの、夏喜は?」
普段だったら、そろそろ起きてくる時間だ。
リビングを見回しても、夏喜の姿はどこにもない。
「あぁ、あの子、今日はもう学校行ったわ。珍しいわよねぇ?私よりも早く出て行くなんて」
小夜子さんは笑ったけど、私は絶望的な気持ちになった。
早く、顔が見たかったのに。
夏喜の顔を見て、安心したかったのに。
そして、私よりも遅く、夜中に帰ってきたはずの夏喜が、もうすでに家を出て学校に行ったことに、ものすごく情けなくなった。
私、何してるんだろう。