まさか、私に会いたくないからじゃないよね、とか、色々考えた。
ヒロトに会いに行く、と言ってくれたけど、実際に会ってみて、ヒロトから話を聞かされて、私のこと嫌になっちゃったとか、そういうわけじゃないよね、と。
だから、顔も合わせず家を出てしまったんじゃないだろうか。
もう、私には会いたくない?
嫌われちゃった?
嫌なことばかり考えた。
学校にいるときも、何度かラインを送った。
既読にはなったけど、返事が返ってくることはなかった。
不安ばかり増していく。
家に戻って、そわそわしながら夏喜の帰りを待った。
午後五時、玄関の扉が開く音がした。
洗濯物を取り込む途中だった私は、その手を止めて夏喜の元に走る。
「夏喜!」
ちょうど、リビングのドアが開いた。
夏喜の体と、鉢合わせしそうになる。
「藍…」
よかった、顔はいつもと変わらない。
怪我はしてないみたいだ。
「何でライン返してくんないの?心配してたんだよ?」
「…悪ぃ、」
「朝も、顔合わせずに出てっちゃうし、何かあったんじゃないかって…」
「あぁ…」
「…なんか、あったの?」
「違うって。何もねぇ。なんて返したらいいか分かんなくて、会ってから話そうって思って」
ごくり、と唾をのむ。
夏喜の口から、どんな言葉が出てくるのか、その時を待つ。
「もう、何も心配することねぇから。あいつとは、もう会うな」
「でも…」
「お前にも、もう付きまとうなって言ってきた」
「そんなの、ヒロトが簡単に言うこと聞くはずないよ!」
「写真は全部消さした。動画なんて、なかったから。あいつの嘘だよ」
「うそ…」
「動画なんて、最初っからなかったんだよ。あいつのはったりだ。そんなもん、撮ったことねぇって、白状しやがった」
「ほんと、に?」
「あぁ、スマホのフォルダ全部確認したし、間違いねぇだろ?あいつんち、パソコンもなかったし、どっかに複写してる可能性もないから」
「見た…の?」
「え?」
「写真、私が、写ってた?」
一体どんな写真があったというのだろう。
夏喜にだけは見られたくなかった。
「見たけど、お前が寝てる間に撮られてる寝顔とか、そんなんばっかだったから。特に変なのはなかったよ」
「ほんとに、それだけ?」
「変なもん、撮らせた記憶あんのかよ?」
「それは、ないけど」
「だったらもう大丈夫だ、心配すんな」
急に、全身の力が抜けたみたいに、立っていられなくなった。
すぐ右にある壁に、片手をついて、自分の体を支える。
「どうして…」
「ん?」
「どうして、そんな簡単に。ヒロト、よく言うこと聞いたね?」
本当に、信じていいのだろうか。
またいつか、何か言いがかりをつけて、私の前に現れたりするんじゃないだろうか。
「夏喜、本当に何もされてないの?」
夏喜の腕をブレザーの上からそっとなぞる。
「本当は、その代わりにって、何か要求されたりしたんじゃないの?」
体を傷つけられていないんだとしたら、何だろう?お金?まさか、夏喜がヒロトにお金を渡したりしてないだろうか。
「大丈夫だって、何もしてねぇ」
「でも…」
本当に?
ヒロトはそんなに物分かりのいい男じゃない。
見返りもなく、自分の弱さを見せたりしないやつだ。
「言ってやったんだよ、俺の親父は、犯罪者だって」
「え…」
「お前のことも、殺しに来るかもしれないって、脅したんだ。そしたらあいつ、急にびびりやがって、すぐにスマホ出しやがったよ」
「……」
夏喜が今、どんな表情をしているのか、私は見上げた。
勝ち誇ったような顔もしていたけど、やっぱりどこか物悲しそうで、投げやりだった。
私のために、夏喜は思い出したくないことを、思い出さずにいられなかったんじゃないだろうか。
そして、それを武器にする自分に、嫌悪を抱いているんじゃないだろうか。
「…知ってんだろ?俺の、親父のこと」
「…ごめん、翔さんから聞いた」
「だよな」
「ごめんね、でも、決して興味本位とかじゃなくて、…知りたかったから。夏喜のこと」
夏喜は体の向きを傾けて、私と正面から向き合おうとしない。
「私が無理やり聞き出したの。翔さんは悪くないから」
ごめんね、ともう一度謝った。
「別に、いいよ。背中の傷のことも、もう分かってるんだろ?」
「……」
うん、と小さく付け足した。
「痛かった、よね?」
右手を上げて、私から逸らして反対の壁を見つめる夏喜の左腕に、指先を添えた。
夏喜の、今でも残る、体と、心の傷。
それを表にして、私を守ってくれた。
「皮肉だよな、こんなこと持ち出して、他人脅すなんてな」
「そんなことない」
ギュッと両手で夏喜の体にしがみつく。
「ありがとう、夏喜」