翔さんは、憶測でものを言ったと言った。
後は本人に聞いて、と。
だけど夏喜に何かを求めることはしなかった。
何かを聞いたとしても、多分私には何も出来なくって、そしてきっと夏喜はそんなこと望んでないんじゃないかって思ったから。
夏喜は、静かに過ごしたいと思っている。
誰かに知られて、同情なんかされたくないはずだ。
だったら変わらず傍にいることが、一番なんじゃないだろうか。
これまでと同じように。
洗濯物を取り込んでいたら、夏喜が帰ってきた。
部屋に直行せず、リビングに入ってくるのは珍しい。
最近では私が夏喜の下着を畳んでいても、もう彼は何も言わない。
「ただいま」
「おかえり」
洗濯かごを抱えながら、私もリビングに戻る。
「腹減った。何か食うもんない?」
かごを置いて、夏喜に答える。
「残ったご飯でおにぎりでも作ろっか?」
「マジ?それでいい」
冷蔵庫を開けて、今朝残ってラップに包んでいたご飯を、レンジで温め直す。
「珍しいね、夕方にそんなこと言うの。お弁当足りなかった?」
今日のメニューはなんだったけか?そんなにボリュームが足らなかっただろうかと、思い出す。
「いや、そういうわけじゃないから。悪いな」
「ううん、全然」
レンジを回しながら、再び冷蔵庫を開ける。
「昆布、ある。入れる?」
「うん、入れる」
「オッケー」
レンジが音を立てて止まった。
その扉を開けて、ご飯を取り出す。
夏喜はカウンターの向こうから、顔を覗かせてこっちを見ている。
「座って待ってていいよ?」
「うん」
夏喜がダイニングに腰を下ろす。
「前は、こんな食わなかったけど、最近お前の作る飯がうますぎて、すぐ腹減るんだわ」
くす、と心の内で笑いが出る。
「それって私のせい?」
「一応…褒めてんだけど」
「ありがとう」
素直じゃないなぁ、と思う。
「ご飯作るの、好きだし。誰かに美味しいって言われると、すごく嬉しい。こんな私でも、役に立てたんだって思って」
はい、とダイニングに座る夏喜におにぎりを渡した。
特大だ。
「サンキュ」
「うん」
手を洗って、取り込んだ洗濯物を畳もうと、ソファの方に移動する。
「俺も、母ちゃんも、すげぇ助かってるんだわ」
「え?」
「俺は全然料理出来ねぇし、母ちゃんも忙しくてなかなか手ぇ回んねぇから、お前が毎日ご飯作ってくれて、掃除も洗濯もしてくれるし…」
「せめて、このくらいはさ。お世話になってる身だし。
それに、誰かに必要とされるって、すごく嬉しいんだよ?」
そろそろ夏喜の家に暮らし始めて、二週間になる。
家族でもない私たちが、いつまでこうして一緒にいられるのか分からない。
でも、今は、ここが、私の中で一番落ち着ける場所になった。
許されるのならば、少しでも長く、この家にいたい。