はじめはよかったかもしれない。
取り繕った家族。
俺だってその中に溶け込もうとした。
でもその男は、いつの間にか母に暴力を振るうようになって。
何にも言えない母が腹立たしかった。
さっさと離婚すればいいのに、そんな男。
切り捨ててしまえばいいのに。
家に帰ればそいつと母がケンカばかりしている。
そんなところ帰りたくなかった。
だからいつも学校帰りに友達と夜遅くまで遊び歩くようになった。
でも、心の中ではいつも不安だった。
もし、二人がいなくなっていたら。
俺を置いて、どこかに行ってしまっていたら。
もしくは、母が殴られてケガでもしていたら。
そんな不安から、いつだって気になって俺はその家に帰ってしまうんだ。
ある日、いつもの通り、夜遅く帰宅した日だった。
母親たちの部屋から、小競り合いが聞こえてきた。
耳を塞ぎたくなるその声に、俺は自分の部屋に駆け込もうとした。
だけど次の瞬間、聞こえてきたのは大きな衝撃音だった。
何があったんだろうとドアを開けようとした瞬間、母の声がいつもとは違う卑猥な声に変わった。
何事だって、目を見開いた。
中学三年、もう分かっていた。
今はスマホでどんな情報も簡単に手に取ることが出来る。
男女のそういう行為も、どんな風な手順でどんなことをするのか、大体分かっていた。
女が、どんな声を上げるのかも。
自分の中にあるものが、すべて吐き出てしまうんじゃないだろうかと思った。
目がぐるぐる回って、その場に立っていられなくなった。
どんなに言い争いをしていても、結局は男と女なんだって、その時思った。
性欲にまみれた汚い生き物だ。
俺の母でありながらも、一人の女なのだ。
そのろくでもない男を、捨てきれない、ただの、女だ。
憎かった。
母をそんな女にしたあの男が。
殺してやりたいくらいに。
だから俺はあの時、ビール瓶を振りかざすあの男を、殺したって構わなかったんだ。
もしくは、俺を殺して、あいつが犯罪者になれば、それでよかったんだ。
そうしたらきっと、前みたいな母親が戻ってくるから。
それなのに、母はあいつを見捨てなかった。
未だに、離婚は成立していない。
あいつが負った借金だって、肩代わりしている。
俺がいるだけじゃ、ダメなんだな、結局。
俺はあんな惨めな人生なんか送りたくない。
母みたいに、男が中心になって、それがいなくなると自分を保てなくなるような、脱け殻な人間にもなりたくない。
一人で経済力を身に付けて、自立したい。
大学に行って、ちゃんとしたところに就職して。
だけど、実際のところ、毎日バイトで忙しくて、勉強どころじゃない。
睡眠が足りてなくて寝不足なせいで、授業に集中すら出来ない。
成績は下がる一方だ。
実際問題、金だってない。
それに、もし本当に大学に行けて就職活動したとして、犯罪者の息子というレッテルを持った俺が、ちゃんとした企業になんか就職出来るんだろうか。
そんな俺の思いも考えず、未だあいつを見捨てきれない、母への嫌悪感も拭えない。