片隅 希子⑭ | ♡妄想小説♡

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主に妄想記事をあげています。作品ごとにテーマ分けしていますので、サクサク読みたい方は、テーマ別にどうぞ。 ※物語はすべてフィクションです。  
たまに、推しへのくだらん愛も叫んでます

「じゃあ、また明日ね」


「うん、また」


「バイバイ」


お互い手を振り合って、駅前で颯太と別れた。


結局颯太は、自転車に乗ることはなく、二人並行して駅まで歩いてきたのだ。


颯太は、男の子だけど、とても距離が近い。


話していて、気持ちが通じ合える時がよくある。


まるで、女の子と話しているみたいな。



駅の改札を潜ろうと、電子パスをカバンから出した時、見覚えのあるシルエットが見えた。


改札の手前にあるベンチ、そこに、背中を丸めて座っている。


あれは、よく知ってる人物だ。


昔からずっと私の傍にあるもの。


見間違えるはずがない。


黎弥だ。


立ち尽くしたまま、はぁ、とため息をつく。


するとその吐息が聞こえたようだ。


黎弥が顔を上げる。


私は、再び歩き出し、黎弥の傍まで行くと、声をかけた。


「何しよっと?もうすぐ電車来るやろ?帰らんと?」


「希子…」


珍しく、顔色に覇気がない。


何かあったのだろうか。


「どうした?何かあった?」


いつも明るくて太陽みたいな黎弥。



私の話を聞いてもらうことはよくあるけれど、こんな彼を見るのは久しぶりだ。


普段のお返し、とは言えないが、私もたまには聞き役に回ってやってもいい。


黎弥が立ち上がる。


私の目の前に立った黎弥は、頭を垂れて、やっぱり覇気がなかった。


その顔を、下から覗き込む。


「黎弥?」


「彼女に、振られた…」


「え…あぁ、そうなんだ。何で?」


あんなにラブラブだったのに。


「お前のせいやんけん」


「え、何でよ?」


「彼女が、お前のこと…一緒におっても、いっつもお前の話ばっかするって、言われて」


「はぁ?何それ?」


「俺が、いっつもお前の話ばっかしよるって」


「はぁー?私のせいにせんでくれん?」


「彼女に、私とその幼馴染みと、どっちが大事なんだ、って言われた」


「そんで、黎弥、何て答えたと?」


「そんなん、選べるわけないやんって」


はぁー、っとため息が漏れる。


「何でそこでお前の方が大事やって言わんとよ!?バカ!!」


「だって、俺にとっては、彼女も、希子も、友達みんなも、おんなじくらい大事やし」


「バカやねぇ、そんな時は嘘でもいいけん、お前が一番大事やって言うときゃいいっちゃん!ほんっと、嘘がつけない、単純バカっちゃけん!」


「お前に言われたくねぇ」


「早く行っといでよ、誤解だ、って。そんなん彼女のただのやきもちやんけん、ちゃんと話せば分かってくれるやろ?」


「でも…」


「なんやん!?こんだけ落ち込んどるっちゃけん、別れたくないっちゃろ?早く行きなよ!」


「…俺、希子のこと好きかも」


「は?」


「彼女に言われて分かった。無意識やったっちゃん。俺、お前の話ばっかしとるって。いっつも、お前のことばっかり考えよった」



「なん、言いよると…?」



「俺…希子のこと、中学ん時から…」


黎弥が私の目を見る。


垂れ目の愛らしい瞳なのに、どうしてか、今は鋭く見える。


怖い。


こんな黎弥を見るのは、初めてだ。


いや、一度だけある。


昔、あれは、いつだったか。


中学の時、一度だけ、黎弥が私に気持ちをぶつけてきた時。


ごくり、と喉が鳴る。


左足を半歩、引いた。このままいたら、私たちの関係がまたおかしなことになってしまう、そう感じた。


だけど、そう思った時にはもう遅くて、黎弥の手が私の後頭部まで伸びていた。ぐっと引き寄せられて、唇を奪われる。


「ちょ、やめ…」


両手で強く胸を押しやろうと思うけれど、背中も強く押さえ込まれていて、どうにも出来ない。


唇が少し緩んだ瞬間に、顔を引こうとしたが、後頭部もがっちりと捉えられている。


その隙に、舌まで侵入してきた。


「んんっ、」


やめてほしくて胸をどんどん叩きながら踠くけれど、黎弥の気持ちが昂っているのが分かった。


だから、抵抗するのをやめた。


しばらくすると落ち着いたのか、黎弥の両手が緩んだので、その隙をついて思いっきり突き飛ばした。


「バカッ!!」


小学生の時、お母さんに怒られてしょんぼり傷ついている時の黎弥のような、悲しい横顔があった。


でも、こっちだって怒っている。


まだ言ってやらないと気が済まない。


「彼女に振られてやけになってるからって、こんなことすんな!!」


黎弥がこっちを見る。


「別に、やけになっとるけんじゃない…俺は、マジで、希子のこと、」


「分かってる!!中学ん時は、私も、どうしたらいいか分からんくて、何も言わず黎弥から逃げた」


中学の時、一度だけ、黎弥から気持ちをぶつけられたことがある。


好きだって言われて、キスされた。


「あん時は、ごめん。でも私、黎弥とは、そういう関係になりたくない。黎弥のことは、好きだよ。大好き。でも、そういうんじゃないっちゃん。

黎弥だってそうやろ?私たち…」



黎弥の目を見て真剣に伝えていたら、彼の視線が私の向こう側にあることに気がついた。



どうしたのだろうと、私も振り向く。



ドキッとした。



そこには、颯太が立っていた。



なぜか、とても悲しくて、泣きそうな顔をしている。



傷ついて、今にも現実から逃げ出しそうな。



「颯太…」



呟くと、ようやく正気を取り戻したのか、颯太が後ずさった。



「颯太…もしかして、」



颯太の顔色が変わる。



今まで、どうして気付かなかったのだろう。



颯太の気持ち。



"好きな人がいる"



"希子が知ってる世界じゃない"



颯太はずっと、苦しんでいたんだ。



「颯太!」



何か言わなくちゃと思って叫んだら、彼は体を翻して、走って逃げてしまった。



自分に憤りを感じて、黎弥を振り向く。



「ねぇ!颯太何か誤解しちゃったかも!追いかけてよ!」



「はぁ?何で?別によかろうもん」



「でも…」



今私から颯太の気持ちを黎弥に言えるわけがない。



「颯太に…変に思われちゃったら…」



「明日、適当に言っとくけん、それでよかろう?」



「明日じゃダメだよ!だって颯太…」



今頃とうとう涙を流しているかもしれない。一人で。



「ねぇ、黎弥はさ、自分に嘘つけない人やろ?」



「は?なん?」



「彼女のこと、好きやけん付き合っとるっちゃないと?」



「そりゃ、…そうやけど、」



「中学のあん時は、私もまだ幼くて、どげんしたらいいか分からんかった。何も言わんで逃げてごめん。

中途半端やったけん、あん時の気持ちが、まだ残っとるような気がしとるだけやないと?

今は、彼女のこと本気で好きやったはずやろ?」



「でも…俺は、希子のことも」



「私だって好きだよ?黎弥のことは。大事に思っとる。でも、そういうんじゃない。今の関係、なくしたくないと思っとる。

黎弥だってそうやろ?

彼女のことは、それとは別に、大事やったっちゃないと?」



「そうやけど…」



「黎弥は相手のこと、本気で好きじゃなかったら、付き合ったりしとらんよね?」



黎弥の瞳を見つめる。



俯き加減の傷付いた表情が、だんだんと色味を増していくのが分かった。



訪れた沈黙が長い。



やがて黎弥がふぅ、と息を吐いた。



「やっぱり希子には敵わんな」



ほっとして、一気に緊張が溶ける。



「お前の言う通りかも。俺、もっかいちゃんと彼女と話してみるわ。やっぱりあいつのこと、大事やし、なくしたくない。

でもそれと同じように、希子のことも大事やけん。それは、分かって欲しい」



にこ、と頬が上がった。



「うん、私も。黎弥とは、ずっとこのままの関係でいたい」



「愚痴聞いてもらう相手おらんくなったら困るしな?」



「違うよ!それだけやないし」



「分かっとるよ。俺もたまには、話聞いてもらいたい時あるし。お互い様やん?」



「でもこういうことは、もうせんでね?」



「分かったよ、ごめんて。もうせん。お前のこと、押し倒したいとは、思わんしな」



「はぁ?何それ?ひどくない?」



「ちょっと女としての色気足りんし。夏喜、こういうのにマジで興奮すんのかな?理解出来んわ!」



「はぁー!?ムカつく!最低!!」



「つーか、マジで夏喜とどこまでいったと?」



「は?何それ?教えんし」



この間のキスを思い出して、また心臓が高鳴って、頬が熱くなる。



このところは、ずっとそうだ。



なっちゃんのことを思い出しては、胸がドキドキ高鳴る。



「なんや、顔赤くして。気持ち悪ッ」



「うるさい!つーか早く行けよ!彼女んとこ」



「分かっとるわ。ちょっと、行ってくる」



「はいはい」



「なぁ、希子?」



「うん?なん?」



「お前も、自分の気持ち、ちゃんと正直んなれよ?」



「は?どういうことよ?」



「さっきのお前の言葉、結構ガツンと来たわ!人のことだけじゃなくて、自分も、ちゃんとしろよ?」



「え?」



「じゃあ、行ってくる」



「うん。分かった」



黎弥が走り出す姿を見て、私も、大事な場所へと向かった。