私が顔をほんの少しだけ近づけると公ちゃんの顔も、ぴくり、と一瞬動いた。
まだ、だめだ、もっと、と私は彼を見つめ続ける。
いいんだよ、欲しい、という気持ちを表に表しながら。
唇を、ほんの少しだけ傾けた。
すると見つめ合っていた瞳が一瞬にして視界から消えた。
その瞬間、私の唇に暖かいものが触れる。
意を決したように、彼は私の唇を奪ったのだ。
チュッと重なっただけだったけれど、私はとても嬉しかった。
離れた唇で、私たちはもう一度見つめ合う。
今度はお互いに、口角を上げた含み笑いだった。
共犯者になったみたいに、瞳の奥で通じ合う。
今度は、私から口づけた。
すっとした顔とは相反する、ぽってりとした厚い唇。
触れるととても弾力がある。
口づけながら、彼の体に両手を回した。
すると彼も私の腕を掴んで、ぐっと引き寄せた。
思った以上に強くて、男の人だな、と感じる。
「んっ」
さらには深いところで繋がりたくて、吐息を漏らす。
唇を少し開くと、もう迷いはないみたいに、向こうの方から舌を滑り込ませてきた。
かかった獲物を絡み取るみたいに、こちらの方からも舌を動かす。
夢中だった。
もっと私を求めてほしかった。
考えなしのこんな行動は、幸せには繋がらない、そんなことはもう何度も経験してきたのに、この人とだったら違う、そう信じたかった。
しばらくすると、唇が離れた。
私の腕を掴んでいた彼の手も、私のそこから離れる。
「なっちゃん…」
俯き加減に瞬きをしながら、ゆっくり声のする方を見上げた。
「電車…」
おそらくそろそろ行かなければ、最終に乗り遅れてしまう。
だけど、まだ、離れたくなかった。
もっと、この人と交わっていたかった。
きっとそうでなければ、また一歩先に進むのに、時間がかかってしまう。
私は今、この人を手に入れて、答えが欲しい。
ギュッと公ちゃんのと大きな体にしがみついた。
え、と小さく聞こえる声を無視して、少しずらして彼の首筋に唇を押し当てる。
はっ、と吐息が聞こえそうなのを感じた。
甘噛みをしながら、舌先を滑らせる。
少しずつ体を持ち上げて、彼の耳元まで到達した。
その時、
ギュッと腕を掴まれた。
いきなりのことにきゃっと声が漏れそうになる。
体が離れたところで、公ちゃんの瞳と視線が合った。
真剣な、その眼差しに、臆しそうになりながらも、もう一度、見つめた。
男を、落とす、その挑戦的な瞳で。
もう一度唇が塞がれた時、その駆け引きに、勝った、と思った。