最終の電車に乗るため、私たちは十一時前には店を後にした。
今日は俺が誘ったから奢るよ、という公ちゃんに、半額出させてくれ、といって会計の半額分を差し出した。
出す、という私に、奢るのは今日だけだよ、気にしないで、と彼は言ったが、こういうのは最初が肝心だ。
男に奢ってもらうような女にはなりたくない。
そう思われるのも嫌だ。
それは、私の中のプライドでもある。
「駅まで送るね」
店を出ると、彼が言った。
ここから駅まで歩いて十分、というところだった。
何も言わなくても、当然のように送ってくれる、というところに少しくすぐったさを感じながら、やっぱり真面目で優しいな、と思った。
終電でさよなら、というのも、好印象だ。
「ありがとう。公ちゃん家は、駅から近いよね?」
言ったら、彼がこちらを見下ろして、笑った。
「情報、ダダ漏れだね」
「あ、ごめん、カルテに、打ち込まなきゃいけないから」
「ふふ、知ってる」
その笑顔が、可愛かった。
酔ってるな、と思った。
隣を歩く公ちゃんの手に触れてみたい。
その、大きな手と、大きな胸に抱き締められたら、どんな気持ちになるのだろう。
さぞ心地よくて安心するのだろう、と思う。
さりげなく、体を一歩、寄せてみる。
腕と腕が、触れ合いそうなほどに近く、距離が縮まる。
だけど、彼は何もしない。
まっすぐ前を見据えて、駅までの道のりを歩く。
駅までたどり着いて、時刻を確認した。
「まだ十分あるね」
彼が言う。
「うん」
「そこのベンチで、待ってようか?」
「うん」
にこりと微笑んで、それに従う。
いくつかある駅への入り口。
その北口は、メインではなくて、殺風景な小さな路地みたいになっている。
人通りはほとんどない。
そこに備え付けられているベンチに、並んで腰を下ろす。
私は、もう、だいぶ心惹かれていた。
このままさよならしてしまうのが、とても寂しいと思うくらいに。
まだ、離れたくなかった。
このまま一緒にいたかった。
だけどそんなことを口にして言ったら、彼は引いてしまうかもしれない。
もっと、恋愛とは、時間をかけて、相手のことをゆっくり知っていって、それから、とそんな風に思っている人なのかもしれない。
ううん、きっとそうだ。
女の私から誘うことなんて、到底出来ない。
「どうかした?」
俯き考え込んでいると、公ちゃんの方から声をかけられた。
「あっ、ううん、何でも、」
慌てて顔を上げる。
すると思いの外彼の顔が近くにあった。
視線と視線が、ぶつかり合う。
公ちゃんの、白くて透明感のある肌、そして濁りのなさそうな、きれいな奥二重の瞳。
私は、知っている。
どんな風に見つめたら、どんな表情で見続けたら、男は、落ちるのかということを。
男が、女のどんな雰囲気に、我慢できなくなるのかということを。
酔った瞳で、おそらく、少し蒸気し赤く色づいた頬で、私は彼を見つめた。
唇を、我慢できなくなるみたいに、少し開いて、ほんの少しだけ、顔を近づけた。
計画的だった。
きっと、事実を作ってしまえば、公ちゃんは私から逃げられなくなる。
ちゃんと、事実を受け入れようとしてくれる人だと。
利用したのだ。
私は、女を。