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騒音

唇が跡形もなく溶け消えてしまって、
歯と歯茎が丸見えになっている男は、
溶けてしまった唇さえあれば恐らく、
なかなかの美形だったに違いない。

それにしてもよく喋る。
唇が溶けて無いせいで、
酷く聞き取りずらいけれど、
のべつ幕なし飽きもせずよく喋る。

アタシは彼の言葉が上手く聞き取れず、
何度か聞き直しながら苦労してやっと、
彼が言わんとしている事柄を正確に、
頭の中で完成させようとしているのだが、
上手く通じない事に苛立っている様で、
しきりに声を荒げてはいるが余計、
聞き取ることが困難になり理解出来ない。

込み上げた激情を名乗る真意の言葉は、
喉元にきつく縫い止められたまま、
飲み下すことも吐き出すことも叶わず
いつか冷えきった塊になり変わり、
その熱すらもう忘れるのだろう。

コインランドリー

チケットノルマなしのコインランドリーで、
陽気につられた鼻唄ワンマンショー。

今日のオーディエンスは一名様。
何だかよく分からない、脚の長い飛来虫。

ドウゾ、近寄ラナイデクダサイ。


■解説—:
[コインランドリーでのツゥな過ごし方]

目安は、他に何も予定のない週末の午後。
たっぷり時間のあるときに出向きます。

洗濯物は、放り込んではいけません。
そんなことをするのは素人だけです。
丁寧に、心静かに、慈しむようにします。
衣類への情愛と、乾燥機との友情を、
決して忘れてはイケナイのです。

硬貨を数枚、投入します。
この辺はどーでもいーです。
各々、適当にやってください。

乾燥機(洗濯機)が回りだしたら次は、
両替ついでに買った缶コーヒーを、
本格的な喫茶店の珈琲を飲む時のように、
ゆっくりと、ぼんやりと味わいます。
(珈琲が好きでない場合は何でも良い)

缶コーヒーは必ず両替のついでに。
あくまでも「ついで」に買うのが重要。

己の衣類がぐるんぐるんと容赦なく、
されるがままに回転している様を、
備付のベンチに腰掛けて、眺めます。
缶コーヒーを片手に持ち、眺めます。
角度を変えて斜め下から、眺めます。

乾燥機の中に、コスモ感じます。
ちょっとした小宇宙を見い出せたなら、
貴方はコインランドリー検定合格です。

すっかり乾いた衣類を取り出すとき、
新しい生命の鼓動を感じるでしょう。
目頭が、ほんのりと熱くなります。
少し泣きます。少しだけ、涙します。

我慢することはありません。
決して恥ずかしい事ではないのですから。

溢れ落ちた涙を拭ったら、笑います。
しっかり大地を踏みしめて、力強く、
コインランドリーを去りましょう。


帰宅したら、すべて忘れます。
次回のために、すべて忘れます。
一週間の記憶ごと、すべて忘れます。

皆サマ、ドウゾ素敵ナ週末ヲ...

遠泳

突然、見覚えのある建物が現れる。
何故こんな場所にあるのだろうか。
でも、確にそれに間違いなかった。
海沿いの高台に建つ高校の校舎に。

門の辺りで、黒い大きな傘をさして、
見覚えのある人影が手招きしていた。
確かあれは社会科の先生だったと思う。

側まで行くと、諭すような口調で、
「プールに急ぎなさい」と言われた。
うちの高校にはプールなんかなかった。
その事を言おうかとも思ったのだけど、
何だか申し訳ないような気がしたから、
先生に言われた通り、プールへ急いだ。

校舎裏へ行くと先生が言った通り、
立派な50mプールが寝そべっていた。
何か大会のようなものが行われている。
どうやらアタシは出場させられるようだ。

アタシは中学の頃、水泳部に入っていた。
その時のコーチがプールサイドにいて、
ここは高校のはずだがと疑問に思いつつ、
次が出番だと言うので仕方がなく、
服を着たままでスタート位置につく。
アタシは何の競技に出場するのだろう。
今更コーチに聞きに戻るわけにもいかず、
どうせ個人メドレーあたりだろうなと、
軽い気持ちでプールに飛込んだのだけど、
さっきまでプールだったはずの場所が、
飛込んだ瞬間、海だったことを知る。

戸惑い、立ち泳ぎで岸のほうを振り返る。
岸では懐かしい人達がアタシを見送り、
アタシはそこから離岸流に運ばれて、
徐々に、確実に、遠ざかって行く。

岸は遥か遠く、既に線でしかない。
振り返らず、遥か沖を目指す人達。
次々にアタシの横を抜き去っていく。
皆、太陽を探す旅に出たのだと思った。

アタシはなんだか疲れてしまって、
あの人達と太陽を目指して行くことが、
酷く、馬鹿馬鹿しい事に思えて、
最後の一人が水平線の影に隠れると、
見上げた空にはもう、銀色に輝く月が、
雲ひとつない夜空に浮かんでいた。

何処からかふらふらと、
鳥が一羽、夜の海を越えてきた。
あの鳥も、昔読んだ絵本の鳥のように、
灯台の光に騙されてしまうのだろうか。

そんなことを考えている間に、
いくらかの時間が過ぎていって、
太陽は今また、アタシの頭上に、
何事もなかったかのように在る。

けれど、太陽を追い掛けていった人達は、
いくら待ってみても、誰一人として、
帰って来ることはなかった。

月曜日

パンに生えた黴が午後の胞子を飛ばす頃、
双子の仔猫は月曜のゴミ袋を見限って、
空になったゴミ棄て場を後にする。
母猫は、五日前から姿を見せない。
春だから、どこかの雄と蒸発した。
春だから、彼等はとても、自由だ。

憂鬱が飛沫感染するような時代になり、
月曜の火葬場は三年先まで予約済みで、
行列に並んでまで焼かれたがる人々は、
人気のラーメン店に並ぶときのように、
何かが空腹で、何かが空腹のようで、
終止符の匂いを敏感に嗅ぎつける。
その匂いは、何かの空腹を満たすように、
彼等の嗅覚を刺激しているらしく、
列は、静かに増長し続けているようだ。

面倒な話

この世界には、

100%存在するモノも、
100%存在しないモノも、無い。