GWということもあってか、日本全国から
で訪れる人が多かった。入ってすぐに上杉謙信と春日山城についてVTRで紹介される。
15分程の映像だが、つくづく上杉謙信とは素晴らしい人物であったと再確認できる内容だった。

で訪れる人が多かった。
小・中学校の美術の時間では、真新しい画用紙に何も手を加えることなく使用していた記憶がある。
しかしもっとアカデミックに美術を学ぶ場合、科学や物理を駆使して、これから描くものが最良の状態で長く保たれるよう、予め施す作業こそが最重要事項なのだ。
紙というものは水に濡れると伸びる。
二次元で行き場をなくしたある一部分は仕方なく三次元の世界へ進出する。
濡れた紙がよれるのはこのためである。
一度伸びたものは乾いても完全に元通りにはならない。
例え絵の具を使わないとしても湿度によってその変化は現れるため、描く前にまず画用紙をくたくたに濡らし、紙の細胞を最大限に伸ばした状態で板に当て、水テープで固定し画用紙が完全に乾いてから初めてそこに描き始める。
この作業だけで午前中を消化した。
午後からはいよいよ六角形の便利品の出番だ。
石膏でできた円柱と立方体のそれぞれの柱を、スケッチブックや午前中に手を加えておいた画用紙にデッサンしてゆく。
支給された鉛筆の濃さは12種類にも及び、デッサンや水墨画は画材の濃淡と支持体の白さだけで色や質感、重量感、陰影、素材感、環境感などを表現しなければならない。
練り消ゴムでさえ消す道具ではなく、白く描く道具なのだ。
たかが円柱という幾何図形を描くのでも、イメージ通りに手は動いてくれないものだ。
時々講師が肩越しにアドバイスしてくれるが、今の私に必要なのは言葉ではないのだろう。
28年間様々な物事をどう捉えてきたのか、観察力が試されるのだ。
そして四限目まで終え気がつくと、私は自分自身が『保存修復』という分野を選んだことを後悔せずに済んでいたのだった。
この一週間、実習と思いきや理論の講義だったというのが常だったが、今日は一切ノートを開かなかった。
予想に反して朝から鉛筆デッサンの実習だったのである。
この学校に入って初めて画(え)を描いた。
私の学校はいわゆる『専門学校』なので、美術に関して全く無知な者に対応したカリキュラムが組まれている。
そのためまずは基礎知識からだ。
鉛筆はなぜ六角形をしているのか、鉛筆に書かれたHやBやFや数字はどんな意味を持つのかなど、何となく知っていたことでも改めて学ぶと実に面白い。
そういえば六角形の鉛筆を正しく持つと、三本の指に平面が当たっているのがわかる。
20年以上も鉛筆を使っているが初めて気が付いた。
この六角形はきっと、メーカーの開発者たちの試行錯誤の賜物なのだろう。
そして美術の世界に身をおく者は機械や道具で鉛筆を削らない。
ナイフやカッターで削るのだ。
便利なものを使えばそれに慣れて指先が鈍ってしまう。
これは、いつも手先を敏感にしておくための画策でもあるのだ。
続く。