今まで人間生活を続けてきて、よくないなあと思うのは、執着することだと思う。絶対にこうしなくちゃとか、絶対にこうしたい、こうなりたい、こうなるべきだ、なあんて思えば思うほど、結果は反対になる。過剰な期待もしかりだ。「こうなってほしい」とか思えば思うほど、必ずそうならない。期待は見事に裏切られるから不思議だ。反対に、「こうなったらいいなあ」と思ったけれど、忘れてしまった案件ほど、ひょんなことから奇跡のように実現してしまうこともある。
だから執着とか、期待とかはまず、しないほうがいいと思う。
確か、ロシアの作家さんが書いた本だったと思うが、「振り子の法則」という本があった。振り子というのは、誰かが揺らさないと動かないが、揺れ始めるとどんどん揺れ幅は大きくなっていく。要は、その振り子を動かす力が、執着だったり、心配だったり、りきみだったりする。
振り子が大きく揺れるほど、どんどん心配ごとや不安は大きくなり、しまいにはよからぬ結果を導いていく。だから、振り子そのものを揺らすことを放棄したほうがいいという内容だった気がする。
最近、思うのは、執着しない生き方というのは、師匠の言う、「俯瞰する力」とほぼ等しいのではないかということ。師匠は、「電車の窓」という言葉によくたとえるのだが、どこか第三者的な目線で俯瞰して、自らの人生や時間を眺めてみたらいいかもしれない。そうすることで、深刻な感情移入は少なくなるし、落ち込む度合いも大幅に軽減できる。観音様の目も、ぱっちり開いているというより、どこか俯瞰して見渡しているかのような目をしている。
今日もクレームがあったが、感情の渦に巻き込まれないように距離をとったつもり。明日も、その線で泳いでいこうとおもっている。