わたしは小さいときから心配性だった。くよくよ先のことを心配し、そして過去のことをくよくよ後悔する。そして最悪の結果をいつもかんがえておくことで、ちょっとでもプラスになったら「よし」としてきた。
でも最近は、もうくよくよ考えるのがめんどくさくなってきた。年齢のせいなのだろうか。するとどうだろう。すっごく今が快適に過ごせるようになった。そして、そういう最悪の結果がたとえ待っていたとしても、腹をどんと据えて景色を見つめられるだけの余裕をもとうと思う。
だって、命までは持っていかれないから。それにたとえ自分の命を持っていかれても、それはそれで「定め」だと受け入れたい。
師匠が言っていた。戦争がなぜ起こるのか知っているか。それは「戦争が怖いと恐れる気持ちから起きているんだ」と。
なんとなくわかるけど、なんとなくわからない。でも、異様に死を恐れることってないのかもしれない。生きるのに続きに死があるように淡々と受け止められたら、それほど死を過大に恐れることもないのかもしれない。悲観せず、達観して生きていたい。