私には息子がいる。かなり破天荒な息子で、小さいときから育てかたに悩むことたびたび。今も、なにかとやらかしてくれる(涙)。
師匠と息子との出会いは今から18年前にさかのぼる。師匠は息子の名前を見たとたん、「なんだ、この名前は」と声を荒げた。(スサノオさん入っているから、かなりあらくれです)
わたし「いえいえ、ちゃあんとプロの占い師さんに姓名判断してもらってつけたんです、字画ばっちりでしょ」と自信たっぷり。
師匠の表情はみるみるうちに怒りがこみあげてきたようだった。
「姓名判断は字画なんか、でたらめだ。だ~めだ、こんな名前」。師匠いわく、息子の名前を見たとたん、ごちゃごちゃに見えたようだ。
「こんな名前、だめだ。変えたほうがいい」というやいなや、すぐに違う漢字をあてはめてくれた。
師匠いわく、名前は画数ではなく、音とかいろいろあるらしい。 それで、すぐに「この名前に変えたら、ちょっと元気すぎるくらいになるけど、いいかな」と漏らした。もちろん、親としては「元気?それは大歓迎です」と賛成した。
すぐに改名。とはいかず、これがかなり手間がかかった。まず、占いとか開運のためなどの理由で改名は認められない。そこで、知恵を絞った。法律には「両親合意のもとで届け出る」という前提条件があった。これを採用。「夫婦の不一致」ということで、家庭裁判所まで行って改名を要請した。「このままでは夫婦の仲が険悪になる」として。
そしてなんとか、息子の改名が認められた。戸籍に二重線が引かれ、晴れていまの名前に変わった。
師匠の予言通り、息子は元気すぎのやんちゃ坊主になった。
でも、いま、数ある名前の中から、彼の名前を見たとき、なぜか浮き上がってみえるから不思議だ。この子は確かに可能性を秘めている。親ばかかもしれないけれど、そう思う。
師匠いわく、クレヨンの色が違うように、人はそれぞれの色があるという。息子はどんな色を持っているのだろう。私の色はどんな色で、残りの人生、どんな絵を描けるのだろう。