直感のもたらすもの | 神様との奇跡の出会い

神様との奇跡の出会い

全く霊感もオーラも見えないただの人間が、半分スサノオさまが入った師匠との出会いを振り返り、私に起こった奇跡を書いてみたいと思います。

いつのころからか、勘がさえてきたような気がする。直感というやつか。例えば、人に会ったとき。今日もそうだったのだが、直感が働くのは、いつも苦手な人に会うとき。好きな人はそんなことないのだが、苦手な相手ほど、表情や細かい仕草などから、だいたい何を感じているのかがわかる。

 ほんのささいな仕草なのだけれど、だいたいそこの人間関係さえつかんでしまうから不思議だ。こうした直感はだいたい当たっている。

そんなときは、長居をしない。要件を終えたら、その場をすぐに離れるようにしている。空気が重いからだ。

 なぜ、こんな直感が芽生えたのだろう。たぶん、家に神棚があり、産土神社にお参りし、時には大きな伊勢神宮とかに行っているからだろうか。なかなかこの神のラインは侮れないですよ。それは神様のルートだから。産土神社は大きな神様の支店のような役割で、感謝とか願いを取り次いでくれる代理店みたいな役割。家の神棚は、一番小回りのきく営業所かな。このラインは最強かもしれない。

 そして感謝を忘れないことだ。

 世の中には、組織の中でふんぞり返って、謙虚さとか感謝とか忘れてしまっている人がいる。でも、それって組織の中では通用するかもしれないけれど、神様レベルでは通用しないと思う。肩書とか、バッチとか、こだわる人がいるけど、肩書やバッチを失ったときほどみじめなものはない。「森に入ったら、みんな同じ」とかつての上司は言っていたが、大自然の中で、どんな大学を出たとか、社長とか、まったく意味をなさないものになる。人間として必要なものはなにか。原点にかえって考えないと、取り返しがつかなくなるのではないかな。と思う今日この頃です。