最近、思うのは、あらゆることに表と裏が存在するということ。昼があれば夜があるように。
神社でお参りするときも、参道を歩いて神殿でお祈りをするが、よくよく見ると、裏に回ると小さなほこらがあることが多い。この裏こそ、実はすごいパワーを持っていたりする。
本当はこの裏の小さなほこらこそが、源なのではないかと思うのだ。
例えば、出雲大社。この正面の大しめ縄のある神殿は有名だが、ぜひ裏に回ってほしい。
その裏の薄暗いほこらこそ、スサノオがまつられているところだ。そこに手をかざしたところ、ピリピリするような刺激を受けた。じんじんくるほどのすごいパワーを感じた。
太陽をつかさどるアマテラスに対し、それを陰ながら支えているのはスサノオではないかと最近、思うのだ。
しかもスサノオをまつる熊野神社系は地味なものが多い。決して華美に飾らず、どちらかというと裏で支えるほうだと思う。
物事にも表があれば、裏がある。決して目立たないけれど、スサノオさまのパワーは大きい。太陽があれば月がある。昼があれば夜がある。闇がなければ光のまぶしさがわからないように、実は神社は背後が面白いのかもしれない。
