○○さえ飲まなきゃ… | クスリに頼らない自遊人

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東大法卒のアル中です。ベンゾジアゼピンを断薬して6年が過ぎました。東大野球部応援とグルメ情報、映画レヴューとメンヘラネタが中心です。
コメントには塩対応なので悪しからず御了承下さい。

今日のMDAA昼のZOOMミーティングの予定(原則毎週木曜日開催です)
◇日時
 10月29日(木) 1300-1430
◇ミーティングID/ PC:
  ID : 623 067 2924
  PC: 8sxhBn  
◇テーマ
・言い訳
・選択したこと、されたこと
オープンミーティングです、どなたでも参加できます。


酒さえ飲まなきゃ
好い人なんですがね…

これは(初期ー中期までの)アルコール依存症者を評する、典型的な周囲の言葉。

人に気を使いすぎ、好い人を必死に演じる人が疲れはてて、あるいは「変身」のために酒に頼り、アル中になりやすいことを象徴していますが、

もう一つあります。

何故か飲んじゃいけないとき
普通の人なら常識的に絶対に飲まないとき
そんな時に限って飲んでしまうのがアル中。

そのことが健常な人を唖然とさせるし、

アル中・アディクト
=自堕落でだらしない、意思が弱い、非常識、人間の屑

そんなイメージを植え付けてしまっています。

大事な会議の前とか
大事なデートとかお見合いとか

高級○○○に行ったときとか

アル中の芸能人なら、酒でなんかやらかしてのお詫び会見の時とか、

悲しいかな

一番やっちゃいけないときにやらかしてしまう。

ほろ酔いどころか、酒の匂いプンプンさせて前後不覚になるまで飲んでて役に立たない醜態を曝してしまう。

これ、依存症のメカニズムからは不思議でもなんでもありません。

大事なときって
それはタダでさえ緊張する
不安になる場面。

普段頼っている人にとっては、酒でも頓服ソラナックスでも一番必要な時です。

なのに絶対飲んじゃいけない
素面で乗り切らなければならない

でも、真面目なんです。
責任感も強い
だから
「やれない」って言えない。

なのに
「飲めない」
そう意識した瞬間
そのプレッシャー、その不安は10倍くらいにはね上がっしまう。

心臓バクバク
呼吸は苦しくなり
手足は冷たくなり
頭は真っ白
冷や汗タラタラ
喉がカラカラ

それを離脱症状と呼んでも
渇望と言っても同じですが、

それに抗しきれずに飲む、
それが消えるまで。

結果的に、一番酔ってはいけない時に酔っ払う醜態を曝してしまいます。

恥をかくくらいならまだいいんですが

車を運転して事故起こしたり
仕事で穴あけたり、客を怒らせたり 
人様を傷つけたり、迷惑をかけたり

幸いお酒に泥酔して事故を起こしたことはありませんが、ある時期からはベンゾ入れずにクルマの運転が出来なくなっていて、常用量ですがベンゾに酔った状態で赤信号に突っ込み、両者全損の事故を起こしたことがあります。

これがお酒だったら間違いなく交通刑務所行きだったところですが、
同じ状態でも処方薬のベンゾだったことで、「酔っぱらい運転」については何のお咎めもなし。

免停も罰金もありませんでした。

気を失ってたり
注意力が散漫になったり
気が大きくなったり

薬効は同じです。
いや衝動性とか攻撃性、奇異反応という点では処方向精神薬の方が危険かも知れません。

実際、救命の現場では死亡事故のかなりのケースで向精神薬の常用が原因になっていることが常識になっていると言われています。

なのに制限が極めて緩い。

匂いもないから人には使ってるのが分かりにくい。
危険性への社会的な認知度も圧倒的に低い

これは大問題だと思います。