不安と依存と共感と | クスリに頼らない自遊人

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東大法卒のアル中です。ベンゾジアゼピンを断薬して6年が過ぎました。東大野球部応援とグルメ情報、映画レヴューとメンヘラネタが中心です。
コメントには塩対応なので悪しからず御了承下さい。

のぶです。

今日のテーマは「不安と向き合う」にしました。

私も依存は何が対象であれ不安の裏返しだと思います。

というより、不安こそが依存の正体なのだと思います。

無いと不安になり
不安を抑えるために使わざるをえない、止められない。

不安を誤魔化し続け
「まだ大丈夫、アイツらほどじゃない、アイツらとは全然違う」と

結論をズルズル先のばししてしまうものです。
処方薬の場合、濫用者の話を実際に聴く機会は、普通の人にはほとんどないと思います

ほぼ100%近くは、濫用といっても快楽享楽目的ではありません。

不眠や不安で適法に処方され、常用して耐性で効かなくなり

量が増える。
処方量では足りなくなる。
離脱症状に耐えられず、已む無く不適法な入手(病院を梯子、ネット購入など)  に手を染める。

所定の飲み方から逸脱する
飲む回数が増えたり
お酒とチャンポンして寝たりする。
方法が不適切でもやっていることは離脱症状を回避しているだけですが、

いつの間にか不安を抑えるために使うようになっている

眠れないことへの不安
離脱症状への不安
薬がなくなることへの不安
血中濃度が減ることへの不安

クスリが体内から切れることへの不安

そんな具合に心が不安に支配されてしまった状態

量が常用者より多い訳で必ずしももありません。
多い少ない、適法不適法ではなくて、

飲む目的、意識の変化です。

長く飲むと誰でもそうなりえますし、程度の差です。

そこに倫理的な非難の余地を見つけることはできませんし、お話伺っていて常用だった私との質的な違いを感じることはないです。

何故飲んだのか?
飲み続けてしまったのか?
飲み方がおかしくなったのか?

そこには共感することが多いですし、

自分の気付きにも繋がります
どうやれば自分が飲まないでいることを続けられるか、の

もちろん感じ方は人それぞれですし、これは私の感じ方に過ぎません。
違うと感じたところで間違ってる訳じゃありません。

同じ問題に気が付ける、共感できるって悪いことじゃないな、と思うだけです。

少なくとも違うところばかり探すよりよほど健全で楽しいですし、
お仲間が増えて得だな、と感じるだけです。

この年になってやっと共感力って貴重なものだな、と思うようになれましたから。
田無フレンドリー

2月9日(日) 1330-1630
田無フレンドリー

2月22日(土) 13:00-16:00
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