本日のベト飯パーティー
愛中会の仲間たちと新年会を兼ねたベト飯パーティー。
いつもはお昼くらいから始めてうだうだ~~っとお酒を飲みながらつまむものが多いのですが、今日はみんなの集合が夕方だったので、『ご飯にあうベトナムおかず』という路線で行ってみました。
つくったのは、
・goi cuon(生春巻き)
・Rieu ca(北部風魚のすっぱいスープ)
・Khoai so um tom kho(里芋と干し海老の煮物)
・ca chung tuong(魚の醤油蒸し)
・suong heo xao sa(豚スペアリブのレモングラス炒め)
・Rau luoc(茹で野菜)
・com trang(白いご飯)
生春巻きは、ベトナムから買ってきた、生春巻き専用台を投入。
これで、春巻きの皮がお皿にひっついて上手く巻けない。。。なんてことはもうなくなりました。
具はシンプルに、草と、豚肉と海老だけ。タレは、レモン買い忘れたので、スウィートチリソースで代用。いつものように、銘々で手巻き。
スープは、冷蔵庫・冷凍庫に残ってた残り物の、鯛の切り身と、トマトで。春巻き用に豚をゆでたスープを捨てるのがもったいなかったので、残り物投入。少量しか出来なかったので、最初に来た3人だけに、こっそりと。。。ほんとはディルを入れると、更に香りが立ってよかったのですが、今日は簡略版です。
里芋の煮っ転がし、これは今回非常に評判がよかった。海老のだしと豚のだし、それにnuoc namのだしを吸ったほくほくの里芋。私里芋の皮を剥くのがすごく嫌いなのですが、あの美味しさは里芋がぴったりなんだよな~~~。ご飯にあいます。
お魚は、かじきを使いました。近所の商店街のお魚屋さんで、すごく立派で脂の乗ったかじきの切り身の特売をやってて、思わず。お砂糖やnuoc mam風味の味付けが多いので、nuoc mamは使わず、ベトナムのお醤油としょうが、それから胡麻油をきかせて、大量の白菜と一緒にさっぱりと。本当は卓上でコンロを出して、お野菜投入しながらお鍋のようにして食べるのですが、卓上用の小鍋がない。。。ルクルーゼ買う前に、小鍋買おう。うん。
付け合せのお野菜。ベトナム人は、家庭ではお野菜炒めるよりゆでて食べることが非常に多い(そして北部の人は、茹で汁を捨てずに、ちょっと味をつけてスープ代わりに飲みます)。今日は、冬野菜ということで青梗菜と大根。青梗菜には白胡麻塩、大根には味噌のタレで。これはゆでたて、あったかいのを食べるのがいい。
そして、今日、一番人気だったのが、スペアリブ。
nuoc mamと、レモングラスのみじん切りと、砂糖と胡椒で下味つけて、焼くだけ、と超簡単。
どかっと800g分。結構な分量だったけど、6人いたらあっという間になくなりました。
ご飯も、タイのジャスミンライスを。3合炊けばいいかな、と思ってたけど、もう3合炊きました。。。そう、みんな、おかずの汁やらタレやらをご飯にかけて食べている。まるでベトナム人のごとく。。。言わなくても、みんな美味しい食べ方に気がつくものなんだな~~~。
ご飯のあとも、土曜日だしまだまだ時間はたっぷり。
日本の政治や未来、若者の話なんぞも飛び出し、楽しい時間はあっという間。
気がついたら、お酒の瓶が6本空いてました。
みんな食べにきてくれてありがとうね~~~
IKEAで見つけたベトナム
免許取立ての友人の、運転の練習を兼ね、港北のIKEAへ。
(Mちゃんお疲れさま~~~~!)
ほんとに、あそこは悪魔のような場所です。
欲しいものがいっぱい。。。しかも安い。
いつもは家族と行くことが多く、欲望の赴くままに衝動買いをしてしまうけど、やはり友人だと抑制がきく。
必要なものしか買いませんでした。笑
今回、実は初めてだったのが、IKEAの中の食堂。
学食のようにセルフサービスになっており、冷たい前菜、温かい主菜、つけあわせ、パンやデザート、とかなりリーズナブルな値段設定。さすがIKEA。なんか、イギリス時代の大学の食堂を思い出した。(ま、10年以上前のイギリスの学食ですから、不味くて高かったけど。。。)
デザイン性を保ちつつ、徹底したコスト意識・効率性に基づくIKEAのビジネスモデルは、本当に面白いと思う。
今回、生産地が気になって、いろいろ見ていたら、やっぱりmade in Chinaのものが多かった。やはり中国はまだまだ世界の工場。
と思ったら、意外と産地がベトナムになっているものもちらほらあって。
私が買った、ステンレスのボール。よくよく見たら、ベトナム産。
やっぱり、ベトナムで作ったほうがコストが安くなるようになってきたのだろうか。
人件費は明らかに中国より安いけど、ベトナムは輸送費がかさむ国。(原材料の輸入と、製品の輸出と)
こういう小さくて、原料が手に入りやすいものは、ベトナム生産が増えていくのだろうか。
* * *
今回、とても素敵なスタンドライトを見つけたけど、ちょっと悩み、今日は買うのを止めた。が、
家に帰ってきたらやっぱり欲しい!
ということで、近々兄に車を出してもらおう。。。(しかし、兄と行くと、衝動買いが恐ろしいことになりそうだ。。。)
『妻と娘の国に行った特派員』を読むj
- 好きな作家ベスト3に入る、近藤紘一のエッセイ集。
- 妻と娘の国へ行った特派員 (文春文庫)/近藤 紘一
様々な雑誌に寄稿した、近藤紘一の、エッセイをまとめたもの。
テーマが特にあるわけでもないが、しいていてば、『東南アジア』が全てのエッセイに共通しているだろうか。
ベトナム戦争下のサイゴン。
日本に帰国後、新たな赴任地となったバンコク。
そこから取材に訪れた、戦火のカンボジア。
ビザ更新の行き先だったシンガポールやペナン。
彼の、深い洞察力と、ユーモア溢れる文章で綴られた、東南アジアの国々。
単なる読み物レベルではない、歴史の1ページを切り取る文章。そして、早逝した彼が、もっと長生きだったら日本のジャーナリズムはもっと違ったのではないだろうか、と思わざるを得ない、厳しく、暖かい切り口。
特に、カンボジア絡みの話は、彼の他の本にはあまり取り上げられていないので、非常に面白かった。
新聞記者として、そしてベトナム人女性を娶った一人の男性として、彼の描くベトナムは、それから30年経つ今でも充分にその姿が伝わってくる。ましてや、ベトナムで暮らしていた身には、『そうそう!』と思わずにはいられないことが多い。
ただ、彼の本によく出てくる、HCMC(当時はSai Gon)のマジェスティックホテルからの眺めの描写を読むたびに、時の移ろいを感じる。近藤紘一の見ていた景色と、私たちが今HCMCに見る景色と。
今のベトナムを見たら、近藤紘一は、どんな文章を書くのだろうか。
仕事における自主性
どこまで自主的にやればいいんだろう?
部署の誰かが穴を開けた仕事。
穴が開いている、と気がついてしまった自分が全て引き受けるべきなのだろうか。
去年、それをやった結果、いろんな仕事を自分が引き受けることになって、本来自分がやるべき仕事・やりたい仕事が出来なかった。残業地獄にも陥った。周囲には、仕事のゴミ箱、とまで言われた。
今の年代は、そういう年代なんだよ、と言われ。
* * *
(ライン的に)斜め上の先輩に怒られた。
『この仕事は、自主的にお前がやるべきだ』
2週間くらい前に、担当決めしたときには、そんなこと言ってなかった。昨日、部長報告したときにも何にも言わなかった。なのに、なんでいきなり?そして、本来の担当者に何故直接言わない?
そりゃぁ、私の担当分はちゃんと出来ていたけれど、全体取りまとめはボロボロって知ってた。でも、それは別の人の所掌。周囲も私が担当外、ということで情報だってシェアしてくれない。そんな中で。
どこまで手を出せばいい?
どこまで口を出せばいい?
ラインの先輩、上司には、余計な仕事をやるな、残業するな、と言われ、その中で、『自分の仕事じゃない仕事がほったらかし』に気がついて。気がつかなければ、『気が利かない』と言われ。気がついて声を上げれば『じゃぁそれやって』と言われ。
* * *
マネジメントの管理や仕事の割当がきちんとしてない、という根本的な問題の中、どこまで仕事を自主的に抱え込めばいいのだろう?
Edible Schoolyard
とある雑誌を読んでいて、目に留まった記事、それは、Edible Schoolyard--食育菜園。
http://www.pebble-studio.com/edibleschoolyard.htm
所謂カルフォルニア キュイジーヌを始め、地産地消を提唱した、アリス・ウォーカーズ が行った活動の一つ。
ことの始まりは、アリス・ウォーカーズのレストランの近所にあった、ひどく荒れた公立の中学校。
そのことを嘆いたインタビュー記事が、新聞か何かに掲載されたとき、その学校の校長先生は、『では、どうしたらいいのか?』と彼女と検討を始めた。
アリスのsolutionは、Edible Schoolyard。
学校に菜園を作り、そこで出来た食物を、学校の中で調理して、食べること。
低学年は、菜園で野菜や果物を育てることを学び、高学年は、調理場で料理を学ぶ。
当初は賛同者もおらず、実現には困難を極めたが、コンクリで固められていた校庭の一角は今や見事な菜園となり、カリキュラムも充実し、このEdible Schoolyardそのものが、カリフォルニア州だけでなく、全米に広がっている、という。(ホワイトハウスに菜園を作る、という話も、きっとここにつながっているのだろう)
読んでいて、涙が出てきた。
日本では、こんなことが出来るのだろうか?と。
食育。
自分が食べるものについて学ぶこと。
実家が果物屋、という知人の、そのお母さんは、地元の小学校に、食育ボランティアの講義をしにいっている。たまたまお目にかかったときにおっしゃっていたのが、『今の子供たちは、"生きた"食べ物をしらない』ということ。
外食、店屋物、レトルト食品。
スーパーやコンビニに行っても、加工食品ばかり。
お肉、お魚も、ほとんどが切り身になって売っている。
(そういえば、今の子供たちは、鶏の絵を描くと、脚が4本あったり、魚の絵は、海の中に切り身が泳いでいたりするらしい。。。)
自分の体を作り、支えてくれる食べ物。
それがどのように作られているのか、知らない子供たち。
私たちが小学校のときは、理科で、学校の片隅にある小さな水田で稲を育てたりしたけれど、今はそういうことはやっているのだろうか。
両親が連れて行ってくれた、果物狩り、栗拾い、魚釣り。知人の家での筍掘り。実家の裏庭には、枇杷や渋柿の木があって、夏には枇杷を取って食べたり、渋柿は、冬に干し柿にしたりした。大学生になってからも、農園の草取りボランティアに行ったりもした。
自分の中ではそれは当然のことだったけれど、世の中、そうとも限らないと知った今、そういう環境にいられたことに心から感謝するとともに、次の世代に、私たちはどうやってそれを伝えていくことが出来るのか?と自問自答。
お正月の花
お正月に実家に帰ったときにお裾分けしてもらった、黄梅。
梅の花って、楚々としていて好きです。
緑色の鳥かご風は、実はキャンドル用。今回のベトナム旅の戦利品。(ちなみにベトナム人は小鳥を飼って自慢する文化があり、鳥籠が結構売られている。ま、これには鳥は入りませんが。。。)
そしてちょっと種類が違うけど、黄色の梅は、ベトナム(南部)でもお正月の花。旧正月が近づくと、街のあちこちに黄梅が飾られたり、例えばコーラの缶なんかも、新春バージョンとして黄梅の柄になる。
これはベトナムの黄梅。日本のものに比べて花が大きい。
ちなみに北は、桃と金柑がお正月のお花。
あと、南国ならでは、なのが、西瓜。
西瓜は、ぱかっと割ると、丸くて赤いのでおめでたい、ということで、お正月の食べ物なのです。
↑はベトナム時代の写真だけれど、ベトナムの父(と思っているベトナム語の先生)に、お正月前に、花市場に連れてってもらったことを思い出した。懐かしい。。。
日本へ
あけましておめでとうございます。
今年もどうぞ宜しくお願い致します。
* * *
一週間のベトナム旅。
なんだか、記憶喪失から覚めたような一週間だった。
長いこと、眠っていてベトナムのその変わり様に驚くような。
旅の最初のうちは、やっぱり自分がいるべきところはベトナムなのではないか、と思った。
でも、旅の終わりには、やっぱり、今の自分は、東京に住む人間なのだ、と感じた。
そう、これは旅であり、帰る場所は東京なのだ。
ベトナムへの思いはもちろん強い。大好きな場所だし、自分の価値観を大きく変えてくれた場所でもある。
何より、仕事を通じてこの国に貢献したい、という思いは変わらない。
でも一週間いて、以前ほど、ベトナムベトナム、と声を上げることもないかな、という気持ちになった。
まずは、自分の足元を固めることのほうが、ずっとずっと大切、と。
なんだか私の心は、東京とベトナムのあいだをずっとフラフラしているような感じで、定まっていなかった。でも自分の方向性をきちんと決めなくては、と。
そんなにベトナムが好きなら、今の生活---家族も、日本での人間関係も楽しみも、今の仕事も全部捨ててベトナムに行くことだって出来るはず。でも、その決断が出来ないのは、やっぱり自分にとって、日本にいる家族や人間関係や楽しみも、今の仕事も大切だから、なのだろう。そして、楽しかったあのベトナムの2年間は二度と帰ってこないのだ。今ベトナムに行ったとしても、あの2年間と同じようにはいかない。
前を向いていたようで、どこかであの2年間にこだわっている自分がいた。でも大切なのは、今のベース、今の自分、そしてこれから。
それに気付くことが出来たのが、今回のベトナム行きの最大の収穫。
今年は、だから、いい意味で脱ベトナムしよう。ベトナム以外のことにも目を向けて、もっと自分を広げよう。
(もちろん、ベト飯も作るし、ベト語の勉強も頑張るけれど)
ベトナムは、自分にとっては変わることはないのだから。本当に大切なことに気付かせてくれる場所、として。
HCMCへ
今日は、友人と分かれ、私はHCMCへ、そして夜には日本に帰る日。
一週間のベトナム滞在は今日でお終い。
早起きして、日の出を見に行く。太平洋から登る朝日を見たかったけれど、遠くはるか彼方の水平線上には雲が低くたれこめていた。でも、雲の上から光が空を薄いピンクに染めていく。
広い広い、Quy Nhonの空。
高い空にうっすらと浮かぶ雲も、桃色に染まる。
朝8時半のフライトを目指して、空港へ。
海がどんどん遠くなって、こんどはQuy Nhonの街が近づいてくる。
なんだか現実がどんどん近くなって来る。。。
そして、あの小さな空港。
こんな小さな空港の待合室にも、PCが。なんだか笑ってしまった。
* * *
8時半の便でHCMCへ。40分ほどのあっという間のフライト。
涼しかったQuy Nhonから、またあの暑く、喧騒かしましいHCMCへ。
今日は予定盛り盛り沢山。
まず、会社の先輩に頼まれたハンドキャリーの品の受け取りと、
お直しに出していたワンピースの受け取りと、
市場に行って、料理道具の買出しと、
スーパーでお土産買出しと、あと
お昼に大好きなcom henも食べなきゃ!
夜は、大晦日、ということで、現地法人の社長のお宅にお招き頂いてるので、それに持って行くお花も買いに行かなくちゃ。
市場ではいろいろありました(卸したてのデニムのパンツにガムつけられた、とか、道端に食べ終わった食器が置きっぱなしで、(気付かなかった私も悪いけど)荷物を降ろしたらその食器の上だった、とか)、でもここはベトナム。そんなことでイライラしたりめげたりしてはいけません。強く生きないとね。
そして、またもやばったり知人と会い、どっかでお茶でも、ということで、Park Hyattのラウンジでお茶。お腹が減っていればアフタヌーンティー食べたいところだったけど、com henでお腹が膨れ、かつこのあとお呼ばれ、ということでそれは我慢。
絶品クレームブリュレを頂きました。
ま、価格的には日本でお茶した感じなのですが、あの優雅な雰囲気をこのお値段で楽しめる、と思えばお徳?
社長宅へは、花束を。
昔のベトナムの花屋といえば、怪しい花束しか売ってなかったけど、最近は日本のように、色や予算でアレンジを作ってくれるお店が出来たようで、そこで、蘭2種類と白いバラで、緑と黄色と白を基調にした花束を。日本で買ったら4,000円くらいはしそうな花束が、このお店では360,000円(1,800円)。もちろんベトナムのその辺の花屋と比べたら高いけど、この程度なら日本よりずっと気軽に買える。(写真を撮るのを忘れたのが悔しいです。)あ~~~またベトナムに住みたい。。。
社長宅では、後輩たちと一緒にみんなでNHK紅白歌合戦を見つつ、社長の手料理を楽しみ。(紅白歌合戦見たの、何年ぶりだろう~~~?) 大急ぎでホテルに戻ってシャワーを浴び、そして空港へ。
慌しい一日でした。


















