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ノムサンの気まぐれ日記

特定社会保険労務士です。趣味はクレー射撃とドライブ。最近アマチュア無線を始めました。JL1GUD。
仕事のこと、趣味のこと、気になる時事問題などを「気まぐれ」にアップしています。


 1946(昭和21)年11月3日、「天皇」が主権を握っていたそれまでの「大日本帝国憲法」に代わり「国民」が主権を司る「日本国憲法」が発布されました。新憲法は、6ヶ月後の1947(昭和22)年5月3日に施行(実施)されました。

 きょう、5月3日は「日本国憲法」の「79回目の誕生日」です。

 1867年の「大政奉還」(「徳川幕府」の終焉。「明治時代」の到来)から1945(昭和20)年(「終戦」)までの80年間を「前期」(正確には78年間)、それ以降今日までの80年間(正確には81年間)を「後期」に分けてみると次のようなことがわかります。

 「前期」は、250年間続いた幕藩体制の遅れを取り戻すべく、「天皇を主権者」として欧米列強と張り合う「軍事立国」の時代。帝国軍隊はアジアの多くの国々を管理下に治めていきました。しかし、1931(昭和6)年の満州事変を皮切りに勃発した「15年戦争」では310万もの尊い人命が失われるという悲惨な結末を迎えることになります。

 「後期」は、戦後復興と繁栄の時代でした。「二度と戦争はしない」との反省と誓いのもとに編まれた「新憲法」は、国家の「主権」を天皇から「国民」の手に移しました。

 「高度経済成長」の呼称が示すようにその発展は目覚ましく、みるみる世界の大国と肩を並べるほどに「民主政治」も「自由経済」も成長していきました。こうして「後期の80年」は瞬く間に過ぎていきました。

 そして「令和」の時代を迎え「新しい80年」の足音が聞こえて来るようになりました。


 今朝の朝刊です。「憲法改正」に関する世論調査の結果が載っています。それによると、憲法改正「賛成」が47パーセント、「反対」が43パーセントとなっており、拮抗しながらも「賛成」が上回っています。

 内容をみてみると「若者世代」が「賛成」。「高齢世代」が「反対」の傾向にあるようです。これは「朝日」の記事ですが、他紙でも同様の結果が出ているようです。

 憲法改正の要は「第9条」にあることに疑いの余地はありません。

 かつて、ある政治家が「戦争を経験している政治家がいる限り、戦争は起きない。しかし、いなくなったときが危ない」と、言ったといいます。

   私は、いまが「そのとき」と思っています。

 私は1948(昭和23)年生まれの77歳です。もちろん戦争の体験はありません。しかし「実体験」はないけど「余韻」は知っているつもりです。

 私の父母も祖父母も「戦火」をくぐってきました。私は爆弾の炸裂音や機銃の掃射音は知りませんが、彼の人たちから「生の声」を聞いています。「余韻」を知っているとは、そんな意味からです。

 ところが、私の子や孫たちは余韻も知りません。「戦争」はテレビやゲームの中のことなのです。これではいけない。そんな気持ちがこの記事を書かせています。

 「新しい80年」。それは「天使」の羽音が響き合う時代なのか、それとも「悪魔」の囁きに怯えながら生きる時代なのか…。

 いずれにしろ「政治」を最終的に決めるのは「選挙」です。国家の運営は選挙で正当に選ばれた「国民の代表」に委ねられます。ですから、私は「選挙の結果」に口を挟むつもりはありませんが、選挙の結果が「国民の意思」と合致していないと思われる節が見受けられのは、残念というより「悲しい」です。

 以上、憲法記念日に当たっての「ノムサンの呟き」でした。
 
 子や孫たちが「天使の羽音」を聴きながら暮らせる世の中が来ることを祈りつつ。

 「憲法」は「学者」や「法律家」のものではない。まして「政治家の道具」ではない。

 「憲法」は「国民」一人一人が「幸せ」を追求するためになくてはならないかけがえのない「道標(みちしるべ)」である。