無気力無関心(仮) -72ページ目

よしっ

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 |ハ_ハ ダレモイナイ・・・
 | ゚∀゚)')  なおるよ! スルナラ イマノウチ
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         ハ_ハ  ♪
       ('(゚∀゚∩   どんなに死にそうになってても~♪
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          ♪      ∩ ゚∀゚)') 死んでなかったら~♪
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年内には復帰したい。

3.突然リアルに目覚める

大学は熊本を出て九州内の某大学に進学しました。

 

1人暮らしで行動が自由になったこともあり、色々とやらかし始めます。


 

まず、寮に入った初日に20室×5Fの全室に麻雀牌とマットを持って挨拶にまわりました。

 

おかげで寮内で麻雀がある時は必ず声を掛けてもらえるようになり、週に2~3回は徹麻をやってました。

 

それからフリー雀荘にも顔を出すようになり、いつでも麻雀を打てるという環境にもなりました。

 

以前までは「人が集まらないのなら無理に打たなくてもいい」というスタンスだったのが、「とりあえず打てるんなら、どこでも誰とでも打つ」というのに変わって、これで普通の麻雀好きに近くなったんだと思います。

 

しかし一方で、『(麻雀に関して)誰一人日本語が通じないんだけど、こいつら本当に義務教育受けてんのか?』『なんでみんな○鬼流にカブれてるんだ?こいつらキモい…』『雀荘にいる人間って客も店側も全員(いろんな意味で)終わってんな…』『(天鳳のパン卓狩りのような勝ち方をしていたので)小銭がバンバン稼げるのは良いんだけど、なんかツマンネー』という思いもありました。(※実際そう思ってたんで、気を悪くした人がいたらゴメンなさい。)

 

まあ、僕がプレイヤーとして真剣に麻雀を打ったのは、この時期の3年間(1995~97年)だけだったんですが…。


 

ただ、楽しんで打っていた麻雀もありました。

 

同じクラスで仲の良かった4人でグループを作って、いつも僕の部屋に集まって遊んだりレポート作成したりしていたのですが、彼らと打つ麻雀は『自己満足の為の麻雀』ではなく『コミュニケーションツールとしての麻雀』だったんだと思います。

 

他の麻雀と比べてレベルも低いしノーレートだったんですが、この麻雀が僕の人生で最も楽しかった(麻雀を打つ上でのストレスを感じない)麻雀だったと思います。

 

それから、彼らには普段はやれないような実験的な麻雀(任意の中張牌を抜いたトイツ場麻雀とか、僕だけが手牌を公開して打つ通称「魅せる麻雀」とか)にも付き合ってもらいました。


 

それともう1つ重要な事柄としては、大学に入ってすぐにパチンコ店でバイトをするようになりパチスロも打つようになったことでしょうか。

 

僕の認識からすると、確率についての常識的な知識があればギャンブルで妄言を吐くなんてことはありえないと思っていたのですが、お客の大多数だけでなく経営側の人間(店長・主任クラス)も同じようなことを言っているのが面白くもあり、逆に自分の考え方が間違ってないという確信にもなりました。

 

また、バイトとパチスロを合わせると結構な収入を得ていたので、(寮住まいで食事は学食、お金を使うような趣味もなかったし)お金がバンバン貯まっていったのも後々に影響が出ることになります。


 

こうして、ダメ学生として授業・麻雀・バイト・パチスロに明け暮れて睡眠時間もほとんどないような生活を続けた大学2年の冬に、『麻雀プロ受験者募集』の記事を近代麻雀で見つけることになります。

 

 

2.脳内麻雀

高校に入ると僕の麻雀にも少し変化が起きたのですが、(おそらく普通の人とは)ちょっと違う方向へハマっていきました。


僕の高校時代(1992~94年)にはインターネットはまだ普及しておらず、麻雀関係の情報を得られるのは紙媒体だけだったんですが、その収集と消化がメインになりました。



・近代麻雀(その他漫画誌)

紙媒体収集のきっかけであり、最大の情報源でした。

この時期の近代麻雀は(関連本などを含めて)一言一句チェックしていたので、今でも漫画・記事のほとんどを記憶しています。


・麻雀漫画(コミックス)

ちょうど『ノーマーク爆牌党』の連載中で、競技麻雀に対する(かなり美化した?)情報や麻雀に対する考え方の反面教師として役に立ったと思います。(当時全盛期だった○鬼会も同様。)

その他に個人的に漫画として面白いと思ったのは『パラダイス・ロスト(日高トモキチ)』『凌駕(山本修生)』『幻に賭けろ(嶺岸信明&土井泰昭)』あたりでしょうか。

・小説

阿佐田哲也の小説で手に入るものは一通り読みました。(『麻雀放浪記』『雀鬼五十番勝負』『麻雀狂時代』『東一局五十二本場』『ドサ健ばくち地獄』など)

麻雀漫画みたいにヘンに勧善懲悪的ではないところがバクチ打ちのリアルっぽくて面白いと思いました。


・戦術書、専門誌、牌譜集…etc

記事の方にはあまり興味がないんですが、牌譜が欲しくて一生懸命集めました。

牌譜マニアと自称できるくらいでした。



このようにして集めた情報を、さらに自分の頭の仲で再構築していくのが非常に面白く感じました。


一方で、『漫画や記事に出てくる麻雀の常識を(高校生程度の知識で)検証する』『自分で牌を並べて再現した牌譜と記事を読み比べる』『他の麻雀好きと議論(というほどのものでもない)をする』ということをしていくと、(自分には存在しないが自分以外には明らかに存在する)麻雀の嘘というものにも突き当たりました。


「その嘘とは何なのか?」「なぜ嘘をつくのか?」「何が真実なのか?」ということを考えていくうちに、僕の麻雀に対するスタンスが形作られたのだと思います。(僕の麻雀コラムとか「麻雀は好きだけど麻雀打ちは嫌い」とか)



それから、あいかわらずリアル麻雀はほとんど打っていなくて、スーパーファミコンの『プロ麻雀 極 』『プロ麻雀 極Ⅱ 』をやりこんでいました。


しかし、リアル麻雀自体に興味がなかったわけではなく、タウンページを使って雀荘に片っ端から電話をかけたり直接お店の様子を見に行ったりもしていました。(結局、その当時の熊本にはフリーで打てる雀荘はありませんでした。それ以前に高校生の雀荘への入店は禁じられているが…。)

1.きっかけは…

僕の麻雀との最初の出会いは、中1の時に友達の家に遊びに行った際、ファミコンの『ファミリーマージャンII 上海への道 』というゲームを見たことです。


その中の『世界一周クイズDE麻雀』という(麻雀とクイズでポイントを稼ぎながら世界を旅する)モードと友達の微妙な雀力、そしてクイズでは自分が貢献しているという状態がツボに入ったらしく、やたらハイテンションで朝から夕方まで友達のプレイを見ていたのをよく覚えています。


そして帰り際、(そのソフトを貸してくれとはちょっと言いにくかったので)ちょっと古い『麻雀(任天堂) 』のソフトを貸してもらいました。


普通なら「それから麻雀にどっぷりハマっていく」ということになるんでしょうが、僕の場合は手役の概念が理解できていなかった為に(ポン・チーでテンパイはするが)一晩中やっても1度もアガることができず、次の日にはソフトを返してしまいました。


これで一旦は麻雀への興味は薄れてしまいます。



それから1年後、ゲームショップで再びファミリーマージャンIIを見つけたのをきっかけに、ここからどっぷり麻雀にハマっていくことになります。


幸運なことに、このゲームの説明書にはルールの解説が付いていて、そのおかげで誰からも教わることなく麻雀をプレイできるようになりました。


当時の僕は部活や塾・習い事で結構忙しくて友達と遊ぶことは少なかったんですが、逆に空いた時間はほとんど麻雀ゲームをしてすごしていました。(ファミリーマージャンIIの他にも『4人打ち麻雀(任天堂) 』『井出洋介名人の実践麻雀II 』『役満天国 』など)



中学時代(1989~91年)の僕はファミコンのゲームの延長線上でしか麻雀をとらえておらず、「リアルで打ちたい」と思うこともありませんでした。

回顧録

ふと、世捨人K の『FF11回顧録』みたいに麻雀回顧録でも書いてみようかと思った。


これはたぶん、古川凱章 の『麻雀新撰組にかけた男たち』を読んだ影響が大きいんだと思う。


彼がどれくらい真実を語っているのかはわからないけど、麻雀系エッセイに共通するウソ臭さは今のところ感じていない。(全て真実だからか?文章の組み立てが上手いのか?)


僕も当時の時代背景や視点の変化をそのまま書けたらと思っている。(面白くはないだろうけど…。)