やぎ座の神話に登場するのはパーンという半分が山羊、半分が人間の姿をした神様。
自然の中で笛を吹き、野生的で、ちょっと騒がしくて、どちらかというと「文明」より「本能」寄りの存在でした。
あるとき、怪物テュポーンが現れて神々は恐怖で逃げ出します。
(うお座の神話で出てきた宴の話ね)
その混乱の中でパーンも川へ飛び込み、魚に変身しようとしました。
でもここで変身に失敗!
上半身は山羊のまま、下半身だけが魚の姿になってしまったの🫣
こうして生まれた姿がやぎ座(山羊+魚)です。
やぎ座って「厳しい」「怖そう」「真面目」「我慢」そんなイメージを持たれがち。
でもこの神話を見ると、やぎ座は最初から強かったわけじゃない。
むしろ怖かったし、逃げたかった。
(なんならちょっとおっちょこちょい)
それでも逃げきれず中途半端な姿のまま残ってしまった存在。
やぎ座の強さって「最初から強い人」の強さじゃなくて、
弱さを知ったあとで、それでも立ち上がることを選んだ強さなんだと思う。
山羊は山を登る生き物。
一歩ずつ、足場を確かめながら登っていく。
魚は深い海を知っている。
感情や恐れ、見えない世界を知っている。
やぎ座は、恐れも、責任も、現実も、全部知ったうえでそれでも「上へ行く」星座。
だから厳しく見えるし、軽いことは言わない。
それは、守るものがあるから。
今日は、やぎ座の新月。
新月は「まだ形になっていない意志」が静かに生まれるタイミングです。
やぎ座新月は特に、
何を積み上げていくのか
何を引き受ける覚悟があるのか
どんな責任なら、背負ってもいいと思えるのか
そんな問いが外じゃなくて内側から立ち上がってくる。
山を登りきったあと、
その景色をどう「社会に開くか」
みたいな分岐点。
やぎ座は、「我慢しなきゃいけない星座」じゃありません。
この新月。
あなたが今、
「これは引き受けてもいい」と思えるものは何ですか?
それはもしかしたら、
ずっと避けてきたことかもしれないし、
静かに温めてきた願いかもしれないね。
やぎ座の新月は、そのどちらにも、ちゃんと居場所を用意してくれるよ🌑🐐
イラストはタロットカード大アルカナ
ⅩⅤ悪魔のカードと、ⅩⅩⅠ世界のカード。
悪魔のカードはやぎ座、世界のカードは土星に対応しています
おうし座・ゼウス側の物語(続き)
イラストはタロットカード、ペンタクルのキング
おうし座に対応しているカードです
おうし座の物語続き(ゼウス側)
エウロペをさらった白い牡牛の正体は、大神ゼウスでした🐂
ゼウスは天を支配する神。
雷を起こしたり、空を思うままにできるし、
自分もどんな姿にも変えられます。
そんなゼウスが、どうしてわざわざ牡牛なんて姿になったのかな。
それはきっと、力で奪いたかったわけじゃなかったから。
ゼウスはエウロペに一目惚れして、
彼女にとって怖くない存在になることを選んだ。
強さを隠して、牙も雷も置いてきて、
ただ「触れても大丈夫な存在」になって会いに来た。
ゆっくり歩いて、安心できる背中を差し出して、
彼女が自分から乗るのを待った。
これ、神話として読むとロマンチックだけど、同時にすごく人間っぽい。
「欲しい」けど、壊したくない。拒まれたくない。
ゼウスの欲は、衝動じゃなくて、ちゃんと身体を持った欲だったんだと思う。
そこがおうし座の物語らしいよね。
おうし座の欲は、叫ばないし、急がない。
でも一度「これ」と決めたら、簡単には手放さない。
占星術で見ると、おうし座のルーラーは金星。
「好き」
「心地いい」
「これがいい」
そういう感覚を、
現実の世界にちゃんと降ろしていく力。
エウロペが牡牛の背中に身を預けたのも、
ゼウスが牡牛になったのも、
どちらも
“欲を、身体で選んだ”結果だったのかもしれないね。
欲しいものに近づくこと。
欲しい感覚を守ること。
それを恥ずかしがらずに、この世界で生きること。
おうし座の神話は、そのことを教えてくれます。
私たちは自分の金星、ちゃんと使ってるかな?
「これが好き」「これが欲しい」っていう感覚、
安心して選べてるかな?言葉にできているかな?



