1月14日皇居宮殿松の間にて。お題は「葉」 天皇陛下 五十年(いそとせ)の祝ひの年に共に蒔きし 白樺の葉に暑き日の射す (ご成婚50年にあたる平成21年の立春に皇后さまとまかれたシラカバの種から育った若木に、夏の暑い日の光が当たっている情景)
明治時代、日本軍の強さは富国強兵政策のもと日露戦争勝利等で発揮された。その後、大正時代を経て後の昭和の大戦では、米英軍との物量差のみならず日本軍部の上層部の官僚化等の諸要因により、日本軍は実力発揮できぬまま、負け戦で終わった。引き替え、明治に移民となって米国に移住した日系米国人達は、昭和16年12月8日をもって、敵性国民のレッテルを貼られ、強制収容所送りとなったが、若者たちは家族の名誉回復のため志願して兵役となり、最前線で活躍したようだ。現在公開中の映画「442・日系部隊アメリカ史上最強の陸軍」を観ればわかる。1944年6月 イタリア・ローマをドイツ軍から解放、同年9月フランス・ブルエラを解放、同時期、ドイツ軍に包囲され壊滅の危機にあった米軍テキサス大隊211名を救出するために自分達442部隊はそれを上回る800名超の死傷者を出しながら、他の部隊が出来なかった救出作戦を成し遂げる。(アメリカ陸軍史上十戦闘に指定)その後、分隊の522野砲連隊は、1945年4月ナチス・ドイツのダッハウ収容所からユダヤ人を解放。また、他の部隊が時間をかけても突破できないでいた北イタリアに位置するドイツ軍最後の生命線"ゴシックライン"を短時間にて突破する。"彼らは大和魂で戦った"と映画の紹介文にある。大和魂の特性は皮肉にも、米軍内にて発揮されたことになる。"君たちは敵だけでなく、偏見とも戦って勝ったのだ"というトルーマン大統領の1946年7月15日の表彰式での激励の言葉が印象的であった。また、"日系2世はアメリカ人である。だからあくまでも自国に忠誠を尽くして当然である"という東條英機総理大臣から日系人日本語学校に寄せられたメッセージも登場するが、これは武士道精神に基づくものであった。「国家最高勲章の名誉勲章を私が付けているのは、自分のためでなく、生まれ故郷に帰れなかった敵・味方すべての兵隊のために付けているのです」という元442兵士のジョージ・サカト氏(89歳)の言葉は胸に迫るものがある。
天皇陛下の行動や表情を伝える時、敬称の"陛下"のついてない教科書があり、つけるべきとの新聞報道があった。(産経1月11日)"陛下"をつけない表記は"呼び捨て"だというのである。ごもっともではある。では、わが国の新聞は、はたして他国の国家元首の行動や表情を伝える時、"エリザベス女王陛下" オバマ大統領閣下""コキントウ国家主席閣下""ローマ法王聖下""ダライ・ラマ法王猊下"と表記・報道しているのか。また、日本で2番目の地位にある内閣総理大臣の行動や表情を報道する時"菅総理大臣閣下"と敬って報道しているか。さんざん高位高官の人を、こきおろす風土をマスコミ・新聞は作っておいて何をいまさらって感じがする。また、公務を行われる天皇という役職名は"ミカド"や"大君"と一緒で それ自体、敬称を含む気もする。社長を社長様と言うのは二重敬語だ。"陛下"はつけても良いが任意の問題であるとも思う。また、この問題をいうなら、これからは、他国の高位の方も敬称をつけて敬って呼ぶ習慣を身につけていこうと思う。今後、新聞が陛下と対談されている他国の国家元首に"閣下"等の敬称をきちんとつけているか、要チェックだ。