明治時代、日本軍の強さは富国強兵政策のもと日露戦争勝利等で発揮された。その後、大正時代を経て後の昭和の大戦では、米英軍との物量差のみならず日本軍部の上層部の官僚化等の諸要因により、日本軍は実力発揮できぬまま、負け戦で終わった。引き替え、明治に移民となって米国に移住した日系米国人達は、昭和16年12月8日をもって、敵性国民のレッテルを貼られ、強制収容所送りとなったが、若者たちは家族の名誉回復のため志願して兵役となり、最前線で活躍したようだ。現在公開中の映画「442・日系部隊アメリカ史上最強の陸軍」を観ればわかる。1944年6月 イタリア・ローマをドイツ軍から解放、同年9月フランス・ブルエラを解放、同時期、ドイツ軍に包囲され壊滅の危機にあった米軍テキサス大隊211名を救出するために自分達442部隊はそれを上回る800名超の死傷者を出しながら、他の部隊が出来なかった救出作戦を成し遂げる。(アメリカ陸軍史上十戦闘に指定)その後、分隊の522野砲連隊は、1945年4月ナチス・ドイツのダッハウ収容所からユダヤ人を解放。また、他の部隊が時間をかけても突破できないでいた北イタリアに位置するドイツ軍最後の生命線"ゴシックライン"を短時間にて突破する。"彼らは大和魂で戦った"と映画の紹介文にある。大和魂の特性は皮肉にも、米軍内にて発揮されたことになる。"君たちは敵だけでなく、偏見とも戦って勝ったのだ"というトルーマン大統領の1946年7月15日の表彰式での激励の言葉が印象的であった。また、"日系2世はアメリカ人である。だからあくまでも自国に忠誠を尽くして当然である"という東條英機総理大臣から日系人日本語学校に寄せられたメッセージも登場するが、これは武士道精神に基づくものであった。「国家最高勲章の名誉勲章を私が付けているのは、自分のためでなく、生まれ故郷に帰れなかった敵・味方すべての兵隊のために付けているのです」という元442兵士のジョージ・サカト氏(89歳)の言葉は胸に迫るものがある。
