一日一考 日本の政治/原武史 (本書から考える近代日本の大阪について) | れぽれろのブログ

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原武史さんの近著「一日一考 日本の政治」(河出新書)を読みました。
原武史さんは放送大学の教授で、日本政治思想史がご専門の学者さん。とくに近代日本の天皇に関する研究で有名な方ですが、その他にも日本の鉄道や団地などについても研究されており、これらに関わる多数の著作があります。自分は原武史さんの著作が好きで、その多くを読んできています。

近著「一日一考 日本の政治」は、計366人の人物の言葉を取り上げ、それを1年366日のそれぞれの日に当てはめて、著者自身がその人物の言葉についてコメントし、ひろく日本の政治について考えてみるという趣旨の本です。
本書の面白いところは、単に著名な政治家の名言・格言を並べるいったような本ではなく、かなり広い意味で政治という概念をとらえ、ひろく日本の政治に関わる様々な階層の人間の言葉をチョイスしている点です。例えば、1月1日は阿満利麿(宗教学者)の天皇についての考察の言葉、1月2日は奥崎謙三(昭和天皇に向かってパチンコ玉を発射した人)の戦争に対する思い、1月3日は北村サヨ(神道系新興宗教の女性教祖)の日本に対する思いの言葉が取り上げられる、といった具合です。

取り上げられる人物は政治家もいますが全体の1割~2程度です。政治家以外の人々の方が多く、学者、宗教家、文学者、芸術家、軍人、皇族、活動家、その他市井の名もなき人々まで、様々な階層の人々の言葉が取り上げられています。
著者は天皇に関する研究者ですので、やはり天皇や皇族の言葉も多く取り上げられており、明治~平成の4代の天皇も登場しています。これは著者が天皇について詳しいという理由だけではなく、おそらく日本の政治について考える場合、天皇というものは政治と切っても切れないものであるからなのだと思います。
こういった政治に関わる書籍の場合、どうしても取り上げられる人物が男性中心になりがちですが、意識的に女性の言葉が多く取り上げられている点も、本書の一つの大きな特徴です。
また、1年366日の日付と言葉の関わりも面白く、例えば昭和天皇が亡くなった1月7日には中上健次(被差別部落出身の作家)の言葉が取り上げられ、天皇制と差別の問題が考察される、といった具合です。

本書は著者のこれまでの政治思想史研究の集大成のようにも読むことができてたいへん面白く、近代日本の政治に関心のある方にはぜひ読んで頂きたい本です。
1年366日について「今日は何の日?」的に読むこともできますし、パッと本書を開いて目に留まった部分を読むというような読み方も面白いと思います。ちょうど1日1ページの分量でまとめられているので読みやすく、それでいて内容はかなり奥深いです。
それぞれの人物の言葉の出典も記載されており、その著書もまた読みたくなるという具合に、読書の幅が広がる本でもあります。


さて、自分は大阪府出身者・在住者ですので、本書の中での大阪に関わる言葉にとくに関心があります。以下、「一日一考 日本の政治」の中に登場する大阪に関わる項目を取り上げてみます。

本書「一日一考 日本の政治」で、大阪が登場するのは計10回、司馬遼太郎(3月28日)、小田実(4月24日)、小松左京(4月29日)、坂口安吾(6月5日)、田辺聖子(6月6日)、樋口謹一(9月4日)、谷崎潤一郎(9月6日)、小林一三(9月10日)、多田道太郎(11月7日)、池田大作(12月21日)の各項目です。
このうち坂口安吾と田辺聖子については1947年6月5日と6日の昭和天皇の大阪への行幸に関わる言葉、樋口謹一と多田道太郎は大阪府枚方市の香里団地に関わる言葉、池田大作は創価学会の大阪への布教に関連する言葉で、それぞれの主題は天皇、団地、宗教です。
近代の大阪を考える上では、司馬遼太郎、小田実、小松左京、谷崎潤一郎、小林一三の5人の言葉がとりわけ重要です。

小林一三は阪急の創業者で、明治後期から昭和初期にかけての阪神間の文化の創設者として非常に重要な人。9月10日の項目では、東京での実業は常に政治が関わっているが、大阪は政治との直接の関わりが薄いので非常にやりやすい、という趣旨の小林一三の言葉が引かれ、純粋な民衆のための鉄道(阪急)を敷設した小林は、福沢諭吉の半官独立の思想を大阪の地で実践したと補足されています。
谷崎潤一郎は明治末から昭和にかけて活躍した作家で、関東大震災を機に東京から関西に移住した人。9月6日(関東大震災の5日後)の項目では、この西への移動の際の谷崎の所感が抜粋されており、自警団を組織し移住者を受け入れなかった京都に対し、移住者をどんどん受け入れる大阪の様子(黒山の人だかりになる梅田)が描写されています。

小田実はベ平連の代表で、様々な場所でベトナム戦争に関する演説を行ってきた方。4月24日(ベ平連発足の日)の項目では、小田が大阪で演説した所感が綴られており、大阪の聴衆は全く空気を読まず、話をまっすぐに聞いてくれないとのことで、全国で最も演説がやりにくいのが大阪だったとの見解が取り上げられています。
小松左京は昭和のSF作家で大阪出身。4月29日(昭和天皇の誕生日、現在の昭和の日)の項目では、東京が天皇とともに滅び去った仮想世界を描いたSF作品の文章が取り上げられ、大阪を中心とした天皇なしの臨時政府を描写する様子から、西日本は天皇なしでもやっていけるとの小松の見立てについて考察されています。
司馬遼太郎は昭和の歴史小説家で大阪出身。3月28日の項目では司馬の古代朝鮮と古代大阪の関わりについての文章が取り上げられ、神武東征の神話に始まる古代王権の地としての浪速には全く関心を示さず、大陸との関わりの地としての大阪を重視する司馬の姿勢は、近代東京では出てこなかった発想であるとされています。


全体として近代の大阪は、政治との直接の関わりが薄く、他府県民の受け入れに寛容で、かつ空気を読まない大衆が済む土地である。また大阪出身の作家は、近代天皇制を必要としない国家を構想し、古代天皇制国家よりもグローバルな関係性の中にある古代大阪を重要視した、といったことがうかがえる内容になっています。
著者の原武史さんは東京出身ですが、政治思想史家の立場からたびたび大阪にも言及されており、そのまとめ的な意味でも、本書の5人の言葉の選定は、著者の大阪感が分かる面白いチョイスになっているように思います。

大阪府出身・在住の自分としては、本書の大阪感はたいへん興味深いです。
自分の経験では、小林一三の見たような国政から自由な大阪の実業というのは、現在では一部上場クラスの企業であれば当てはまらない企業も多いと思いますが、中小企業ではこういう気風の企業はたくさんあるように思います。小田実が見たような空気を読まない大阪人というのもある程度当たっています。自分も空気はどちらかといえば読みません(笑)し、他府県から来た人と比較すると相対的に場の雰囲気から自立的な人は多いように思います。
他国・他府県からの移住者が多いのも大阪の歴史と文化にとっては重要(朝鮮系・沖縄系移住者の家系の比率が相当高い区もある)で、谷崎潤一郎や司馬遼太郎の考察も面白いです。また、自分も共和制が理想と思っている人間ですので、小松左京の仮想世界における大阪感には共感を覚えます。

場所・空間が政治や文化を形成する。その場所ごとに固有の政治・文化が存在する。
日本は多様な風土を持つ島嶼国であり、決して東京=日本というわけではありません。各地方には各地方の特色・文化があり、それぞれその地方ごとの政治的風土を形作っています。また同じ東京であっても、山の手と下町では文化は異なり、戦後に開発された西東京はまた都心とは違う文化を持っています。
近代日本は天皇の下で単一国民国家としてスタートしましたが、そのような単一な場としての日本≒東京都市部的なものに対するオルタナティブな場所の1つの顕著な代表として、著者は大阪という場所を考えられているのではないかと推測します。大阪を考えるということは、多様な日本を考えるための一つの手がかりになるように思います。


ということで、自分は大阪についての記述を中心に感想をまとめましたが、本書はひろく歴史や政治的なものに興味がある方なら、それぞれ自分の関心に引き付けて読むことのできる、たいへん面白い本だと思います。
各項目を熟読するもよし、興味関心のある人物の項目をピックアップして読むのもよし、折に触れてその日の日付のページを読んでみるのもよし、枕元に1冊置いて寝る前に1項目読んでみるという読み方でもよし、いろんな楽しみ方ができる本ですので、歴史や政治に関心のある方にはおすすめです。