戦争・ナショナリズム・国威発揚とクラシック音楽 | れぽれろのブログ

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久しぶりにクラシック音楽の記事です。
「音楽に政治を持ち込むな」とはときどき音楽愛好家などから聞こえてくる言葉ですが、音楽と政治は昔から深く関わり合っています。
とくに戦争やナショナリズムと音楽は関わりが強く、そもそも日本が19世紀に西洋音楽を受容したのも軍楽が最初、続いて軍隊的な身体性や国民的な同一性を作る目的で唱歌教育が導入され、国民の耳の西洋音階化=軍隊的な規律訓練=愛国心の育成という関係は切っても切れないものでした。
20世紀初頭以降、日本の画一的な唱歌教育に不満を持った作詞家や作曲家が童謡運動に乗り出しますが、その後の1930年代になるとむしろ童謡作家たち自体が戦争やナショナリズムに協力的になっていくというのも有名な話です。

さかのぼれば西洋クラシック音楽も同じ。
19世紀に後進近代化国であったドイツが、イギリスやフランスに匹敵する自国の文化は何かと考えた結果、文学や美術なら先行国にはかなわないが音楽ならいける!ということで、バッハ・モーツァルト・ベートーヴェンが「発見」され、19世紀半ば以降に彼らが歴史化・神格化されてドイツ音楽史が確立し、今日的なクラシック音楽の聴取文化もこのころに出来上がりました。その後、普仏戦争でドイツが勝利して以降、フランス音楽もドイツ的クラシック音楽に変化して行ったのも有名な話です。
音楽に政治を持ち込む云々以前に、そもそも音楽や音楽家は権力によって容易に利用されがちなもの。権力への警戒という意味も含めて、政治や国威発揚と音楽の関わりを考えることは重要です。

ということで、戦争やナショナリズムと関わりの深い有名クラシック音楽家の作品を、以下に6曲ほど並べてみます。
全部聞くと長いですが、ご興味のある方は一部抜粋でも聴いてみると面白いかもしれません。



・ウェリントンの勝利/ベートーヴェン

 

 

まずはクラシック音楽の巨人、ベートーヴェンの作品から。
1813年に作曲された作品で、テーマはナポレオン戦争。スペインに侵入したフランス軍を、イギリス軍が撃退した様子を音楽化したと言われています。ウェリントンはイギリス側の将軍の名前。後半にはイギリス国歌の変奏も登場します。
戦争交響曲とも言われる作品ですが、今日的には交響曲というよりは交響詩といった方が近いかもしれません。ベートーヴェンの9曲の交響曲に比べると演奏機会は少なく、一般的にはあまり名作とはみなされていない曲のようです。

楽器としてマスケット銃や大砲が使用されることもある物騒な曲でもあります 笑。
ベートーヴェンの時代、この1813年の時点ではまだナショナリズムという観点は薄く、むしろフランス・ナポレオン軍に一時蹂躙されることによって、ヨーロッパ諸国はこの後ナショナリズムに目覚めていきます。



・序曲 1812年/チャイコフスキー

 

 

続いてはロシアのチャイコフスキーです。
これも同じくナポレオン戦争を描写した作品で、ロシアがフランス・ナポレオンを撃退した様子を音楽化しています。
1880年の曲で、19世紀後半のまさに国民学派の時代。約70年前の戦争を描いた作品ということで、当時のロシアの国威発揚と無関係ではない作品といってよいと思います。
5分40秒あたりからのメロディはフランス国歌ラ・マルセイエーズをアレンジしたもので、これはナポレオン軍を表しています。12分40秒あたりと14分55秒あたりで大砲(この映像では銃)がばんばんぶっ放されます 笑。(大砲といえば現在はこの「序曲1812年」が有名ですが、実はナポレオン同時代の「ウェリントンの勝利」の方が先というのも重要。)
この曲は現在でもたまに演奏され、自衛隊の楽団による本物の大砲付きの野外演奏も行われたことがあるようです。
余談ですが、筒井康隆さんによる「ナポレオン対チャイコフスキー世紀の決戦」という短編小説がありますが、この作品はこの「序曲1812年」を小説化したもので、擬人化された楽器たちとチャイコフスキーがナポレオンと戦争するという、楽しいコメディ作品になっています。原曲を聴きながらこの小説を読んでみるのもまた面白いかもしれません。



・エチュード作品10-12番(革命のエチュード)/ショパン

 

 

時系列が前後しますが、こちらはショパンによる1833年のピアノ作品集からの1曲。
ショパンはポーランド出身の作曲家ですが、ショパンの生きた19世紀前半のポーランドはフランス・ドイツ・ロシアによってしばしば蹂躙され、1830年以降ショパンはポーランドを出た後祖国に帰ることはありませんでした。
この作品は1830年のポーランドのロシアに対する蜂起を音楽化したものと言われており、ポーランドのナショナリズムと関わりのある音楽です。(ショパンは同時代に既にこの12番を作曲していたと言われています。)
ショパンのエチュード(練習曲)全24曲はピアノ演奏者にとって難曲ぞろいですが、この12番「革命」はその中でも比較的演奏しやすいとされ、現在でもドラマなどによく使われている音楽です。
この他、ポロネーズやマズルカといった音楽作品(ポーランドの舞曲に由来)にショパンの祖国愛が現れていると言われます。現在ポーランドでは5年に1度ショパンコンクールが開催されていますが、このコンクールもポーランドの国威発揚と無関係ではありません。ショパンは実はナショナリズムとの関わりが深い作曲家でもあります。



・交響詩「フィンランディア」/シベリウス

 

 

続いては北欧です。フィンランドの作曲家シベリウスによる1899年の作品。
19世紀末から20世紀初頭にかけてのロシアは対外拡張を進めており(日露戦争もこの時代)、この「フィンランディア」はロシアの圧政に対しフィンランドの愛国心を鼓舞した音楽として知られています。
序奏のあとの3分あたりからテンポアップしてかっこよい部分、5分あたりからの旋律はフィンランド賛歌とも言われる感動的な部分。

この賛歌の部分は元々フィンランドにあった歌曲を元にしたとされており、現在はフィンランド賛歌はフィンランドの第二の国歌とも言われています。通常多くは器楽曲のみによる演奏ですが、この映像では歌も合わせて聴くことができます。
ちなみに自分の経験では、この曲はフィンランドのオケの演奏会でアンコールによく演奏される曲という印象があります。とくにゼロ年代はフィンランドのオケによる比較的安い値段での来日公演プログラムが多かった印象で、自分もよく聞きに行っていました(この映像の指揮者オラモによるフィンランディアも自分も実演で聴いたことがあります)。アンコールでパーカッション奏者がトライアングルを持って入場してくると「お、フィンランディアやな」と思ったものです 笑。



・日本の皇紀二千六百年に寄せる祝典曲/リヒャルト・シュトラウス

 

 

日本に移ります。
1940年は(どういう計算なのか不明ですが)神武天皇が即位した年から2600年とされており、この年が皇紀二千六百年であるとされ、当時の日本では記念行事が開かれました。
童謡「紀元二千六百年」が作曲されたのもこのころのこと。(この流れは明らかに日中戦争下での国威発揚と関係があります。)
1940年は日独伊三国同盟が締結された年でもあり、ドイツは友好国。そのドイツの有名作曲家リヒャルト・シュトラウスにより作曲されたのがこの祝典曲です。
長らく古い音源のみでなかなか聴く機会がありませんでしたが、近年はN響などにより演奏されているようです。(この音源も2014年のN響によるもの。)
個人的には前半部分は晩期のシュトラウスらしい様式の綺麗な曲で、好きな部分でもあります。(逆に後半の盛り上がりの部分は若い頃のシュトラウス作品に比べると、ややカッコ良さには劣るようにも思います。)



・交響曲13番「バビ・ヤール」/ショスタコーヴィチ

 

 

最後はソ連、ショスタコーヴィチによる1962年の合唱つき交響曲です。
政治と音楽との関わりで最もよく語られる有名作曲家がショスタコーヴィチで、彼の15曲の交響曲の多くは政治と関係しており、例えば有名な交響曲5番(通称「革命」)はロシア革命20周年を記念して作曲された曲とされており、交響曲7番・8番では独ソ戦の様子が表現されています。
この交響曲13番も歴史的事実と関わっており、ウクライナのバビ・ヤール峡谷でのナイスドイツによる虐殺を表現した曲であるとされます。虐殺っぽい陰鬱な部分もあるかと思えばどことなく滑稽な部分もあり、ソ連批判とも取れる歌詞も含め、何かと政治との関わりで語られることの多い作品。
東浩紀さんによる「悪の愚かさについて」(雑誌「ゲンロン11」掲載)はこのバビ・ヤールの虐殺も1つのテーマとなっており、このような批評文と合わせて鑑賞してみるのもまた面白いかもしれません。
なお、一般にショスタコーヴィチはどういうわけか、上のショパンなど他の作曲家に比べて、政治的に語られすぎな面もあるように思います。政治や国威発揚との音楽との関わりを考えることは重要ですが、ショスタコーヴィチの場合はむしろ政治的なものから一旦離れて聴いてみると、逆に音楽自体の面白さが浮かび上がって来て、楽しく聴けるという面もあるかもしれません。