ロンドン・ナショナル・ギャラリー展 | れぽれろのブログ

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12月6日の日曜日、ロンドン・ナショナル・ギャラリー展を鑑賞しに、国立国際美術館に行ってきました。

自分は国立国際美術館の友の会の会員になっています。
ロンドン・ナショナル・ギャラリー展はコロナ対策のため、現在予約制となっていますが、12月6日の閉館後は会員専用の特別鑑賞時間として設定されており、予約なしで鑑賞することができました。
しかも会員のみなのでかなり空いている!
ロンドン・ナショナル・ギャラリー展は人気企画のため、コロナ下の予約制においても入場待ちの行列ができ、意外と館内も混んでいると聞きます。
待たずにゆったりと鑑賞でき、フェルメールやゴッホの作品の前でも人が団子状態にならない、フェルメールの展示などでありがちな「立ち止まって見ていると怒られる」ということもない。自分は10年以上国際美術館の会員を継続していますが、この日ほど会員になっていてよかったと思った日はありません。
この会員専用特別鑑賞時間はコロナ故の設定とのことですが、今後も継続してほしいなと思ったりしています。

ロンドン・ナショナル・ギャラリーはその名の通りイギリスの美術館で、ひろくヨーロッパ各国の絵画を所蔵しており、今回の来日展示においても15世紀から19世紀まで、幅広い作家の作品が展示されていました。
同時にイギリスの美術館なので当然イギリス美術の展示も多く、コアな美術ファンにとってはイギリス美術と大陸美術との関係性が面白く鑑賞できる展示だと思います。


以下、ブースごとの覚書と感想など。

最初はイタリア・ルネサンスの作家たちの展示スペース。
14世紀末のボッティチェリ聖ゼノビウス伝より初期の四場面」が面白く、遠近法が使用されていますが全体として平面的、日本の絵巻物のような異時同図法で描かれており、中世の面影を残しているようにも見える作品となっていて、すぐ次のティツィアーノの16世紀の作品と比べても明らかに過渡的な時代の作品であることが分かります。
このイタリア・ルネサンス期の一番の見どころはティントレットの「天の川の起源」。自分は過去にティントレットを大げさ絵画と書いたことがありますが、この作品も相当大げさな(笑)躍動感にあふれており、上空から急降下するユピテルと天使の様子などが楽しく、ダイナミックな構図の作品になっていました。

続いては17世紀オランダ絵画のスペース。
肖像画・室内画・風景画・静物画・風俗画がまんべんなく並ぶ教科書的な作品選定になっており、この時期のオランダ絵画の概要がよく分かります。
肖像画はやはり超有名作品であるレンブラントの自画像に目が行きますが、個人的にはハルスの「扇を持つ女性」が素晴らしく、白いレースなどの服の装飾性と人物の表情が素敵で、筆致の楽しさ(近くで見ると荒い筆致だが離れてみると写実的)は同時代のベラスケスにも匹敵する作品。
あとはやはりフェルメールの「ヴァージナルの前に座る若い女性」で、全体の画面構成と色彩(とくに青いドレスが印象的)に加えて、鍵盤楽器の模様の描き込みや服飾の細かい光沢の描写が非常に楽しい一枚。
静物画や風景画も良い作品が来ています。
風俗画と言えばヤン・ステーンですが、今回の来日作品はこの画家にしては今一つ猥雑さに欠ける(?)作品で、むしろヘラルト・テル・ボルフの「手紙を書きとらせる士官」の方が物語性が感じられて面白かったです。
個人的にはこのオランダ絵画のブースが前半のハイライト。

次は17世紀フランドルの画家ヴァン・ダイクと、その影響下にある18世紀イギリスの肖像画家たちのスペース。
見どころはゲインズバラの「シドンズ夫人」。ゲインズバラは風景画などがたまに来日することがありますが、このレベルの肖像画はなかなか見られないので貴重であるように思います。とくに服飾の表現が素敵です。
後はレノルズの「レディ・コーバーンと3人の息子」で、この作家の特徴は何といっても子供の描写ががかわいいこと。聖母子像風に母と3人の子供を描いた作品ですが、子供3人の愛らしさが見どころです。鸚鵡の描写も楽しい。

18世紀のイギリスと言えばグランドツアー。
多くのイギリス人がイタリアに旅行に行き、古典やルネサンスに学んだ時代。
次のスペースではグランドツアーの影響下にあるイギリス風景画家の作品が並んでいましたが、何といっても見どころはやはりお手本となったイタリアの作家カナレットの「ヴェネツィア:大運河のレガッタ」で、大画面の壮大な作品は細部まで観察するのが楽しい。
面白いのがカナレットのイギリスを描いた作品で、カナレットはグランドツアーとは逆にイギリスに滞在していたことがあったらしく、「イートン・カレッジ」はこのイギリス滞在時の作品。テムズ川とその付近の建築物を描いた作品ですが、この画家が描くとなんとなく古代イタリアの建築物に見えてきます 笑。

続いては17世紀を中心としたスペイン絵画のスペース。
個人的にはこのスペースが後半のハイライトです。エル・グレコ、スルバラン、ベラスケス、ムリリョ、一世代離れたゴヤと、名作が続きます。
見どころはやはりベラスケスの初期作品「マルタとマリアの家のキリスト」で、オランダ風の静物画と写実的な人物画の組み合わせは、ボデコン期のベラスケスの特徴がよく表れています。

とくに人物表現が素晴らしく、前スペースのヴァン・ダイクやレノルズなどと比較してもベラスケスの人物表現のリアリティが突出していることが分かり、後年のベラスケスの道化や矮人を描写するリアリズムにつながっていくことが分かる一枚。残念ながら後年のベラスケスならではの魔術的な筆致はみられませんが、初期作品もまた素敵です。
唯一の19世紀の作品であるゴヤの「ウェリントン公爵」の対象を美化しないリアルな描写も、ベラスケスの影響下にあることがうかがえます。
もう1人あげるならムリリョです。聖母像で有名な作家ですが、今回は子供+羊の組み合わせシリーズの中の一枚「幼い洗礼者聖ヨハネ子羊」が展示されており、これも子供が可愛らしい作品。
ムリリョは2枚来ており、個人的には「窓枠に身を乗り出した農民の少年」の表情が素晴らしく、こちらの方が好みです。

次のスペースはイギリスの風景画。
こちらもフランス絵画の影響下にあり、17世紀フランス古典主義のプーサンやクロード・ロランの展示から始まります。
見どころはコンスタブルです。コンスタブルと言えばなんといっても緑が美しいイギリスの風景画が素敵ですが、今回は展示の「コルオートン・ホールのレノルズ記念碑」は緑よりも木々の幹や枝そのものが目立つちょっと珍しい作品で、先にも展示されていた同じイギリスのレノルズ絵の敬意が感じられる作品。
あとは何といってもターナーの「ポリュフェモスを嘲るオデュッセウス」で、フランス古典主義の影響から脱したターナーならではの荒々しい描写はこのスペース全体の中でもかなり前衛的。明るい光に溢れた画面がまた魅力的な一枚。
個人的にもう一作あげるならオランダのライスダール(オランダのブースではなくこちらに展示されていた)の「城と廃墟と教会のある風景」で、お空の画家ライスダールらしく画面の3分の2を占める空と雲の描写が素敵です。

最後のスペースはフランスの19世紀の絵画が並んでいました。
アングルに始まり、コロー、ピサロ、モネ、ルノワール、ドガ、セザンヌ、ゴッホ、ゴーギャンと、有名画家が並んでいます。
見どころはやはりルノワール劇場にて」とモネ睡蓮の池」です。この2者の筆致と色彩は非常に楽しく、これまでの画家とは異なる革新性が際立ちます。
ルノワールの観劇する女性を描いた作品は1870年代の印象派期の作品で非常に心地よいもの。ルノワールは1880年代から画風が変わりますが、この1870年代の時期のルノワールが好みの人も多いと思います。
モネの方は睡蓮と橋を描いた作品で色彩表現が楽しく、とくに青紫の使い方がモネらしく、眼を引きます。橋のアーチを用いた抽象的な画面構成も楽しい。
その他画面構成と言えばセザンヌ。セザンヌは2作来ており、とくに「プロヴァンスの丘」が楽しく、幾何学的な構図はこの後の20世紀美術を予見させます。
最後の部屋にはゴッホの「ひまわり」が展示、強烈な黄色が印象的な人気作品で、楽しく鑑賞しました。

総じて見どころはオランダ絵画とスペイン絵画のスペースだと思いますが、イギリス絵画の他国からの影響が感じられる点も面白かったです。
自分は以前にイギリス絵画は他国に比べて影が薄い、などと書いたこともありましたが、別格のターナーを除けば、やはりイギリス絵画は大陸の影響下にあることがよく分かる展示になっていたように思います。
貴重な作品を多く鑑賞することができる、非常に楽しい展示になっていました。


ということで、会員のみの少ない人数でゆったりと楽しく鑑賞することができました。
惜しむらくは鑑賞時間が短いこと。通常閉館後に準備をした後、20時までの会員向け特別開館ということなので、実質2時間弱しか鑑賞時間がありません。
常設展示はロンドン展に続く形の20世紀欧米美術の所蔵作品の展示となっていましたが、ロンドン展を約1時間半で鑑賞し、常設スペースに入ったときにはもう終了間近、せめてあと30分は欲しかったな、という所感です。
いずれにせよ素晴らしい作品たちが並ぶ展示ですので、通常の展示時は予約が必要で面倒かもしれませんが、一見の価値のある展覧会で、多くの方にお勧めしたいです。