フランス絵画の精華-大様式の形成と変容 | れぽれろのブログ

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6月13日の土曜日、大阪市立美術館で開催されている「ルネ・ユイグのまなざし フランス絵画の精華-大様式の形成と変容」と題された展示を見に行きましたので、覚書と感想などをまとめておきます。

 

3か月に渡り、軒並みお休みしていた近畿圏の美術館も、緊急事態の緩和とともにこの6月から再開、久しぶりの美術展の鑑賞です。
消毒液で手を清め、体温を測定しての入場、ソーシャルディスタンスを確保しての鑑賞、マスクの着用必須、会話は自粛、休憩用の座席も距離を確保しての最低限の席数、団体での入場禁止、等、戒厳令下のような物々しさの中での開催となっていました。
個人的にやっかいなのが体温の測定です。

自分は割と体温が高く、平熱は36℃代の後半ですので、日によっては37℃を超える場合もあります。インフルエンザの予防接種を受ける際にも体温が37℃超で接種不可となり、帰らされたという経験もあります 笑。
なので、入口で帰らされはしないかとドキドキヒヤヒヤ(←余計に体温が上がりそう 笑)しましたが、無事入場することができました。
館内は空いており(過去のフランス美術の展示と比較すると相当空いている)、ゆったりと鑑賞することができました。

本展は17世紀~19世紀の約3世紀に渡ってフランス美術を俯瞰する展示でした。
17世紀のフランス古典主義に始まり、18世紀のロココの時代、18世紀末から19世紀にかけての新古典主義の時代と、フランス美術の流れをよく理解できる興味深い内容になっていました。
とくに18世紀の展示が非常に充実しているのが本展の特徴だと思います。
フランスをはじめとする各国の美術館の多くの作品が展示、タイトルのルネ・ユイグなる人物は20世紀の美術史家で東京富士美術館の名誉館長でもあった人物で、本展では東京富士美術館の所蔵品も多数展示されており、それ故にルネ・ユイグの名を冠した展示になっているということのようです。


以下時代別の覚書や感想など。

ルネサンス以降、美術の先進国と言えば何といってもイタリアですが、17世紀よりイタリアに学んだ画家たちがフランス絶対王政の下で活躍するようになり、フランス古典主義が形成されます。ヨーロッパの美術の中心地が17世紀を経てイタリアからフランスに移った、という見方もできるように思います。
この時代の代表的な画家が、ニコラ・プッサン、クロード・ロラン、ル・ナン兄弟らで、17世紀は主として歴史画や神話画が多く描かれた時代です。
プッサンがとくにフランス古典主義の代表選手、「コリオラヌスに哀訴する妻と母」など、様式的で端正な作品を味わうことができます。
クロード・ロランの森の表現も見どころ、「小川のある森の風景」など、その後のロココやバルビゾン派に至る森の描き方に共通するものを感じます。
個人的にはジョルジュ・ド・ラ・トゥールの「煙草を吸う男」がお気に入り、バロック的な光の表現、といっても劇的なものではなく静謐な表現が面白く、心地よいです。
ニコラ・ミニャールの「リナルドとアルミーダ」などいくつかの作品は、次の時代のロココ的な表現の前触れのようにも見えます。

18世紀は華麗なロココの時代。
この時代を代表する画家は、何といってもジャン=アントワーヌ・ヴァトーです。

本展はヴァトーの油彩画が3枚と、多数のデッサンが展示されており、多くのヴァトー作品を鑑賞することができます。フランス美術の特集展示でこれだけたくさんのヴァトー作品を見ることができるのは珍しいように思います。
ヴァトーはいかにもロココ様式と言えるような画家で、繊細で優雅で軽快で装飾的。17世紀古典主義のような大画面に大きな人物が描かれる歴史画ではなく、森の中で戯れる複数の男女が描かれる風俗画的な作品が多い。小さめの画面に細やかな人物が多数配置され、華麗な服飾と楽しいポージングの人物を楽しむことのできる、個人的にお気に入り度の高い画家です。
本展はヴァトーを見るための展覧会、というのは言い過ぎかもしれませんが、個人的には多数のヴァトー作品を鑑賞できたのが本展の最も良かったところです。

ヴァトーの「誘惑者」はいかにもロココ的・装飾的で軽やかな作品、「アントワーヌ・ド・ラ・ロクの肖像」はヴァトーにしては珍しい(たぶん)肖像画ですが、単なる肖像作品ではなく、森の中の背後に戯れる男女が描かれているのがヴァトー的。
この2枚の油彩画の後、ジャン=バチスト・パテルなる画家の作品が5枚展示されていましたが、これが一瞬ヴァトーと見間違うかのような、ヴァトーの影響下にあると思しき作品で、森の中で戯れる複数の男女というテーマの作品群はヴァトー以上にヴァトー的(笑)、というか、これがヴァトーと言われても一瞬気付かないのでは、というような作品が並んでいました。
この後のデッサンのコーナーで多数のヴァトー作品が並んでおり、単なるデッサンではなく彩色が施されているものもあり、クローズアップされたヴァトーの人物の描き方、確かな身体表現・服飾表現を味わうことができます。本展はデッサンコーナーも侮ることなかれ。
そしてこの後に満を持してヴァトーの有名作品「ヴェネツィアの宴」が登場、森と人物配置、服飾とポージングが楽しい作品で、この一枚を見るためだけでも本展覧会は見る価値あり。
この流れで見ると「パテルとかいう画家よりやっぱヴァトーやな」という感想になり、パテルには申し訳ないですが、ヴァトーの引き立て役になってしまってます 笑。

この他の有名な18世紀のロココの画家と言えばブーシェで、会場では4枚のブーシェ作品が展示されており、華麗で耽美的な作品たちはこれまた本展の見どころの1つ。
美人画で有名な女性画家ルブランによる肖像画も3枚展示されており、ルブランもお好きな方はおそらく多いと思いますので、このあたりも本展の1つの目玉です。
個人的に好きな18世紀フランスの画家と言えばシャルダンとフラゴナールで、彼らの作品も1点ずつ展示されていましたが、必ずしも彼らの代表的な作品ではなく、本展においてはやはりヴァトー作品の方が魅力的です。
この他、ユベール・ロベールの作品が3枚展示されており、これも本展の見どころの1つだと思います。ロココ様式とは一線を画す幾何学的な画面構成、建築物を描いた作品はたいへん魅力的です。

18世紀末のフランス革命を経て優雅で繊細なロココの時代は終わり、フランス美術は新古典主義の時代に移っていきます。

ナポレオンの登場とリンクするように、再び様式的で端正な作品が多く登場するようになり、風俗画的なものから歴史画・神話画に回帰していきます。

アングルの「オルレアン公フェルディナン=フィリップ、風景の前で」などが新古典主義の代表でしょうか。
王政と帝政と共和制が目まぐるしく遷移する19世紀フランス、その中での19世紀フランス美術は新古典主義を経てロマン主義→写実主義→印象主義→ポスト印象主義と続く有名な美術史上の流れがありますが、これらの変化はブルジョワジーの台頭・市場経済化の中で巻き起こった流れであり、本展はどちらかといえば帝政・王政的なアカデミーの作品が多く展示されています。
カバネルの「失楽園」などがその代表、新古典主義時代以降のフランス・アカデミーの世界を楽しむことのできる展示になっていました。
そんな中ドラクロワとジェリコーが1枚ずつ登場、とくにジェリコーの「突撃するナポレオン軍の将軍」は、馬を多数描いたジェリコーならではの躍動感のある馬の表現が見どころです。

本展は一番最後にマネの「散歩」が展示され、締めくくられています。
この展示の流れでマネの作品を見ると、筆遣いや彩色のあり方がこれまでの画家とは全く異なり、いかにマネの作品が革新的であるかが分かります。
19世紀フランス絵画の革新は、主題の上ではクールベ、表現の上ではマネ、などと言われますが、最後のマネの作品を見るとこのことが体感的に非常によく分かります。明らかにマネだけ異質(笑)。
マネがない方が流れとしては綺麗だったかもしれませんが、マネを置くことで19世紀フランス絵画史の面白さが再確認できる、結果として面白い展示になっていたように感じます。


ということで、本展はフランス美術300年の代表的な作家たちの作品を確認できる貴重な機会だと思います。とくにヴァトーが楽しいので、フランス美術がお好きな方はにはぜひお薦めしたい展示です。